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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第四十一幕 「非侵襲性治療法」

千切れた自分の下半身が転がってるのが見えた

ああ、俺はこんなあっけなく死ぬんだ

そう思った。

次の瞬間、まばゆい光が戦域を包んだと思ったら

世界がぶっ壊れたかと思うくらいの衝撃が身体を駆け抜けたんだ

痛みだったと気がついた時には身体は元通りだったんだ。

女神の奇跡ってのは、存外苛烈なんだぜ……


―極寒の死地からの帰還兵の証言より


「折れてますわね。これ。」

私はフィンの左腕を触診しつつ、そう言い放つ。


「えっ。フィン、痛くないのか?」

綺麗に治療され、痛みの消えた頬を不思議そうに撫でていたフィンだったが、私の言葉にびっくりして相棒の方を向く。


「そう……なのですか?」

当の本人も自覚症状がないのかびっくりしてる。


身体の方は異常を訴えて激しく痙攣(けいれん)しているのに、フィンの脳内ではアドレナリンが出っぱなしで痛みに気づいてないのだ。


人体って本当に怖い。


左腕橈骨(さわんとうこつ)が中ごろで粉々ですよ。粉砕骨折です。」

そう言いながら私は彼の左腕の手甲を外して、チュニックの袖を(まく)る。

ちなみにひしゃげた大盾は既に地面に転がっている。


「フィン様、左腕を治療しますので。『痛いだけ』なのと『恐ろしいだけ』なの、どちらがよろしいですか?」

私は彼に問う。それはもう淡々とした表情で。


「えっ。あの、セレナ様どういう意味ですか?」

自身の異常を理解しきれていないのに更に謎の質問を追加されて混乱するフィン。だが状況は悠長なことを言ってられない。


「治療の手段です。どちらでも完璧に治りますが、過程が異なります。時間がありませんので、お早く決めてくださいまし。」

私はそう言いながら軽く目を閉じて念じる。


「あ、え。で、では『痛いだけ』でお願いいたします。」

彼は狼狽(うろた)えつつ、前者を選んだ。


私はそれを聞くやいなや、全力で理力を行使する。

私から淡い光があふれ出てフィンの腕を包み込んだ。


彼の左腕限定で代謝を超増進させ、内出血を吸収させてしまう。粉砕された骨を微細な理力操作により、筋肉の動きだけで無理やり綺麗に整列させる。鋭利に割れた破片で、時折血管やら神経やらをひっかいているようだが、無視して強制代謝促進による再生をさせてしまう。

骨が元の位置に納まったのを確認したら、自然再生強化によって綺麗に修復し、治療は完了。


およそ十秒間。


自身の腕の中で生涯体験することのない、骨がゴリゴリと中を削りながら移動するという、奇妙で激烈な痛みを感じたであろうフィン。彼は目を見開き歯を全力で食いしばって耐えていた。


「っぎぃ……はあっ! い、いったい何を?!」

ようやくかみ合わせを解き、涙目で大きく息を吐く。


()()()()骨を修復しました。筋肉の動きを操作することで位置を整えたので、中で骨が刺さって痛かったでしょう? 悲鳴の一つも上げないとは見上げた精神力でございますね。」

私は事も無げに言い放つ。


フィンの目が点になっている。


「あの、セレナ様。これも十分怖い治療だと思ったのですが。『恐ろしいだけ』の方は一体どのような……?」

リアムが青い顔で尋ねてきた。


「リック様の治療を御覧になられたでしょう?『切って、生やす。』あれと一緒でございます。」

私はにっこり笑顔で返答する。


リアムとフィンの顔が更に青くなった。


正直あっちの方が簡単なので個人的には『恐ろしいだけ』を選んでほしかった。なお、当然ながら……切除した体組織は焼いて処分する。腐っちゃうから当然だよね。


『恐ろしい』ね。


「いやはや……聖女様のお力、想像を超えてはるかに壮絶かつ奇妙な現象でございますね……。」

弟子の様子を見ていたトマスも驚いた顔で感想を漏らす。


リリスもさすがに若干引き気味の表情で自身の左腕をさすってる。


「何より早さを選びました。依然状況は油断できませんので。」

私は真剣な表情で、周りにまだ襲撃が終わっていない事を伝える。


「しかしセレナ様。後続の魔獣も、例の黒毛の個体も来ませんな?」

正面を向いたままこちらの様子をうかがっていたヴァルド隊長は声をかけてきた。


彼のいう事は正しい。

先ほどから正面方向に残っていた三頭の気配が近づいてこなくなってしまった。厳密には徐々に近づきつつあるのだが、直線的に猛進するのを止め、こちらを伺う様に左右にうろうろしながら近づいてきているのだ。


そして肝心の黒毛の個体は崖の直前で止まってしまった。


つまり……これは。


「ヴァルド特務隊長!負のマナの中和処理終了しました!」

2班と3班で負のマナの中和処理を担当していた部隊の方から声が上がる。


やっぱりだ。負のマナが中和されすっかり消えてしまい魔獣が混乱してる、もしくはどうしたものかと考えているんだ。

でも、このまま帰られたりする訳にはいかない。


この機会にしっかり斃してしまわなければ。


「トマス様、ヴァルド隊長。魔獣の進行が止まったのは負のマナが消えた事が原因です。このままですと魔獣が撤退する恐れがありますわ。」


「むっ、魔獣はそのようなことまで感知して行動するのですか?!」

ヴァルド隊長は想定外だと言わんばかりに困り顔。自分の指示によって作戦が頓挫してしまうとは思ってもみなかったのだろう。


だが別に不思議な事ではない。エサの気配が消えたら普通の野生動物だって一度足を止めて状況を確認するはずだ。


「セレナ様、そうであるならば当初の予定通りに。」

状況を理解したトマスはいち早く対応策を進言してきた。


「はい、私の神聖魔術にておびき寄せます。」

私はトマスの目を見て頷いた。


「なるほど!セレナ様のお力を借りるとはそういう事ですか!」

合点がいき、光明を見出したヴァルド隊長の顔が明るくなる。


「ヴァルド隊長たちは森からの魔獣を先にお願いします。騎士のお二人はリリィ様の護衛に。トマス様は私と黒毛の個体を。」


「了解した!」

「承知いたしました。」


ヴァルド隊長はすぐさま隊員たちへ号令をかけ、隊列を再編した。

トマスも弟子二人へと歩み寄り何かを言い含めている。


私はリリスの前へと歩み寄った。


「多分これで最後だと思うけど、リリスは大丈夫?」

私はやや青い顔の彼女に小声で話しかける。


「うん、私は平気だよ。セレナこそ、力の使い過ぎで辛いとかは無いの?体調は平気?」

リリスもまた声を抑え、私を覗き込むように尋ねながら心配してくれた。


指環の効果を理解しても何故か二人で話すときは小声になってしまう。


「大丈夫。自身に対する身体強化は比較的消耗が抑えられるし、リアムとフィンの治療だってそんな大したものじゃないわ。」


「大したものでないことはないと思うんだけど。まぁ……私の夢見みたいなものかな?」


「そうね、戦闘機動の最大出力連続使用で3時間ってところかしら。」


「……ちょっとわかんないです。」


「さっきの動きを3時間は続けられるってことよ。」


「やっぱり大したことだと思います。」


「ま、あの動きを3時間続けたりなんかしたら、先に精神が疲弊してまいっちゃうし。そのあとは間違いなくぶっ倒れちゃうから。その時は私を助けてね。」

私は冗談めかした顔でリリスにお道化た態度をとってみる。


「そ、そんな状況で私がセレナの助けになるか解りませんが……必ず助けますね!」

意気込み籠った真剣な顔で応えてくれるリリス。


ほんと、優しい子だ。



「さ、リアムとフィンのところへいって。今度は崖側が危険地帯になると思うわ。リリスのことはしっかり気にしながら戦うけど。いざという時は、また防御魔術で凌いで。」

私はそういって崖側へと向かう。


「は、はい!頑張ります!……あとでディダさんに何したか聞かなきゃ。ほんとびっくりした、何だったんだろアレ。」

リリスは元気よく返事したあとに騎士たちの元へ向かいながら何やらぶつぶつと呟いている。やっぱあれは想定外の結果で、ディダの仕業か。


後で私もしっかりお話しよう。




「まだ居るようですな。」

先に配置についていたトマスが開口一番にそう尋ねてきた。


「はい。ずっとこちらの様子を気配だけで伺ってるようです。」

トマスの隣へ歩み寄りながら私も答える。


とてつもなく大きな生き物の気配。呼気と臭気、威圧を放つかのような存在感が崖の上からじっとこちらを探っている気配。

状況が変化したことを把握した上で自らがとるべき行動を考えているかのような、知性ある者の動き。


「セレナ様の神聖魔術にかかりますかな?」


彼もまた魔獣の気配から獣にあるまじき知性を感じ取っているのだろう、そんな存在がやすやすと釣られるものなのか確信を得られない。

そういう事だと思う。


「百聞は一見に如かず。と言いますわ。」

私はあっけらかんと答える。


「ふ……。それでは拝見させていただきましょう。」


トマスは一つ息を吐くように小さく笑うと、武器を構えた。




「では。」


私は跪くと目を閉じて手を組んだ。

これを使うのも久々だ。




 『世界に光を与えし女神ルミナスよ。』


ささやくように言葉を紡ぐ。


 『我は汝の敬虔なる信徒にして従順なる使徒。』


祈りの言葉に乗せて想いを捧げる。


 『汝に依り頼み、汝に付き従うひと摘みの影なり。』


詠唱は祝詞となり力を孕む。


 『汝の光をもって、我が影を照らし給え。』


念じる心が力を受けて、形を成す。


 『我と、我に付き従う者たちへ、汝の光をもって強き闇を現し給え。』



セレナの周りに光の陣が浮かび上がる。



 『―光を求めし闇達に、歩み続ける標と導きを与えん―』



光陣がまばゆい光を放ち辺りを照らしながら上昇し拡大されてゆく。

聖女を中心に、執事や騎士、魔族の王女を超えてヴァルド小隊たち軍人の頭上まで広がる。


やがて陣は広がるのを止めてしばらくすると、ガラスがはじけるような音とともに、光の粒子となって霧散する。


誰もが上を見上げて幻想的な景色に目を奪われている。



直後。


『ガアアァァァアアアア!!!』


咆哮。

というより怒り狂った怪物が喚き散らすような叫び。


『ゴアァァァ!!』


崖上の咆哮に呼応するように森からも数体の怒りに叫ぶ声。



「……効果てきめん、ですな。」

感心したかのようにやや驚いた口調でトマスが零した。


「来ますわ。」

私は静かに立ち上がると構えをとる。


後ろから木々がバキバキとひしゃげる音が響いている。怒り狂った魔獣が目の前にあるすべてをなぎ倒しながら近づいてきてるのだろう。


でも私とトマスは崖上をじっと見つめる。

後方の魔獣はヴァルド隊長たちに安心して任せられる。


だから、私たちはこちらだ。



『ドガアァアン!!』


突如、崖上の地面が爆ぜた。

巨大な力が地面に打ち付けられたかのように、地響きが鳴り渡る。

揺れに耐え切れずに崖の一部に亀裂が入り、轟音とともに上部が崩れ出した。雪崩の様な土煙を上げながら大きな岩がいくつも転がり落ちてくる。

岩が下に落ちるたびに、また地響きが地面を揺らした。そのせいでまた崖が小さく崩れてゆく。


ようやく崖崩れが落ち着き土煙が晴れてくると、崖上がぽっかりと半月状に抉れてしまっている。




抉れた先に、黒く巨大で真っ赤な光を放つ双眸(そうぼう)を宿した影が見えた。


しん‐しゅう〔‐シフ〕【侵襲】

1 侵入し、襲うこと。 2 医学で、生体の内部環境の恒常性を乱す可能性がある刺激全般をいう。 投薬・注射・手術などの医療行為や、外傷・骨折・感染症などが含まれる。


へぇー

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