第三十九幕 「新装備」
せんそうなんて、きらいだ
だれかがむだにしぬのは、まちがってる
ちからとぼうりょくが、せかいにはいっぱいある
「小さな頃は、そんな事を考えていた。……でも今は。」
理力の強化により認識と思考を加速させる。
時間の流れが緩やかになったような感覚に陥る。
周囲の動きが緩慢になり、物理現象が遅延する。
連中が杖を投げると同時に身を引いていくのが見える。崖の稜線から姿が見えなくなりつつあり、気配は徐々に遠ざかってゆく。おそらくじきに気配すら追えなくなる。
崖の高さはおよそ40メートル。
5名の謎の人物を追うことはできるけど、既に放たれた負のマナを先に何とかしないと!それに……ここのままでは!
そう思った矢先。
杖から出る妖しい光が大きく輝きだすと同時に。
『グオォォォオオオン!!』
野太く巨大な生き物の咆哮。
崖の向こう側からとてつもなく大きな獣の叫びが響き渡る。
認識拡張により間延びした音は、魔獣の咆哮を更に不気味な音に感じさせる。間違いなく熊型魔獣のものだ。
しかも……
『ガオォォオオ!!』
『グォォォーウ!!』
一方向からだけではない。
最初の咆哮に呼応するかのように、私たちの周りから様々な獣の雄叫びが、そこかしこから聞こえてくるではないか。少なくとも10体以上。どれもとても大きな気配を持っている。しかも近いものでは500mも離れていない。
近場で音がした方へと意識を向ける。
間違いない、負のマナに色濃く汚染された魔獣の気配だ。
こんなに近くに接近するまで、なぜ見つけられなかった?!
いや、問題はそこじゃない。
現状は「何者かによって魔獣をけしかけられた」ことだ。
私が魔獣たちの敵愾心を煽るまでもなく、連中はこちらへと向かいつつある。負のマナを求めて一心不乱にこちらへと突撃してくるのだろう。既に動き出している気配もある。
っていうかそうだ!負のマナ!!
「皆様!超高濃度の魔導汚染が広がります!逃げてください!!」
私は一瞬だけ認識拡張を止め、先ほど同様に悲鳴のような声で警告を発した。
まずは皆を負のマナの汚染領域から遠ざけないと。
極寒の死地への任官者と違い、ここにはフォートレスアーマーなんて代物をつけてる人はいない。このままでは特務小隊の皆が急性魔導汚染によって命に係わるような重傷を負ってしまう。
私は魔導汚染に晒された生存者を治療したことが無い。かの任務中にそういう傷病者とは遭遇していない。というか相反する正のマナをどう作用させたら治療できるかなんて知らない。
『知らない知識』がそれらに関わる治療法を教えてくれた事も無い。
救えない命を見殺しにはできない。
だから逃げてもらわなければ。
私の警告はヴァルド特務小隊長を含む揮下小隊の面々に聞こえていたはずだ。なのに彼らは一向に動こうとしなかった。
全員が一心に落下してくる杖を見つめている。
認識拡張により皆の動きが緩慢になってるのを加味しても、皆の動きが変わる気配がない。
「ヴァルド隊長!危険です!!」
私は再度、認識拡張を解除して叫ぶ。
三度目の私の呼びかけに、ようやく隊長だけが私の方をちらりと横目で見た。だがそれだけだった。
「隊長!」
私がそう叫ぼうと口を開きかけた時。
ニヤリ。
と、彼の口角がゆっくりと持ち上がるのが見えた。
不敵に笑ってる!?
一体何を考えてんだ!
私は4度目の警告のために認識拡張を解いた。
それと同時に、ズバッと隊長は左腕を掲げた。
「総員!対魔導結界装置起動!!」
そう叫んだ彼は、右手で左手首のあたりを「ぐりんっ」と捻った。
見慣れた白銀の王国制式軽鎧の手甲かと思っていたそれは、よく見ると知らない形状のブレスレットが組み込まれていた。
彼がブレスレットを回すように操作すると、手甲から金色の光が溢れだす。その光は肩当から胸当て、腰当から、膝当てへと流れるように伝播していく。気がつけば他の隊員も同じ状況だ。白銀の軽鎧に施された意匠が金色に輝いている。
私はこの光を2年前に見たことがある。
極寒の死地でフォートレスアーマーを着込み、開戦前に待機していた兵たちの鎧から放たれていた光と同じだ。
つまりこれは―
「セレナ様!2年前より技術は進化してるんです。既にゴツい鎧以外にも特殊礼装銀装着型個人用魔導結界は実装されてますよ!」
小型軽量化されたフォートレスアーマー!?
ヴァルド隊長は自慢げに、光る王国制式軽鎧を着た背中を向けて見せびらかしている。何かこう、良い感じに腕を掲げて。
なんのポーズやねん。それ。
「2班3班、出力最大!落下してくる呪具を囲め!負のマナを外に漏らすな!」
隊長は落下地点を見ながら隊員たちに隊形指示を出す。落ちてきた魔具から発せられる負のマナを中和するためだ。
「1班!セレナ様たちと、トマス殿、若き騎士たちを負のマナからお守りしろ!」
指示を受けた班が陣形を変えるために素早く移動する。1班は私たちの周りに横隊にて壁を形成、2~3班は落下してくる杖を数名で囲むように散開した。
「特務班!魔獣が来るぞ!戦闘出力にて迎え撃つ!俺と来い!!」
ヴァルド隊長はワクワクが止まらないといった雰囲気で歩き出す。
そういえば彼らは手に武器を持っていないし、腰脇にも背中にも武装は見当たらない。それなのにずかずかと前進しつつ斜傾陣を両翼に展開した。
中央にヴァルド隊長。隣にはトマス。二人の両脇にはリアムとフィン。
そこから斜めに下がる壁を形成するように、特務班の隊員が配置につく。
気勢も荒く、息巻きながら近寄ってくる軍人たちに、若い騎士の両名はやや押され気味だ。
なんか、隊長含め隊員たちのテンションが高くない?
逆にトマスの気勢はやや鈍い、というか呆れたような雰囲気。
「もしや、これは……装備開発部に使われておりますかな?」
トマスはやれやれといった感じで一言零した。
「ご明察!本作戦において我々の任務は3つ!
ひとつ!聖女セレナ様の指揮下にてゴミ山を保全、該当地点において違法軍需物資の調査!
ふたつ!および現地担当者の補助と護衛!……そして3つ目!」
待望の時きたれり、とでも言わんばかりの気迫を言葉に乗せ、ヴァルド隊長は右手を高く掲げ手のひらを天へとかざした。
今度は右手の手首にあるブレスレットが光っている。
「総員!武装展開!得物を持てぇい!!」
直後、彼の手のひらの上に光の粒子があふれ出る。
光の粒子は棒状に収束し密度を高めてゆく。やがて光が隙間なく満ちてゆくとより眩く輝きながら形を成してゆく。
刀身と刃を、柄と持ち手を、石突を。
光が収まると、ヴァルド隊長の手には一本の槍斧が握られていた。
両翼に展開された隊員たちも同一のハルバートを手にしている。
「うわっ、何だあれ。カッコイイな?!」
リアムは新しいおもちゃを目にした子供のように、瞳を輝かせている。
「新開発の収納式武装……魔導具か?マテライズの魔術を使えるような兵科には見えないしな。」
フィンも冷静に感想を述べているが、目は羨望の輝きを宿している。
あれは魔導具に武器を収納した軍の新武装かな?
ていうか、二人ともやっぱり男の子だなー……。
目がキラッキラしてるよ。
まぁ私も人のこと言えないけど。
そんなことを思いながら、左手首のブレスレットを一瞥した。
「はっはっは!凄いでしょう!新開発の試験装備、環境対応型王国制式軽鎧『ライトフォートレス』!そして、魔導工学の新技術を組み込んだ武装収納術式魔導具『アームストッカー』!これらの実践試験運用が我々の3つめの任務です!!」
そう言いながらヴァルド隊長は槍斧を半身で正面に構えた。
「リアム!フィン!戦いに集中!!間もなく見えるぞ!!」
トマスが鋭く声をあげ緩慢になった集中を正す。
騎士両名は慌てて正面へと意識を向けた。
長剣と大盾を構え、騎士らしい立ち振る舞いにて脅威を待ち構える。
トマスは二人を見て小さく頷くと、私の方へと目線だけ寄こした。
「セレナ様。リリィ様は私めが責任持ってお守りします。どうぞ、若き騎士と軍人の任務をお助けいただけますよう。お願い申し上げます。」
いささか申し訳なさそうな態度で彼はそういった。
いつの間にか、軍の新装備試験運用も目標に加わった感じ?
ま、いいでしょ。
おっけーい。
「委細承知いたしました。女神より賜りし我が権能をもって、皆様の進むべき道に明かりを灯します。おのおの、憂いなく己の使命を全うされますよう、邁進されませ。」
そう言って私は振り返り、未だにローブの裾を掴んでいるリリスへと向き直る。彼女の頬に手を添えて小さく頷くと、リリスも小さく頷いて手を離し、少しだけ不安そうな顔のまま一歩だけ下がった。
私は安心して彼女にもう一度笑顔を向ける。
……大丈夫、ちゃんと守るよ。
今度は私の番。
踵を返しトマスと入れ替わるように前へと出ると、ヴァルド隊長の目線がこちらに向いていることに気付いた。
「運用試験の件、色々とご面倒をおかけするようで申し訳有りません。」
彼は構えの姿勢を維持したまま小声を掛けてきた。
「いいえ。我々の方も騎士二名の件がございます。」
私も小声で応える。
トントン、と足首と膝の動きだけで軽い上下運動をし目標の接近を待ち構える。
「厳密にはそれもセレナ様の預かり所では御座いません。魔獣の件も同様、これは領主と国家の問題です。」
「そういうことでしたら、皆様にお力添えするのは私の聖女としての使命にございます。面倒事など微塵も感じておりませんわ。」
前方の木々が荒々しく揺れている。
深く暗い森の奥からこちらへ突進してくる影が蠢いている。
「かないませんな。……ならば何も言いますまい。魔王討伐隊のお力添え、遠慮なく頼らせて頂く。」
「存分に。」
傾いて重なり有っていた木々が破砕音とともに粉微塵に吹き飛ばされた。怒り狂ったかのように咆哮を撒き散らしながら焦げ茶の巨体が森から飛び出してくる。
「一番槍。私がお引き受けいたします。」
「ご随意に。」
その言葉を合図に、私は一陣の光となって魔獣へと疾駆した。
ヒャッハー、新装備だ!
脇役が手にする新装備は死亡フラグでは?
そんな事はしらん!
ハッハー!




