第三十八幕 「急襲」
全てが思い通りに運ぶことなんてまずない
全てが良い方向に向かうなんてこともない
その逆も同じ事
「どうであれ、私は全てに立ち向かうだけですよ。」
森林調査の行程は順調に進みつつあり、このまま万全を期して事を迎えることが出来る。誰もがそう思いつつ、自らの任務をこなしていた。
だがそうはならなかった。
最初に異変に気が付いたのは執事のトマス・グレイドン。
先行調査を終え、次の目的のために打ち合わせを開始した直後のこと。
彼は突如、一つの方向を凝視して押し黙ってしまった。
表情は険しく睨みつけるような視線を一方向へと突き刺している。
「師匠、どうかされましたか?」
彼のその反応に違和感を覚えたフィンが声をかけた。
依然としてトマスはフィンに応えること無く、一方を見つめたままだ。
「セレナ様。現在貴女様の感知範囲内に敵意や害意に類する動きを感知することはできておりますかな?」
数拍をおいて彼はそう問うてくる。
「いいえ。私の知覚範囲内にそういった動きは見受けられません。謎の人物の気配に動きは無く、魔獣の類も特には……。」
私はすぐにそう答えた。
「師匠、何かを感じ取られてるのですか?」
リアムもまた師の異様な雰囲気に真剣な表情で問いかける。
「戦線や現場を離れて久しく、触れることの無かった感覚でございます。」
そういって彼は左の腰に佩いていた剣を抜いた。
「何者かが来るのですか。」
私は改めてトマスに問う。
未だ私の知覚範囲内に敵と思しき動きは無い。
「勘というには実感の強すぎる肌感覚が訴えるもの。戦闘が始まる直前の緊迫感。先制攻撃を狙うものからの機をうかがう鋭い意識。人が放つ害意、あるいは殺意。そのようなものが強くなっております。」
未だに視線を動かすことなく、一点を凝視したままトマスは答えてくれた。
数多の武術の達人たちが老練の果てに、極僅かな者だけが獲得する超感覚。経験と体験の蓄積を糧として結実する未来予知のごとき先見。
戦いの予見。
理論では説明のできないそれが起こりつつある。
彼はそういっているのだ。
「総員傾聴!作業を中止し周辺警戒!集中防御陣にて全方位即応体制を取れ!」
最初に動いたのはヴァルド隊長。
元軍属であるトマスの勘を信じ、周辺へと警戒命令をだす。
彼の号令に合わせて現場にいた全ての隊員が調査用具を手早く片付け、それぞれの武装を構え待機位置へと配置を整える。
おそらく警護部隊として同行し、森の中で警戒待機していた別動隊の一団も、ゴミ山周辺へと範囲を狭めて展開する。
リアムとフィンも、抜剣し盾を構え左右へと展開する。誰に言われるとでもなく側面警戒を担う。
私もリリスの前へ出て彼女の前面で構えた。
知覚を更に強化させ、僅かな変化も逃すまいと全周に意識を張り巡らせる。
背後からリリスの緊張が伝わってくる。
崖際のゴミ山を背後に、正面に私たち、その前に執事と騎士二名。
両翼側面警戒の内側にいるのは調査担当部隊。外側には別動隊の警護部隊。
ゴミ山を守るように配置展開し終えた一団は、物音を立てる事無く周辺の警戒にあたる。あたりを静寂が支配し、緊張がいやおうなしに高まっていくのを感じていく。
深い森の奥だというのに、獣や鳥の気配がないのがより一層に静けさと緊張を確かなものとする。
いまだ、周辺に動きなし。
1km彼方からも接近する音もない。
そう思った直後――
トマスが警戒する方向から『バンッ!』という音が聞こえた。
張弦音?!大きい!!
バリスタ?!なんでそんな旧式兵器を?!
しかもこの音、私の可聴範囲ギリギリだ!!
「弦音!超大型!!12時!1km!!」
私はすぐさま警告を発した。そして上空へと意識を向ける。
リアムや部隊の対空警戒班たちも空へと向いた。
私は視力を強化し投射体を探す。
すぐに高速で移動する大型の弓矢を上空に視認できた。ちょうど放物線の頂点を過ぎたところ。着弾までおよそ4秒。全力を出せば空中で接触は可能だ。
だが駄目だ。
質量が大きすぎて破壊の為に必要な踏ん張りが取れない。
私の目に映ったのは大型の弓矢に括りつけられた「複数の魔具」とそれに縛りつけられた「銀の筒たち」。
あれはもしかして……!!
くそっ。
やられた――
「総員全力魔術防御!!矢に魔具と礼装銀!!狙いはゴミ山だ!証拠品を守れェ!!」
私の声が響き、現場に恐怖と覚悟のマナが満ちる。
直後、全力で展開される魔術防御。各々がもちえる個別に展開された属性と規模と種類がバラバラの防殻。
トマスは証拠が入った背嚢を抱え込んで姿勢を丸めた。
リアムとフィンも盾を掲げてトマスを守り身を低くする。
私はリリスを守らなきゃ!!
そう思って彼女を掴もうと振り返った。
だが、私の眼前には彼女の胸元と思しき褐色の肌。
すぐさま柔らかな感触とともにきつく抱きしめられる。
「ちょっ?!リリ―」
彼女の行動が理解できずとがめようと口を開いたその瞬間。
大型の矢が頭上を通り抜けて、散在するゴミ山の中心地点の地面へと突き刺さる。
直後―
『ドゴォォォォオオオオン!!』
周辺が爆発音と閃光に包まれる。
轟音が耳を切り裂き、地面が激しく揺れて、光と煙で視界が潰される。
振動で崩れるゴミ山がリリスの肩越しにみえる。
体勢を低くしていたヴァルド隊長たちがゴミ山からの落下物に巻き込まれそうになっている。
くそ!やっぱり投擲型の爆裂魔具を『銀の筒』で強化した投射攻撃だ!
連中、何もかも吹き飛ばすつもりなんだ!
怒りと悔しさで歯を食いしばると、奥歯からギリリと音がした。
はやく体勢を立て直して救助を―
いや、待って。
状況がおかしい。
あんな大爆発だったのに熱も衝撃波も痛みも一切感じない。
というか、皆も無事?
いったい何が……!
そう思って周辺に目をやると、ゴミ山と展開部隊だけをすっぽり覆う形で透明な魔術防殻が展開されているのが目に入った。
大規模かつ堅牢な魔術防殻が、爆発の残滓と干渉して明滅している。
想定の被害状況と現状が結びつかず一瞬混乱する。
急遽編成された臨時編成特務小隊には魔導士はおろか、防御術式部隊のような支援部隊もいなかったはず。
なのにこんな強力な防殻を一体だれが―
私はハッとしてリリスを見た。
目尻に涙を浮かべながらきゅっと目をつむる彼女と、その左手の薬指にはやんわりと光を放つ指環。
こっ、これ。
リリスの闇魔術による防御魔術をディダが最適化したの?!
でたらめだわ!
あまりに想定外の事態に一瞬思考が停止する。
「各班長!被害報告!」
だがヴァルド隊長の号令が聞こえ、ハッと我に返る。
「特務班死傷なし!」
「1班同じく!」
「2班も無事です!」
「さっ、3班もです!みな無事なのか?!」
「私語を慎め!警戒継続!!」
そう叫ぶとヴァルド隊長は私たちの方へと走り寄る。
「皆さま!ご無事ですか!!」
「私は無事ですわ……リリィ様も無事ですね?」
気づけば私に抱きついたまま小刻みに震えているリリス。彼女はカタカタと歯を鳴らしつつ小さく頷いた。
私はリリスの背中をぽんぽんと手のひらで叩くと、彼女から身を離した。
「どうやら……我々も無事のようですな。」
「何が起きたんだ……。」
「音と光と揺れだけだった。風圧すら感じなかったぞ……。」
トマスもリアムもフィンも無事だ。
だが皆が一様に唖然としている。
私は彼らをよそに周辺の森へと視線を向けた。
ゴミ山の空き地に迫るように生い茂っていた木々が十数メートルにわたってなぎ倒されている。樹皮の表面は爆炎に焼かれて僅かに燃え、煙も漂っている。尋常ならざる威力の爆発と熱が奮われた事を如実に語る惨状。
そして私は矢の着弾地点へと視線を戻した。
矢が突き刺さったであろう爆心地は深く地面が抉れており、半径数メートルの大穴が空いている。
だが、その大穴は綺麗な円形を形作っており、円の外には多少崩れただけのゴミ山が無事に残っていた。そしてその外側に居た我々全員も無事だ。
つまり、着弾地点と効果範囲を中心空白に円環状に包み混むような魔術防殻が私たちとゴミ山を守ったのだ。
……ディダ。助けてくれたのは感謝するけど。
これはちょっと、やりすぎかもしれないわよ。
「こんなことが……あり得るのか。」
リアムが状況を把握して異様な防殻の存在に思い至った様だ。
「せ、セレナ様……ですか?こ、この珍妙な防御術式は……。」
フィンもまた同様の事実に気づき、まずは私を疑う。
疑うってのも変だけど。
詮索は困る。
「今はそれどころじゃございませんわ。あのバリスタを使った魔具と銀の筒がまた飛んでこないとも限りません。気を緩めないでくださいまし。」
「投擲型の爆裂魔具を大型機械弓で打ち出したのですか?」
トマスがいち早く気を取り直し状況を確認する。
「はい、おそらく。弦音はおよそ1km先、トマス様が見ていた方向ですわ。」
私は視線を音の発生源の方角へと向ける。
「承知いたしました。2射目は撃たせません。」
トマスはそう言って深く頷くと。
『フィフィ。ピーッ、ピピッ!』
と口笛を吹いた。
少し離れた森の中。荒れ狂う爆発の残滓に散らされて、見失っていた零番隊4名の気配が強くなる。よかった、防殻の外側でも無事だったのか。
4名のうち2名の意識がこちらから外れて、私の指示した方向へと急速移動を始める。森の中を移動しているとは思えない速さで、どんどん遠ざかってゆく。
すごい。隠密機動であのスピードとか、意味わかんない。
「二人でよろしいのですか。」
思わず私は尋ねた。
相手の戦力もわからないのに少数で大丈夫だろうかと気になってしまったのだ。そして、言ってから失言だと気づいて慌てて口を噤む。
「ええ、あちらが2名と判断したようです。私は先達として後輩にお願いしただけですので。……というか、そこまでお分かりになるのですね。」
トマスが少しだけ驚いた顔をして私を見てくる。
それとそのあとに、ちょっと叱る様な厳しい目つき。
「差し出がましいことを言いました。」
ごめんなさい。
素直に謝罪の気持ちを伝える。
「こうなってしまっては悠長なことは言ってられません。敵の追撃が無いとも言い切れない現状では出来ることはしておきませんと。」
「あの猛威の中で……ご無事なのですか?」
あれだけの強力な爆発、たとえ木々が防風になったとしても無事とは思えない。隠密部隊が治療など受けられないのはわかっているがどうしても状況が気になってしまう。
「そういう連中です。ご心配なく。」
端的に片付けてしまったのはこれ以上触れてくれるなという事だろう。
私は黙って頷くことにした。
「せ、セレナ……様。わ、私……。」
いつの間にか背後に立ってローブの端を掴んでいるリリスに気づく。
相変わらず震えているのが羽織っている布ごしに伝わってくる。
私は振り返って彼女をそっと引き寄せて背中に腕を回す。
「大丈夫ですよ、リリィ様。みな無事です。」
そう言いながら抱きしめつつ、彼女の耳元へと口を寄せて―
「ありがと。リリスのおかげで皆助かったわ。」
そう小さく呟いた。
リリスの体から強張りがフッと抜けて私へとしだれ掛かってきた。
安心して気が抜けたのだろう。
ほんと凄いぞ、リリス。
えらい。
すこしして―
周辺で立ち上っていた煙と埃がようやく落ち着き、爆発によって掻き乱されていた周囲の状況も落ち着いてきた。掻き乱されていた知覚やマナの気配も元通り感じ取れるようになりつつあった。
ようやく周りの状況がつかめる。
そう思って意識を知覚に傾けた瞬間。
背筋にざわっと悪寒が走る。
睨みつけるような視線、見下すような目線、特濃の明確な殺意。
明らかな害意を孕んだ意思がまっすぐこちらへと向けられていることを感じ取る。私はハッとして崖の上へと視線を向けた。
人影が5名。ローブを纏って姿形が判らない。視覚を強化し顔を見ようとしても空間が歪んでいるようで全く相貌が掴めない。視覚妨害魔術だ。
連中は揃ってローブの中から杖を取り出した。
魔晶石の近くには、『銀色の筒』がしっかりと縛り付けられている。
取り出した杖を片手に持ち、もう片方の手には鈍色に光る刃物。
奴らは刃物で魔晶石を鋭く突くと、杖を私たち側に向けて散らすように放り投げた。
放り投げられた杖はくるくると回りながら妖しい光を放つ。それは魔晶石の傷痕から漏れ出す負のマナが、『銀の筒』と反応して出す絶望の輝き。
「崖上!!5名!!魔導汚染が来ます!!」
私は悲鳴のような声をあげた。
ドーナツ型防殻、斬新?
斥力力場はどないなっとんねん
トカマク装置とか、そーゆあれ




