第三十七幕 「軍属というもの」
自分を正すことが苦手だった
自堕落で無責任で無秩序な人生
それでも自分の役割がほしかった
だから軍属になった、規律と戒律と暴力の世界
「まぁ、天職というものが存在するってのは理解したさ。」
担当部隊員達へ『銀の筒』の存在が検知された大体の位置を伝え終えた私は、少し離れたところへ座って作業風景を眺めていた。
「聖女様は監督役として控えていただければと思います。後は我々にお任せください。何かあればご意見を伺いに来ますので。」
ヴァルド隊長にそういわれて引き下がらせられてしまい、手持ち無沙汰になってしまったのだ。
隊員たちは調査図を作成し私の情報を書き込みつつテキパキと状況記録を取っている。時折、見慣れぬ魔導具で現場周辺をピカッと光らせているけど……記録装置か何かだろうか?そんな道具の開発が進んでいて実用化されたなんてうわさ話を聞いたことがある。
ちなみにトマスはリアムとフィンと共に周辺警戒にあたっている。
まあ、記録した情報共有の観点から単一部隊による調査の方が連携は取りやすいのだろう。こういう時は選任部隊へ任せるに限る。
「ちょっと暇になっちゃいましたね。」
私の傍で同じく座っているリリスがぼそりと呟く。
「あら、手間が省けて私は嬉しいわ。」
もとより手伝いが得られることを期待……いや、画策していた私はあっけらかんと現状を肯定する。
ありがたいと思ってるのは本心だし。
「まぁ……あのゴミ山をあちこち掘り返すのは大変だろうなとは思ってましたが。命令とはいえ軍人さんは色々やらなきゃだから大変ですね。」
「国の有事を解決するためと思えばこそ。よ。」
「国のためを思い、一心同体となって皆で頑張る……ですか。」
「……思うところがありそうね。」
「ええ、父の治政下でそのような方は片手で数えるほどでしたから。なんというか人族の一体感のある民族性のようなものがとても眩しく映ります。」
……うぐ。
たぶん、私たちはその僅かな忠臣を任務中に殺してしまっている。
なんて言ったらいいか迷ってしまい言葉に詰まってしまう。
「また謝ってきたりしたら、ここで抱っこしちゃいますよ。」
私が複雑な表情で押し黙っていると、何かを察したリリスが両手をわきわきさせながら笑顔で迫ってきた。
「ありがと。ごめん、それは許して。さすがに周りの目があるわ。」
「たぶんディダさんが偽装してくれるかも。」
「そんなことまでしてくれるかしら。あいつ。」
「もー、セレナは……まだディダさんにそんな口調で。」
「いいの。私なりの信頼の証なんだから。」
「……信頼してるからいじわるするんですか?」
「いじわるしても許してくれそうだから甘えてるの。」
私は何の臆面もなくそう言い切る。
リリスが少し驚いた顔をしたあと、満面の笑顔になる。
「いっぱい甘えていいですよ?」
「そうさせてもらうわ。」
「でもいじわるはなるべくしないでください。」
「そうはいかないわ。」
「ふふふ。やっぱりいじわるですね。」
そんなとりとめのない会話をしつつ、私は作業風景を観察し続ける。監督らしいことはしていない。最初の説明後は勝手に超テキパキ。
高度に組織化された群体行動ってのは本当に凄いね。
そして……ぼちぼち一時間は経っただろうか。
隊員たちが集合して頭を突き合わせながら捜査図を覗き込んでいる。
どうやら状況の確認と記録を終えたのを総チェックしているようだ。
やがてヴァルド隊長が、こちらへと歩いてくる。
私とリリスは立ち上がり彼を出迎えた。
「任務ご苦労様です。首尾の方はいかがでしょうか?」
近づいてきた彼へと私の方から声をかける。
「お気遣い感謝します。一切を滞りなく進めております。正直、ここまで順調に進んでいるのが申し訳ないくらいですな。」
豪快かつさわやかな笑顔で彼は答える。
「と、言いますと?」
「現場の保全から先行調査までは予定しておりましたが、日が落ちても続くことを覚悟しておりましたので。セレナ様のおかげで予定されていた日程の三日分ほどが既に終わっております。」
「それは何よりです。お力になれて大変うれしく思います。」
「はっはっは!さすが噂に名高い『救済の聖女』にあらせられる!まさか軍属の我々を雑用の労苦から御救い頂けるとは!」
呵々大笑しながら肩を揺らし楽しげなヴァルド隊長。
この人はなかなかユーモアのある人だね。
「さて、セレナ様。この現場はこの後あなたの提案された作戦に従い、国による封鎖領域と指定され完全凍結されます。
あなたのおかげで既にいくつかの証拠品が発見されていることを携帯型魔導通信にて通達いたしましたので。後日王国より、正式な専門調査隊が編成されて派遣される事が既に決定済みです。」
きりっとした表情と真面目な口調に切り替わったヴァルド隊長が、進行状況を説明してくれる。
どうやら陛下と軍部は、今回の事案に相当本腰を入れて取り組むつもりのようだ。
「そして、セレナ様は既にお気づきでしょうが。周辺に幾つか不穏な動きが確認されていることを当部隊の斥候が報告してきております。依然正体はつかめていないのが悔やまれますが……まぁどうせ『例の連中』でしょう。
本隊はこれより現場の保護を最優先目標として、厳戒態勢に入ろうかと思っている次第でございますが……セレナ様より何かご意見が有れば任務を調整いたしますが。いかがでしょうかな?」
『何か要望が有れば応えますよ。』
そういう気遣いをしてくれているのだろう。
「そういうことでしたら……ちょうどいらっしゃいましたわ。」
これからの目的を話そうとしたところ、こちらに近づいてくる人物に気づいた私は、その人物の方へと向き直る。
「任務ご苦労様です。ヴァルド・ガリアン特務小隊長殿。」
トマスが悠然と歩み寄りながら隊長へと声をかける。
「そちらも。グリーンリーフ大森林領地伯セドリック・グリーンヴェイル子爵執事、トマス・グレイドン殿。」
移動しつつ略式敬礼を交えた二人は、何やらお互い含みある笑顔で視線を交わしている。
……お互いにお知り合い?
「血が騒がれますかな?」
最初に切り出したのはヴァルド隊長。
「ええ、恥ずかしながら。昔を思い出して少々心が浮き立ちますな。」
先ほどから神経を研ぎ澄ませているのか、トマスの放つ圧が徐々に増している。剣呑な雰囲気をまとわせ続ける彼に対し、それを察した隊長が探りを入れているのだろう。
「何を企まれてらっしゃるのですかな。」
「当領地内における最大脅威の討伐を予定しております。」
「ほう、例の討伐任務対象を……ですか?」
「さて、老兵にそこまで成せるなどと自惚れてはいませんが。目的とするところは領内の若き騎士に魔獣相手の経験を積ませることですので。はてさて、どのような結果になりますかな。」
「……あの若い騎士二人に魔獣を相手させるのですか。」
やや訝しげな表情でヴァルド隊長が反応する。
視線はリアムとフィン両名へと注がれている。
「ああ見えて才ある者ですので。」
「ほう、それは頼もしい限りだ。」
ヴァルド隊長はにやりとして続ける。
「しかし、噂に聞く黒毛の討伐任務対象。相当な年代物で環境適応種なのは確実だと軍部でも話題ですぞ?我が隊の腕自慢どもが機会が有れば倒したいなどと息まいておりましたな。」
「良いですな、若さとは。」
「まことに。私などは心の底から遠慮したいところではありますが。」
「二番隊所属の隊長格ともあろうお方が弱気ですな。」
「私は武人というより軍人です。個の功績より、隊の維持を優先いたします。無論、それゆえに命令とあらば全力で任に当たりますがな。」
「それもまた立派な戦人の考えですな。」
「恐縮に。」
何やら嬉しそうにやり取りをする老いた元軍人と壮年の現役隊長。
なんで二人が和気あいあいとしてるのかわからない。
こういうのは男の世界とかそういうやつなのだろうか。
「お二人はお知り合いなのですか?」
突如リリスが質問を二人へ投げかける。
おう、なんだそのいきなりな好奇心。
びっくりした。
「はて?何故ですかな、リリィ様。」
唐突な質問に面食らったトマスが聞き返す。
「何やらお二人のやり取りが気心知れた旧知の仲の会話に見えまして。そうなのかなぁ?と、ふと思いました。」
きょとんとした顔のリリスが答える。
「はっはっは。これは妙な勘繰りをされていたようですな。……そうですなぁ、我々のような職業軍人には訓練により染みついて抜けることのない軍人としての癖があるのですよ。歩行、息遣い、視線、ありとあらゆる所作に。他にも言動、思考、態度、気迫。それは老練な兵ほど色濃く表れる。
ゆえに私はトマス殿を元軍属と判断し、彼は元軍属らしい応答をした。結果我々の間で会話が弾んだ。そのようなものですかな!」
やや照れくさそうに疑問に答えるヴァルド隊長、同じくややばつが悪そうにはにかんでいるトマス。
なんだ、軍属同士でいちゃついてただけなのか。
仲のよろしーこって。
「しかし、トマス殿。どうやって魔獣どもを探し当てるのですか?こうも我々が大挙して騒ぎたてていれば、如何に環境適応種とて容易に現れたりしないものと思っておりましたが。」
「そこは……セレナ様に頼らせていただく予定です。」
一応私の光のマナで釣ることは伏せるのか。
まぁべらべら喋ることでも無い。
彼自身はそういった作法を重んじる人だ。
「ほう、ここでも『救済の聖女』が腕を振るうのですか。若き騎士の輝く未来へと続く武人の誉は、女神の使徒によって導かれ証は躰に刻まれる。なんとも壮大な物語のような出来事。羨ましいですな。」
ニコニコしながら面白おかしそうに語らう隊長。
この人じつは英雄譚とか大好きなんじゃないかな。
「ヴァルド様も武人の誉れを希望されるのであれば是非ご参加を。」
私はすかさず笑顔で誘ってみた。
「それは指揮権をお持ちの聖女様からのご命令ですかな?」
変わらぬ笑顔で答える隊長。
「いいえ。求める者への心ばかりのお手伝いですわ。」
こちらも変わらぬ笑顔で応酬。
「はっは、ならばご心配なく。自分は任務に集中いたしますので。」
眉一つ動かさず、彼の表情はそのままだ。
腹芸もいけんのね。
やりおる。
「しかし、相手方の予想規模は?それ次第では本隊も見物というわけにもいかんと愚考いたしますが。」
突如難しい顔をしてヴァルド隊長が尋ねてくる。
……見物する選択肢が本当にあるわけじゃないよね?
冗談だよね?
「末期個体の数にもよると思いますが……数体なら問題ないと思っております。10を超え20に迫るともなれば、乱戦は避けられないでしょう。」
私は指折り数を数えつつ、脳内で想定していた内容を語る。
私の機動力と打撃力を全力で振るえば末期個体の熊魔獣なら秒間2体は戦闘不能にしてみせる。あの王都を出てから出会った程度の個体が10体いたとしても、10秒とかからずに全頭相手にできるだろう。
つまり、そのうちの1~2体をリアムとフィンに任せても余裕だ。
しかし、それが20体にもなると単純計算で10秒はかかる。
戦闘の間合いでの10秒というのは、実際のところ決着において十分すぎる時間。膂力で人の遥か上を行く熊魔獣なら、一端の戦士を屠るには十分すぎる時間だ。
そして連中が群体で現れるとするなら、当然統括個体として黒毛の環境適応種、つまりリーダー格の最強個体がいるはずだ。
黒毛がリーダーとして突貫するか、トリを務めるかは不明だ。
いずれのタイミングで来るにせよ、私個人が一人で黒毛を警戒しつつ相手できる数はいいところ10頭だろう。
という、想定をヴァルド隊長とトマス、そして師匠の後ろに控えるリアムとフィンに説明をした。
「……指令本部より、聖女セレナ・ルミナリスの推定個人戦力に関する秘匿概要は既に聞いております。だが、この華奢な少女が10体の魔獣を恐れぬと本人の口から言われても、いまだに信じがたい。というのが自分の素直な感想ですかな。」
渋い顔で語るヴァルド隊長。
「私めもセレナ様の戦闘を実際に拝見したことはございません。しかし2名の大の男をたったの3撃で、しかも武器を持たず戦闘不能にしたという報告を聞かされております。
極寒の死地を耐え抜いた魔王討伐隊の力を信じるに値する内容かと。」
トマスは顔色一つ変えずに隊長に続いて話す。
「なんと、一体何があってそんな状況が発生したのですか。」
トマスの話に更に驚いた顔になったヴァルド隊長は聞かずにはいられないといった風に詳細を求める。
「自分が説明いたします。」
そういってリアムが一歩前に出た。
おやま?
こういうのはフィンの方が得意そうなもんだが。
なんて思っていたら……
「17日前。当領内における村民一家3名を標的とした野盗による強盗誘拐襲撃事件が発生。事態は既に解決済みで、家族の被害の一切は救助と治療が完全に終了しております。
野盗の一味の捕縛、尋問と情報収集、拠点の掌握、救出作戦による急襲。
拉致被害者の母娘の救助、治療。重症の父親の治療。
そのすべてはセレナ様が中心となりご活躍されたものによる結果です。」
ずいぶん持ち上げるね?
リリスもいろいろ頑張ったんだぞー。
「野盗の拠点急襲の際、当領主セドリック子爵より当領内所属騎士として自分とフィンが守護の任を命ぜられ同行。
拠点にいた4名の野盗の内、最初の一名をフィンが鎮圧系魔術による先制で無力化。内部に待機していた2名をセレナ様が同時に無力化。
最後に残った頭領はセレナ様の説得により投降。」
説得なんてしたっけ……?
まぁ、大人しく出てこいって言ったのはある種の説得かな?
「セレナ様の2名同時制圧を自分とフィン両名にて拝見いたしましたが、彼女の戦闘機動は目で追えるものではありませんでした。初撃の横蹴りにて一名の腰椎を粉砕しつつ十数メートルの距離を水平に吹き飛ばし無力化。
つづく二人目も2拍の攻撃、制圧魔術と先ほどと同一の蹴りにて無力化。」
あんまり乙女の振る舞いを赤裸々に吹聴しないで欲しいんだけど。
ていうか、制圧魔術じゃないんだけどな。アレ。
「尋常ならざる戦闘技術と膂力をお持ちの華奢な少女と評価いたします。」
なんだその評価。
ちょっと可笑しみを足してないか。
フィンが僅かに頬を歪ませている。
おいこら、笑ってらっしゃいます?
ていうかリアムもこういう小難しい軍人作法ができるんだね。
言っちゃなんだが、意外なほど様になっている口上を披露するリアムに違和感を覚えてしまう。
やはり騎士になれる人は普通に優秀なのかな。
「以上を概要とし、トマス様に詳細を報告済みでございます。」
そう言い終えた後、リアムは王国式敬礼をして下がる。
「同行したものとして騎士リアムの証言を王国騎士の名誉に賭けて嘘偽りなき内容だと保証いたします。」
すぐさまフィンも王国式敬礼を添えて証言に同意する。
黙って聞いてるだけのヴァルド隊長だったが、リアムの話が進むにつれて目を見開き驚愕の表情へと変わっていく。
彼が話し終わった後、無言で私の方を向いた。
「これは本当ですかな?」とでも言いたげな表情で、目が完全に点になっている。
怖。
「あまり見つめないでいただけますでしょうか。私としては全力を賭して事態の解決と改善に努力しただけですわ。」
といいつつ、思わず目を背けてしまった。
目線を背けた先にリリスの顔があった。
すんごいニコニコしてる。
彼女の無垢な笑顔と誇らしげな態度に、思わず顔が熱くなるのを感じる。
はー、こういう感覚はいつまでも慣れないなぁ……。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
美少女のほんわか いちゃいちゃを書いていたと思ったら
いつのまにか爺さんとおっさんのムサい いちゃいちゃになってた
楽しいね




