第三十六幕 「ゴミ山調査」
人の思い
善も悪も、是も非も無く
野に咲く草花が毒を持つように
大地に湧く水が毒を持つように
無数に息づく獣が牙をもつように
ただそこにそれは在る
「己の価値観だけで善悪を区切る。これもまた然り。か……。」
「どうやってこの山の中から『銀の筒』を探し出されるのですか?」
私の傍に立っていたリリスが周りのゴミ山を見渡し、呆れた顔をしながら尋ねてきた。
「リリィ様は魔力感知はどの程度おできになりますか?」
「あまり得意とは言えません。今までの暮らしで必要とする場面が少なかったもので。」
「そうでしょう。魔力感知の練度は戦闘においてこそ鍛え上げられるものですから、普通の生活をしてきた方には縁遠い話です。」
ましてリリスは指環のおかげで完璧ともいえる隠匿状態を維持しつつ、各地の潜伏調査を行っていたのだから無理もない。
「想うだけで魔術が行使できるようになって久しく。戦闘における魔術の脅威度は達人の超高速近接戦闘術にすら勝る物として長らく恐れられてきたことでしょう。必然的に全ての武人には魔術の素養が求められる時代となりました。
戦闘級の魔術が行使できなくても相手の魔術の起こりを感知することで、何かしらの対応を可能とする。対峙する相手の魔力を感じ取り、その多寡を判断することで最善の対応を選択する。
魔術師同士の戦いで自然と行われていた魔力感知は、今やありとあらゆる戦闘行為において必須の技能でございます。」
「うーん……私には完全に未知の世界でございます。」
未知なるものに果敢に挑戦する努力家のリリスでも、必要とする場面がなければ鍛えようもないこと。
しょうがないよね。
「使えると色々と便利ですよ、もしご希望されるのであれば旅の道すがらお教えいたします。」
私は笑顔でそう答えた。
「それはありがたいです!是非お願いいたします。」
彼女もまた、とても嬉しそうな顔で答える。
やっぱリリスは何事にも一生懸命で素敵だね。
「さ、では。魔力感知の特別な使い道を御覧に入れましょう。」
そう言って私は数歩前に出る。
身体から力を抜いて緩く構える、集中を高め呼吸を落ち着かせる。
ゆっくりと力強く、自身の魔力を放出し広げてゆくイメージ。
その魔力が霧散してしまわないように一定範囲に留め続けるイメージ。
ゴミの山へと浸透させ、隙間を縫うように進み広がり続けるイメージ。
その範囲をどんどん広げて私の周りを捜査する。
属性を持たない無形のマナが周辺に満ちてゆく。私の固有魔力によって周囲の空間が満たされてゆく。色も音も圧もないはずなのに、周辺には何かが満ちてゆく不思議な感覚。
森羅万象の持つマナと干渉し合い、私の持つ固有魔力が属性変異してゆくのが波動となって伝わるのを感じ取る。
すぐ近くのリリスに触れて、闇の精霊が挨拶をしてきた。
ずいぶんと心地よい性格の精霊だ。
その近くで警護しているトマスに触れて、風と土の精霊が警戒してきた。
さすが武人とともに歩む精霊、どちらも気性が荒そう。
さらに向こう側で散開しているリアムとフィンに触れる。
風と炎の精霊が、それぞれびっくりしたような雰囲気を見せる。
森の中に潜んでいる王国軍の部隊員たちにも次々と触れていく。それぞれの属性の精霊たちが個性豊かに反応を示す。強く余裕のある精霊は賞賛と敬意をもって応じてくる。未熟で経験の浅い精霊たちが驚いたり機嫌を悪くしたりするのが伝わってくる。
私はその都度想いを乗せて、それぞれに挨拶をしながら範囲を広げ続ける。
やがてゴミ山がすっぽりと覆われるほどに範囲は広がり、私の魔力が満たされる。
「これは驚きました。『精霊対話』ですか、しかもこんなに広範囲に。」
トマスが心の底からの感嘆を漏らす。
「せいれいたいわ、ですか?」
聞いたことの無い単語にリリスが首を傾げる。
「我々が己の魔術適性を見極めるときに、最初に精霊との契約の為に精神の交わりを行うのはご存じかと思います。それによって各自の魔力は精霊との親和性の高い属性へと染まり、以降はそれらがその者の固有魔力として安定します。
しかし、多彩な魔術の才能を持ち合わせる者達はその後も複数の精霊との契約を交わします。我々武人であれば適性が2つ程度が関の山な所を、3つ4つと伸ばし続ける方々、トライキャスター以上の大魔導士と、生来光のマナの適性を持つ人々の中でも極々僅かな存在。
己の固有魔術を維持し続け、常に多彩な精霊との交信を可能とする特異中の特異なる才能。その稀有なる才をもって実に多種多様な魔力感知を行う技術、それが『精霊対話』です。」
集中している私に替わってトマスが説明してくれた。
さすが元零番隊、お詳しい。
「私の中の……精霊が何やら楽しんでおります。初めての感覚です。」
リリスが戸惑う様な雰囲気で感想を述べた。
ちゃんと闇の精霊というのは隠した。えらい。
自身に内在する精霊の雰囲気を感じ取れてるだけで十分才能あるよ。
「私も『星読みの大賢者』ルキウス殿が実演したのを拝見させていただいた事があるだけです。しかも、これだけの広範囲を維持されるのはルキウス殿もやっておりません。本当に驚きました。」
『精霊対話』は精霊との交信維持のため範囲内に自身の魔力を留め続ける必要がある。魔術として術式を構築し、必要な魔力を一定量流し込むことで行使される一般的な属性魔法とは時間当たりの魔力消費量が天地の差だ。
「凄い事……なんですね。」
リリスの嬉しそうな声が聞こえる。
「ええ。とてつもなく凄い才能でございます。」
トマスの驚き戸惑う声が聞こえる。
だめだ、集中しなきゃ。
おそらく『銀の筒』に含まれる純魔力が負のマナとの同化反応によって爆発的に変異した際、負のマナによる周辺の自然への魔導汚染が結構な範囲で行われているはず。
魔獣達により大部分の負のマナは取り込まれてしまっても、自然環境への魔導汚染の痕跡は浄化なしには簡単には消えない。膨大な時間をかけて自然崩壊するまで汚染は残り続ける。そのはずだ。
その死んでしまったかのような微弱な反応、マナ的に異常な環境を私の魔力に触れさせることで見つけ出す。
そういう手法。
私は僅かな変化も見逃すまいと全力で意識を集中する。
そんな割と神経をすり減らす作業を続けること十数秒、事態を把握し終えた私は魔力の放出を止める。
……なんてことだ。
ゴミ山の脇で、中で、埋もれた地面で。いたるところに魔導汚染の痕跡が感じられる。十や二十じゃない。
百ヶ所を越え至る所に散在している。
事態は想像をはるかに超えて深刻であることを理解する。
背筋に悪寒が走り、腹の底から怒りがこみ上げる。
「セレナ…様?」
傍にいたリリスがおずおずと声をかけてきた。
「大丈夫です。少々見通しが甘かったことに自省しているだけですわ。」
そういって心配そうな声のリリスに答える。
やや冷淡な声色になってしまったことを後悔しつつ目を開く。
「……どうでしたかな?」
同じく気にかける様子のトマス。私のただならぬ雰囲気を察してだろう。
「想像をはるかに上回る惨状でございました。……ざっと数えても百以上、無数の痕跡が残っております。自らの認識の甘さを痛感いたします。」
振り返り、二人の方へと向き直る。
リリスが驚き、少し悲しそうな顔をする。
トマスも私の顔をみて眉間にしわを寄せる。
きっと酷く感情的な表情をしてるのだろう。
「お二人とも、こちらへ。」
私は特に取り繕う事も無く、場所を移動する。
慌てて付いてくる二人に構わずに目的の場所へと足早に動く。
「ここです。」
ゴミ山の一角、地面との境目の裾部分。
『銀の筒』による汚染の痕跡が強く掘り返しが容易な場所を選んだ私はその場へと二人を案内した。
「ここのゴミを掘り返せばご理解いただけるかと。」
そういって私は手のひらで目的の場所を指し示す。
「私めが。」
トマスがいち早く反応し、前へ出る。
「魔術による作業は証拠をダメにしてしまいますのでご注意を。」
「心得ております。」
歩み寄るトマスに注意する私に、彼は丁寧に一礼すると手作業でゴミを取り除き始めた。
私とリリスは彼を見守る。
膝上くらいまで積み重なったゴミを年齢に似合わない機敏な動きで次々とよけてゆくトマス。次第にその嵩を減らしてゆくゴミ達。
やがて地面が見えてこようかという時。
「トマス様。手を止めてくださいまし。」
私は彼を止めた。
トマスは手を止め身を引き、入れ替わるように今度は私が歩み出て、地面の見えかけている箇所の近くにしゃがみ込む。
「これです、お分かりになりますか。」
私はそう言いながらゴミ山を指差す。
私が指し示した場所には、魔具と思われる折れた小型のロッドが横たわっており、先端にひび割れてくすんだ青色の小さな魔晶石がはめ込まれている。そこのすぐ傍にしばりつけられるように紐が巻き付いており、錆びた銀色の金属片が紐に引っかかっている。
「お見事にございます。こうも鮮やかな手際にて発見されるとは。この身は心の底より感服いたしております。」
そういってトマスは驚嘆の意を示した。
「こちらの証拠品は子爵様へご説明用に、トマス様が保管してくださいまし。」
私はそう言って立ち上がった。
「承知いたしました。感謝いたします。」
彼はサイドバックから袋を取り出すと中から包み布を取り出し、証拠品の魔具と『銀の筒』の破片をそのままの状態で丁寧に梱包する。折れたロッドは小型なこともあり破片を包んだ布は、すっぽりと袋の中に納まった。
彼が無事証拠を確保したことを確認した私は、踵を返すと周辺の森へと視線を向ける。
そして大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「王国軍所属特務官殿!御覧通り証拠が出ました!これより当現場を凍結し、王国軍直接管理下に置くことを具申いたします!担当部隊の方々はお姿を現してください!」
私の声がゴミ山に木霊し、周囲の森へと響き渡る。
ほどなくして、私の正面にある木々の陰から王国制式服に身を包んだ軍人たちが数名姿を現した。
彼らは迷わず私の前へと歩み寄り、少し手前で立ち止まる。
先頭に居た特務官らしき人物が王国式敬礼にて挨拶をし、後続の部隊員たちも一糸乱れぬ動きで敬礼をする。
「王国軍2番隊急襲特務部隊所属、臨時編成特務小隊隊長!ヴァルド・ガリアンと申します!召喚に応じ参上いたしました!」
ヴァルド・ガリアンと名乗った男は大声かつ洗練された動きで軍属を述べる。
「任務ご苦労様です、ヴァルド様。それと、私は軍属ではございません。軍式挨拶は不要でございますよ。」
私はややぎこちない笑顔で彼らに応えた。
さっきまで胸中に渦巻いていた暗い気持ちが彼の勢いに吹き飛ばされた感じ。普通にびっくりした。
「失礼しました。本作戦は聖女セレナ様に一部指揮権が委譲されているとのことでしたので。」
先ほどの大声で固い挨拶とは違い。
やや愛嬌のある豪快な笑顔で彼は答える。
すぐに柔軟に対応できるあたり、経験豊富な隊長なのだろう。
ていうか指揮権は要らん。
やめてほしい。
「既に現地に部隊展開されているものかとばかり思っていました。潜伏されていたのは何かあったのですか?」
私が報告書にて立案したのは早急な現場確保。確証もないのに無作為に軍を動かすことはできないのを理解したうえで、緊急性を優先するべくその様に意見したが。
到着時に部隊の姿は見えず、されど守る様に周辺展開し潜伏していたことに、いささか予想外の事態だと思っていたのだ。
「先行していた別動隊特務官より、他勢力による監視の兆候ありとの報を受け。下手に動き回り現場を荒らすよりも、状況保全と監視強化を優先することが重要と判断し、現状の現場対応の指示を下した次第です。」
……こっちにも相手方の監視が配置されていたのか。
気配が多すぎてそこまでは掴み切れていなかった。
あまりにも精緻に気配を感じ取れるのも、こういう人が多い時には意識が散りすぎて特定の気配を追うのが難しくなってしまう。
今後の課題だ。
それにしてもさすがプロ。対応が臨機応変で柔軟だね。
「優秀な判断に御礼申し上げます。既に私の方で証拠となりうる物品の箇所を複数特定済みです。担当官の方々にご協力いただき、先行して証拠収集と記録を行いたいと思います。よろしいでしょうか?」
「はい。もちろんです。指揮権に服従いたします。」
にかっとした笑顔で彼は答えた。
「指揮権はご遠慮いたしますわ。お手伝いいただければ助かります。」
私もにこっとした笑顔で答える。
「はっはっは。お茶目な方ですな!ではしっかりとお手伝いさせていただくとしましょう。……聞いたな!担当部隊および監理官はセレナ様をお手伝いするように!」
笑いながら振り返り、再び彼は軍人らしい気迫で号令をだした。
「はっ!」
一糸乱れぬ応答と供に部隊の人たちは笑顔で敬礼をした。
この隊長にして隊員あり。
すごく良い感じだ。
ほんの少し前まで自分の甘さに苛立っていた心が凪いでいく。
「さ、リリィ様、トマス様。皆様がお力添え頂けるそうです。こんな調査はさっさと終わらせてしまいましょう。」
肩の力が抜けた私は、やれやれといった具合で二人へと語りかけた。
「はい!」
リリスは安心したような笑顔で私のそばへと駆け寄ってきてくれる。
「私めも、微力ながらお手伝いいたします。」
トマスもまた安心した顔で力強く頷きながら協力を申し出てくれた。
そんなに怖い顔してたのかな。
二人の表情の落差を見ていて少し申し訳なくなるが、どうも自分の見通しの甘さや不甲斐なさに心がざわつく。
今後は気をつけなきゃ。
ガハハと豪快に笑う人の良い軍人
好き。
チョイ役だがなー
もったいないなー
またどっかで出そーかなー




