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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第一章 第二部 魔導工学と魔獣
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第三十五幕 「ゴミ山での密談」

予感

もはや一線を退いたはずの我が身に燻る何かが

再び燃え上がる事を望んで空気を求め喘いでいる


「よもや、この身が再び刃を振るう日が再び来ようとはな。

 喜び勇み魂が震えよるわ。」


時刻は10時50分。

順調な行程により到着は思いのほか早く、我々は目標地点へとたどり着く。


リアムとフィンは荷を下ろし、簡易的なキャンプを設営。

リリスはその二人を手伝う形で動き回っている。

なんかちょっと笑顔で楽しそうなのはなぜだろう。


私とトマスは3人から少し離れたところでゴミの山を見聞している最中。



いうなれば、目の前にそびえ立つは醜悪なる人の業の残滓。


なんて言葉が思い浮かぶくらいには予想以上の惨状が目の前にあった。


積み重ねられているのは、一般家庭で使われるような家具類を筆頭に、衣類から生活雑貨、各種産業で排出されるであろう消耗品、不要資材の廃棄物。大型の工業機器と思われる物も散見される。

匂いのある有機性の生活廃棄物や廃液のような工業廃棄物はないのか、悪臭のようなものはしなかった。

それでも惨憺(さんたん)たる目を覆いたくなるような状況。


どうやら魔具や魔導具らしき廃棄物もいくつか目につく。



「想像していたより酷い状況でございますね。」

自然とそんな感想が口から零れる。


「悩ましい限りでございます。基本的に月に2度この場所を訪れ、問題のありそうな廃棄物を優先的に回収しております。が、実態として作業が追い付いていないのが現実でございます。」

苦虫をつぶしたような顔でトマスは答えた。



「取り締まりについてはどのように?」

一応私はトマスの傍らへ移動して、私とトマスを範囲に隠匿結界を限定させるように指環に念じる。


「定期的に周辺調査と巡回警邏(けいら)を行わせてはおりますが……なにぶん森の深部に人をやるのは安全性の問題がございますので、効果は望めません。どうやら賊はこちらをかなり警戒しているようで、一切の運搬に関わる痕跡を辿れていないのです。」


そんなことがありえるのか……? と、一瞬考えたが。

疑問はすぐに霧散した。


「……それはつまり、馬車を利用して一度に大量に投棄しているのではなく、わざわざ魔具に収納……マナライズしてからの単独、少人数による輸送。ということですか……?」


「ご慧眼(けいがん)でございます。当初、私共は崖上へと荷車などで運んでから投棄していると考え、直上の崖上に危険を承知で潜伏拠点を構え監視しておりました。しかし、車両の痕跡や足跡も発見できず。その状況下でも気がつけば廃棄物が増えている。まったく意味不明な行為だと兼ねてより思っておりました。」


トマスのいうことは、こういうことだ。


どこぞの廃品回収業者が処分費用をケチって不法投棄をしている。その程度の事かと思って賊を捕らえようと監視員を配置した。しかし実際にはそれらしい業者が近辺に現れることはなく、気が付けばゴミ山にゴミが増えている。

そんなことを可能にする手段は一つ『わざわざ廃品をマナライズによって魔具に収納し徒歩でこっそり運搬。マテライズの後に投棄する。』だ。


「一介の業者が掛けられる労力と費用に見合っていない。行為の意味と意図が不明。そう思われていたでしょうね。」


私は自らの左手にはめられた先日購入したばかりの、旅の道具入り魔導ブレスレットに視線を落とした。


魔具に登録する物品は種類を選ばない。対象をひとまとめに確定さえできれば単品でも複数でも、容器に入れた粉や液体でも、大きさについても重大な問題ではない。

問題は登録の際の魔術的な手間、そして顕現化の時の魔術の適性と品物の物量に応じた魔力消費。


そしてこれらの魔術的な問題も、どうやら魔導工学の発展により簡便化されており解決してしまいつつあるのが昨今の実態だろう。


たとえそうでなくても、『銀の筒』の横流しを画策するような連中にはお抱えの魔術師、しかも非認可の未登録魔術師を用意する事なぞ苦にもならないはずだ。

大金を払ってでも目的のために不正を行う輩は後を絶たない。同時に金の為なら何の葛藤もなく自らの才能を振るう事に、いっさい疑問を持たない輩も蛆のように湧いて出てくる。


「仰る通りでございます。しかし昨晩のお話を聞いて疑問は氷解いたしました。何者かが何かしらの意図をもって状況を画策している。そう確信いたしました。」

トマスはそういって深いため息とともに睨むような顔つきになる。


その目つきは鋭く、怒りのこもった眼差しはゴミの山と姿なき悪辣な者たちへと向けられる。

長年苦労させられていた問題が、想像をはるかに越えて根が深く業のある事案だったのだ、無理もない。


「しかしながら、セレナ様。昨晩仰った事が実際に起きれば、相応に高濃度の負のマナが発せられるはずです。私めは魔術の才は達人に及ばずとも、一端の戦闘におけるマナの感知に後れを取っているとは思っておりません。

私めもこの場所を度々訪れ、各種調査や作業を幾度となく行っておりましたが、負のマナを色濃く感じる機会など皆無でした。

我々の監視をかいくぐりゴミを捨て、『銀の筒』を魔具や魔導具に配置し、野生動物を狙い撃ちするかの如く汚染することなど可能なのでしょうか。」


当然の疑問だろう。

そんな都合よく魔獣化が意図的に行えたら大問題だ。


だが私はそれについて既に答えを持っていた。


「それについては私も疑問に思っております。しかし、私が考えている事を正確に申し上げるのであれば、昨晩ご説明した内容はあくまで可能性と事象の話であり、実際はもう少し複雑かもしれません。」


「と、仰いますと?」


「私はこのゴミ山をあくまで魔獣への負のマナを供給するための餌場(えさば)、そう考えております。

そして、魔獣の発生自体は別の所で行われた可能性が高いと考えます。

猛獣とは言え、たかが熊。最初はいかようにもできるただの熊。

例えば捕らえた後で。例えば魔術で行動不能にした後に。例えば冬眠の穴籠り中に。……魔獣化を意図的に行う方法はいくらでもございます。」


「なるほど……言われてみれば仰る通りかと。そのように意図的に魔獣化はできても適合し狂暴化した熊を継続的に汚染し続けるのは難しい。そのためにゴミ山に偽装した負のマナの餌場を用意した……。」


「はい。一度魔獣化した野生動物は尋常ならざる飢餓感を癒すために周辺動物を無差別に貪食し暴れまわります。そのように危険な状態の魔獣を意図的に負のマナで餌付けしようとするのは困難です。

しかし実は魔獣に高濃度の負のマナを供給すると一定期間は異様に大人しくなります。どうやらこれは魔獣にとってもそれは非常に好ましい事、もしくは安定や安寧のひと時のようで、魔獣は負のマナに対して異常な執着心を見せます。


トマス様の関係者がいないタイミングを見計らってゴミ山に魔具や魔導具と銀の筒を配置し、直後に発生した高濃度の負のマナを求めて魔獣が這い出てくる。つまり、餌場さえ確保できれば意図的な魔獣の育成は可能です。」


「なぜ、魔獣は負のマナを取り込むと大人しくなるのですかな?」


「これは一説によると『負のマナの影響で急速に変異する身体が、その現象に適応すべく一時的な休眠状態になる現象。』だ。という研究結果が出ております。」


「そのような危険な研究が一体どこの誰が…どこで行われていたのですか?」


「2年前、我々魔王討伐隊が『極寒の死地』を行軍する際、並行して調査依頼が出ていた物の一つに『超高濃度魔導汚染地域における魔獣生態系調査』が含まれており。大魔導士ソフィア様と供に私自身が現地の魔獣たちを調べ魔導通信にて報告、その調査結果を元に1年ほど前に王国魔術院魔導研究科によって実験が行われ発表された極秘資料に該当する研究結果にございます。」


「……なるほど合点がゆきました。道理でこれらの事にたいへん詳しいわけですな。まさかセレナ様ご自身が調査の当事者とは夢にも思いませんでした。」

諸々の説明に納得したのか、妙にすっきりした面持ちのトマス。


零番隊に所属していた彼ならば、国家の危機管理体制の一端を担っていただろうから喋っても問題ないし、今後の行動への理解も得られる。

そう思って私は彼にべらべらと機密事項を喋っているわけだ。



ていうか秘密を話すのってちょっと気分が良い。


意外な知見を得られた。



「トマス様は零番隊所属経験をお持ちとお見受けいたしておりましたので。色々と隠さずに話せるのはこちらとしてもありがたいですわ。」


「さすがセレナ様、お気づきでしたか。私の過去が良い結果を導いたのであれば、それは何よりでございます。一線を退きセドリック様に仕えるようになったのは相当昔であり、かの部隊での日々は遠く懐かしい日々ではありますが……どうやら王国の裏側は今も油断なく諸々を執り行われているようですな。安心するやら陰鬱になるやら複雑な心境にございますが。」


「国家の平和とは、そういった仄暗(ほのぐら)い部分あっての事かと。」


「仰る通りにございます。セレナ様のようなうら若き乙女の口からそのような言葉を聞かされると、いささか気落ちいたしますが。」


「そのようなか弱き存在は魔王の暗殺に派遣されたりなどしませんわ。」


「……仰る通りですな。どうやらセレナ様は私めが思っていたよりも遥かに深く色濃く、複雑な社会とご自身の立場をご理解されているお方。大変なご無礼をお許し下さい。」


「あら、私は先達の方に愚痴を聞いていただいただけですわ。どうかお気になさらず悠然と構えてくださいまし。」


「ふふ。あまり老人をいじめないでいただきたいと思っておりましたが、セレナ様が心を開いてくれたことで色々と理解いたしました。

……つまり、周辺に感じておりました気配はセレナ様が手配された者たち、ということですな。」


そういうとトマスが何やら懐かしむような慈しみのある視線を周りに向けている。私が既に把握している複数の王国部隊員の中でもひときわ異質な存在、正確には一切気配を感じさせないのにこちらに意識を向けていることを教えてくれている4名の方向だ。


つまりこれが秘匿任務中の零番隊の気配か、覚えとこっと。



「零番隊所属経験者は伊達ではございませんね。

ご指摘の通り、先日既にルーカス様に依頼し、エミリア様によって王都に伝達済みでございます。本日の行程予測のもとに部隊展開の作戦を提案いたしました。特に変更も無ければ零番隊総指揮官殿により複数部隊が展開されているはずです。」


「なるほど、事態は抜かりなく進んでおりますな。……ところであの二名、ちゃんと任務をこなせておりますかな?私が所属していたころは新米隊員の中でも下から数えた方が早い者だったと記憶しておるのですが。」


トマスはそう言って何やら思う所ありといった雰囲気で尋ねてきた。


「私とリリィ様は存分に助けて頂いておりますわ。任務の可否に対する評価については私の預かり知るところではございませんし。」

私は笑顔で答えた。


任務がわからんのにどう評価せいと。

ていうか、隠密はして無いよね。

全然、全く忍んでない。


たぶんあの二人については監視と補給が任務。


「まぁ、適材適所ということです……かな。レジナルドには隊員の任務適性を見抜く才が在りましたからな。」


ニヤリと口元を歪ませるトマス。

今朝がたから執事としての彼とは全く似つかない雰囲気を垣間見せているが


ていうか、レジナルド?知らない名前だ。



……あっ。


「トマス様……今、零番隊総指揮官殿の秘匿情報を漏らされませんでしたか。」


「おや。私はどこの誰とも申しおりませんぞ。どこぞの誰かはセレナ様ご自身で自由に想像なされませい。」


いや、現役の指揮官の采配について触れてる以外に話の脈絡が成り立たないでしょうに。えー、零番隊総指揮官の真名なんて数人しか知らないような機密では?

……これは隠さずに話したお礼なのか、色々と暴露していらない事を知らされた仕返しなのか悩む所。


「そう……させて頂きます。」


いや。

多分、国家の秘密を無作為に喋らんでくれというお願いかな。


「セレナ様のような方なら問題ありますまい。思慮深き考えと理知に満ちた眼差しをお持ちだ。私めが不安に思うことなどございません。」


やっぱちゃんと考えて発言してねって釘さしてるね!



「ご忠告感謝いたします。これからも心に留めて歩み続けますわ。」

私は素直に忠告してくれたことに感謝を述べ、注意すると答えておく。


それを聞いたトマスはにっこりとほほ笑むと、私から離れるために歩き出した。彼はやや開けて周囲に声が通りそうな場所で立ち止まり、深く息を吸う。


「リアム、フィン!予定時刻になりましたので調査を開始します。両名は周辺の警戒を、私はリリィ様の警護にあたります!」


トマスは声を張り上げて、少し離れたところにベースキャンプを設営していた騎士たちへと声をかけた。

やや大きすぎる声は辺りへと響き渡る。これは周囲に潜んでいる王国部隊への報せを兼ねているのだろう。


トマスの大声にやや驚いた様子の二人だったが、顔を見合わせた後にすぐさま散開する。ここらへんの動きに関して、この二人は本当に息ぴったり。


「さあ、まずは調査の方。よろしくお願いいたします。」

トマスは私へと向き直りそういった。

先ほどの含みある笑顔は消え失せ、真剣な顔に戻っていた。


「承知いたしました。全力をもってあたらせていただきます。」


向こうから私の方へと駆け寄ってくるリリスを視界の端に捉えつつ、辺りに積み上がるゴミの山を見やる。



なんともため息の出る光景だ。



この中から『銀の筒』を探し出すのか……。

見つけるのは簡単だろうけど、掘り出すのは手作業だろうし。


嫌だなぁ……。


古巣を離れた老兵と

棲家を離れた少女の

秘密の会話


……ふむ。

よいではございませんか?

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