第三十三幕 「区切り」
自分の考えていた未来
似ても似つかない現在
変える事は出来ぬ過去
「次の未来こそはと思い、また繰り返す。
良いことじゃねぇか。まだ終わってねぇって事だ。」
先ほどまでの微妙な空気を払拭すべく、一つ咳払い。
そうした後にトマスは口を開いた。
「さて、セレナ様。打ち合わせとして事前に確認したいことなどは何か他にございましたでしょうか?」
そういって佇まいを正しながらトマスが問いかけてきた。
やや締まりのない空気を打ち払い、まじめな雰囲気を取り戻さんとすべく、彼は改めて真剣かつ剣呑な雰囲気を漂わせている。
そんなに睨まないで欲しい。
悪気はなかったんだよー。
それはさておき、彼の問いに私は一つの懸念事項を思い出す。
「そうですね……おおむね問題はないですが…、あえて申し上げるのであれば遭遇戦の心構えについて一つ。
基本的には『目標地点での調査を終えた後に魔獣の捜索と可能であれば討伐。』全体を通してはそういった流れになるとは思いますが。
いずれかの時点で魔獣が複数体で強襲してくる可能性について触れておきたいと思います。」
私はトマスの問いに対して、そう答えた。
「と、いう事は……セレナ様はその可能性を懸念されている。と?」
トマスはただ静かに問い返す。まるで何故その懸念があるのかを皆に説明して欲しいとでも言いたいかのように。
言わんとすることは解る。
彼自身、その可能性について考えていなかった訳ではないと思う。しかし話の流れ的には少々おかしい所があるからだ。
だってついさっきは魔獣は知恵を身に着けて、より慎重かつ狡猾になるから狩猟のプロでも見つけるのは困難だという話をしたばかりだ。
「……確信があるわけではございません。しかし一つの不安材料としての予感がございます。」
私は改めて三人を見据え、こう切り出した。
「負のマナに対する渇望。という魔獣や魔族における敵対行動の根幹には、もう一つの特徴がある事をご存じですか?」
私は意味深な問いかけを三人へと向けた。
この問いの意味、おそらくリアムやフィンは理解できないだろう。だがしかし、過去に王族直属の執事団に所属し零番隊としての訓練を受けたトマスなら知っていて然るべき仮説。
「光のマナに対する敵愾心。ですな。」
トマスは迷いなく答えた。
やはり知っていた。
さすが、かつて陛下の直属部隊に籍を置いていただけある。
「正解です。」
私は満足げに頷く。
「光のマナに対する敵愾心ですか?」
この内容にいち早く反応したのはリリスだった。
リアムとフィンも知らないといった雰囲気だが、聞くにとどまっている。
指環の効果で精神抑制され続けてきたリリスにとって身に覚えがなく、されど魔族として生きる身としては気になる要素だよね。
「負のマナを糧に生きる魔族・魔獣に見られる本能的な敵対行動。勇者を筆頭に、王族・ルミナス教の神職者たちに対して特に見受けられる共通項として、だいぶ昔から仮説として取りざたされている話の一つでございます。」
私は自身の中にあった知識をもとに概要を説明してあげた。
光の魔術を使いこなす人物達。完全適性を持つ勇者を筆頭に、特異魔術の才を発現する王族、そして神聖魔術の適性を持つ一部のルミナス教神職者。
これらの人物に対して、魔族や魔獣は時折強い敵対反応を見せることが確認されている。
一説には『負のマナという存在は全ての悪感情を共通根源とした存在であるが故に、全ての属性適性を持つ光のマナの存在は……いうなれば正のマナとして非常に近しい存在、もしくは表裏一体の存在である可能性がある。』などという学説も存在する。
その光のマナを有する存在に対し強い害意を持つ個体は、慎重さや狡猾さという本能的な回避行動を忘失し、狂ったように襲い掛かってくる事が度々確認されている。
そういう意味で今回の森林調査では、私という光のマナの適正者を狙って、発狂した個体が襲い掛かってくる可能性があるのだ。
私が王都を出てしばらくの後、あの熊の魔獣がわざわざ森から出てきて私を襲ってきた理由。
私が感情のままに叫び散らかしたあの時、もしかしたら私の感情に呼応する形で光のマナを励起した可能性がある。
神聖魔法自体は信仰心の強さに比例するものではないが、魔術自体は感情の振幅に大きく影響されるもの。広義の意味で光の魔術に含まれる神聖魔法の適性を持つ私が感情を爆発させたときに私に内在する光のマナが活性化したことは十分に考えられる。
あの熊の魔獣は私の光のマナに触発され発狂状態で森からはぐれてしまった。私はそう考えている。
「私が持つ『理力』という女神の権能は光のマナとは別物。というのが実際の所かと思われます。理由はここで述べるには多すぎますので割愛しますが……私は神職者として全てのマナ適正を持ち、一部の神聖魔法の行使を可能としております。ゆえに、私は魔獣に対して一定水準の囮、もしくはエサとしての価値を持つのです。」
救済の聖女としての表向きの権能は『女神より授かりし奇跡の癒しの業』だが、その実態を勘違いして『究極の癒しの効果を持つ光の魔術』だとか『もう一人の光のマナの完全適合者』などという勘違いをしている人は多い。
『理力』という俗称も、私を発端として一部の関係者に狭く浸透している呼び名であり、市井には一切知られていない。一部の酔狂なファンはどこで調べたのか『理力』の呼び名を知っているようだが……。
まさにセドリック子爵がそれだ。
ともあれ、私という存在が調査に同行すること自体が魔獣との遭遇確率をあげる可能性がある。
そういうことだ。
「……魔族にとってセレナ様は魅力的なエサ…という事になるのでしょうか?」
いまいち魔族としてピンと来ない、もしくは実感がないリリスが小首を傾げている。
かわいい。
「あくまで可能性がある、という話ではありますが……留意して頂く必要性はあるかと思います。御三方も遭遇戦の可能性についてお忘れなく。」
「「「承知いたしました。」」」
トマス、そしてリアムとフィンがそろって頷いた。
「……しかし、私も光のマナへの敵愾心の話をよく耳にする立場でありましたが。旅のルミナス教信徒が優先的に襲われるといった話は聞きませんし……各地の祝福儀礼式などにおいて神職者の方が儀式中に襲われるなどという話も聞きませんな。いささか眉唾ではあります。」
トマスは思うところありと言った風に付け加えた。
各種式典や感謝祭において各地の神職者が祝福儀礼を施す、それによって信者や大地が生命力を漲らせるという、ごくありふれた現象。
一般化されたこの風景も、人によっては神秘的かつ膨大な力が振るわれたように目に映るだろう。
「単純に個人の資質における魔術の出力の問題なのだと思います。神職者が神事で行う諸々の祝福儀礼は各地の精霊に訴えかける意味合いが強く、神職者自身が有する力を分け与えているという事ではありませんので。」
彼の勘違いに気づいた私は補足説明を付け加えた。
これも割と市井において勘違いされている事の一つ。優秀かつ強大な祝福を可能とする神職者が無条件に信頼される理由となっている。
学ばなければ知らない事なので仕方ない事だけど。
トマスみたいな零番隊所属経験者も知らないのは意外だった。
やっぱ王宮関係者と神殿関係者にも認識の隔たりはあるのかも。
「いずれにせよ、私という存在の同行が。何かしらの異常事態を招く可能性。ゆめゆめお忘れなきようお願いいたします。」
私は締めくくりの意味も込めて笑顔で忠告した。
そんな私を見てリリスが口を開く。
「……もしかしてセレナ様。追跡や発見が可能だという話、痕跡を追ってそれらしい場所で神聖魔術を行使し囮になるつもりでいらっしゃいましたか……?」
訝し気な表情で私を見つめながらリリスが問いかけてきた。
真剣に悩んでいたのは気づいていたが、鋭いね。
「ええ。」
私は屈託のない笑顔で首肯する。
「……セレナ様のお力は十分に理解しております。しかし、無理はなさらぬように心の底からお願い申し上げます。」
不安げな瞳と口調でリリスが私に懇願する。
従者としての言葉か、仲間としての素の言葉か。
どちらにせよ彼女の本心であろう、彼女の想い。
「リリィ様、貴女のお心遣いに感謝いたします。女神の慈愛と我が身命にかけて、決してわが身を危険にさらすようなことはしないと誓います。」
私は聖女としてしっかりと答えを返す。
そして想う。
安心してリリス。
もちろん、そんな気はさらさらない。
わが身に降りかかる脅威は、全力でぶっ飛ばします。
「セレナ様のご意向、委細承知いたしました。女神の導きと聖女の恵みに……我が領主に替わり、御礼申し上げます。」
自身の浅慮を恥じてか、私の思惑をしってか。
トマスが改まった物言いで深々と礼をしてきた。
「全ては女神の導きと御心のまま。この身が成せる事、全てに身命を賭して行うに尽くすまでの事。どうぞお気に病むことなく。」
トマスの振る舞いに、私は緩やかな言葉と笑顔を返す。
やりたいようにやってんですから、気にしないでね。
そんだけですよ。
「さて、私からは以上でございます。まだお時間に余裕がありますが……いかがいたしましょうか?」
私は空気を変えたくてわざと明るい口調で声を上げた。
私の問いにリリスも騎士二人も特には、と言った様子だが。
トマスが反応した。
「……セレナ様、実は例の野盗連中を護送する予定が、このあと午前九時に村を出るという話になっております。もし何かあるようでしたらそちらに時間を割いて頂いても構いませんが。」
ちらりと時計を見た彼が進言してきた。
なるほど、グリムヴェイン達の護送は日が昇ってからだったのか。
てっきり早朝に出たものかと思っていた。
とはいえ、彼らがらみで私の用事や目的は全て片付いている。
特に見送るつもりもないのだが……。
そんなことを考えていたら―
「え?おっさんらまだ残ってたの!?ちょっと最後に見ときたいかも。」
そんな驚いた声が店の奥から響く。
リアムとフィンが顔をしかめ、トマスが小さくため息を吐く。
リリスが驚いてカウンターの方を振り向く。
私はやや呆れながらカウンターの方を見た。
腕まくりをして濡れた手を拭いながらメイが戻ってきたところだ。
「ね、セレナー…様。遠くで良いので連中が出てくところを見に行ってもよろしいですか?ね?」
何故か嬉しそうな顔をしたメイが我々の反応なぞ知らんといった風に要望を伝えてくる。
ははは。
そう来たか。
想像通り、想像を超えた事をしてくるね。メイは。
怒られるぞ。
「「いい加減にしろ!メイ!!」」
兄替わりの騎士二人が声をそろえて普通に怒った。
ほら、いわんこっちゃない。
「なんでいちばんの被害者であるお前が、いちばん態度が軽いんだ!?」
リアムのいう事もごもっとも。
「それを望むにしたって……もう少し…こう!相応の態度ってもんがあるだろう?!」
いつもは知的な雰囲気のフィンが混乱している。
二人とも言わんとしてる事は判る。
でもたぶん、無駄だよ。
お二人。
「いや、リム兄もフィン兄も言いたいことは分かるんだが。ね?」
メイはそういって前置きをしつつ、つかつかと我々のテーブルへと歩みよってきた。
「加害者の顔なぞ見たくもないというのは一般的な反応だろうし、あるとしても溜飲を下げるために見物に行くなどというのは女にあるまじき行為かもしれない。まして連中は薬物まで使用して私を弄んだ極悪非道の輩な訳だ。
そんな嗜虐の限りを尽くした相手が、たった二日で涼しい顔をして見物に来てるのを見たら……連中がどんな反応を示すか興味があるとは言えないだろうか。ね?」
我が論に自信あり。といった風に胸を張って凄い事をのたまうメイ。
『普通では考えられないような意趣返しが出来るんだよ。』
そういう論拠で自らの希望の破天荒さを正当化するメイの姿を見て、リアムもフィンも。トマスでさえも目を覆って天を仰いだ。
…ほらね、ぶっ飛び理論が出た。
やっぱりこの子の精神強度は尋常じゃない。
「そういう理由でございましたら、私もメイ様が野盗共にお姿を見せるのは意義ある行為だと評価いたします。」
とりあえず私からも助け舟。
「セレナ様?!」
「いや、いくらなんでも……そういうものなのでしょうか…?」
私の援護にリアムとフィンが狼狽えている。
まぁ翻訳のお礼もあるし、彼女のようなタイプの人間を抑えるのも大変だろうから好きにやらせたらいいんじゃないかと思うのだ。
「もはや虜囚の身である彼らが法務官達になすすべもなく連れていかれる姿を見送る事は…様々な苦しみを抱いた者たちにとって、良い区切りではあると思います。当人が望んでいるのであればなおさらでしょう。」
そう言いながら私は立ち上がる。
「良いではありませんか。何かあればリアム様とフィン様がお守りくださるのでしょう?何ら危惧する事もありません。なんなら私どももご一緒致しますので。」
私はニッコリ笑顔でそう答え、顔を外へと向ける。
リリスも私に続いて立ち上がる。
彼女の表情も穏やか……というか、何がまずいのか良く解ってないって顔。
まぁ魔族の価値観において降した相手を観賞するのはむしろ勝者の倣い位に思ってそうだ。
しらんけど。
「セレナ様もリリィ様も問題ないと仰るのであれば……いや、しかし本当にそんなことをさせて良いのでしょうか…。」
最後まで腑に落ちないような面持ちのリアムだが、女3人固まって一様に是と振舞えば、彼も強く言うこともできないようだ。
「…リアム、諦めよう。どうやら分が悪い。」
突如、フィンはそう言いながら顎で扉の方を指した。
「どうやら、皆さまそろってのご意志のようですな。」
トマスも気づいたのか、扉の方を見る。
二人とも気づいたか。
酒場の入り口、扉に備え付けられた大き目の覗き窓から二人が店内を覗き込む姿が見える。
リックとローナだ。
窓越しにでも、やや固く緊張した表情なのが見て取れる。
きっと目的とするところはメイと同じなのかもしれない。
そう思った私は立ち上がると入り口へと向かい、扉を開いた。
「おはようございます。リック様、ローナ様。その後お加減はいかがですか。」
扉を開け、外で佇む二人へと声をかける。
「おはようございます、セレナ様。身体はすっかり良くなりました。」
やや緊張気味で挨拶を返すリック。
「おはようございます、セレナ様。おかげさまで何も問題ございません。……メイを迎えに伺ったのですが。」
そう言いながらローナが戸口から店内を覗き込む。
「おはよ。パパ、ママ。」
朗らかな笑顔で両親に挨拶をするメイ。
彼女もまた両親に挨拶するために戸口へと迎えに来ていた。
「おはよう、メイ。」
「おはよう、昨晩は楽しかった?」
リックとローナは娘の姿を見てほっとしたような顔で入店してきた。
「うん。セレナ様とリリィ様、三人楽しく過ごせたよ。二人ともどうして朝からここに?」
「うん……まぁ、村長から連中が護送されると知らされてね。」
「メイだったら、どうするかな?って二人で考えたの。」
「一緒に行ってくれるんだ?」
メイが笑顔で二人へと寄り添う。
「良い区切りになるだろう。と、思ってね。」
「私もよ。連中にメイが無事な姿を見せつけてやれって。思っちゃった。」
「ふふっ。良かった、おんなじだ。」
メイはそう言って安心したかのように両親の間へと収まる。
この家族にしてこの子あり。
どうやら家族ともども完全に立ち直って、きっちりと意思表示をする心積もりのようだ。
良い事じゃん。
「どうやら、ご家族の意見は一致されてるようですよ。」
私はリアムたちへと向き直り、改めて彼らを促す。
「みたいですね…。」
「リックもローナも、という事であれば。我々がとやかく言う事もないです。」
「どうやらその様ですな。どれ、我々がお三方の守護を担うとしましょう。」
そういってトマスが先行すると、リアムとフィンもついていく。
既に気持ちを切り替えたのか、先ほどの呆れた表情は消え失せて真面目な面持ちだ。
そんな彼らを見てほっとしたかのようなメイと、彼女に寄り添うリックとローナもどことなく安心したかのような雰囲気で執事と騎士たちを追う。
そんな彼らを見て私もリリスも安心して顔を見合わせた。
時刻は9時になろうかというところ。
ま、私も彼らを見送るとします。か。
降りかかる火の粉はぶっ飛ばす
良いですよね、そーゆー思い切りの良さ
鬱憤が溜まるご時世
ぶっ飛ばす機会も訪れるやも




