第三十二幕 「森林調査打ち合わせ」
己を奮い立たたせるため、甘えは置いてきた
裏切りに打ちひしがれるのを無くすため、信じることを止めた
絶望的な結末を恐れないために、希望を捨てた
「そんな生き方に意味は無いと気づくのに随分と寄り道をしたのぅ。」
丸テーブルに私とリリスは並んで座り、対面にトマスが直立不動で控える。
彼の両サイドにはリアムとフィンが、やや後ろに下がった位置で待機。
これから始まるのは本日の森林調査打ち合わせ。
目的のすり合わせは昨晩の段階で済んでいるし、あくまで予定の確認だけ。
既に指示を受けているであろう執事と領内騎士二名は、あくまでセドリック子爵からの希望内容や提案の伝達役だろう。
なにせ本作戦の決定権は実質私にある。昨晩セドリック自身がそう言った。
まぁそうはいっても私のやりたいことに対して彼らが目的とするところは、さしたるほど邪魔になることでもない。……はず。
「さて……では打ち合わせを始めたいと思います。まずは目標地点への説明から。リアム、セレナ様にご説明を。」
トマスは一礼の後、そう発言すると右に待機するリアムに声をかけた。
「はっ。」
呼びかけに応じたリアムがサイドポーチから地図を取り出し、卓上に広げた。
「説明いたします。こちらは現在領内にて使用されているグリーンリーフ大森林の詳細地図になります。」
リアムが地図を広げながら口頭で説明をし始めた。
「ここが現在地点、グリーンリーフ村。領主邸は村のほぼ西部のこの位置です。森林の西南西から北部へかけてなだらかに昇ってゆく山肌があり、北西部に至る頃には断崖地帯となります。」
リアムは指で地図を指し示しつつポイントに駒を置きながら滑らかな動きで説明を続ける。説明に使っている地図は一般的な地図というよりも、河川や池沼、洞窟などの地形情報や等高線、海抜を含めた詳細なもの。
「セレナ様が昨晩セドリック様との会合で話された『ゴミ山』が存在するのは北西部の断崖地帯、東端部にある物と推察されます。現在までに行われた内外関係者による一般調査において、ここ以外に不法投棄箇所は発見されておりません。」
村から直接森林北部へと向かう道の終端にリアムが三角の駒を置いた。
やや硬い印象を受ける口調だけど、目は真剣だし詰まったりすることもなく実にリアムらしい振る舞いだ。
「現時点において、もっとも本事案に関わる対象としての可能性が高い本地点を今回の調査の第一目標とするのが、領主セドリック様のご意見です。」
リアムはそこまで説明し切ると再びトマスの背後へと戻った。
「十数年前より始まった森林地帯全域調査に端を発する不法投棄問題は7年間これといった進展をせず、現時点においては相当量のゴミ山となっております。
昨晩申し上げました通り、ゴミ内部には発見当初より魔具や魔導具に相当する廃棄物が存在していた事は廃品回収記録より再確認済みでございます。
セレナ様は本地点を第一目標とすることに意見はございますかな?」
そう言いながらトマスがフォルダーから資料を取り出し地図の脇に並べた。廃品回収記録の写しと思われる真新しい紙質とインクの資料には品目一覧に含まれる魔具や魔導具を強調するように赤丸が記されている。
私は資料にざっと目を通して内容を確認する。
これだけの量の魔具、魔導具にどれほどの非正規品が使われたのだろうか……状況次第ではとんでもない事になる。
しかし今はそこを考えても意味は無い。
話を進めなくては。
「いいえ、異存ありません。私もこの地点を起点に調査をしたいと思っております。ここまでの道のりはどの程度のものに?」
私は恭順の意を示すとともに移動に関する質問を投げかける。
「フィン、進行案と道程のご説明を。」
トマスは私の質問に頷きながらフィンへと声をかける。
「はっ。」
フィンはその場で私達に視線を向ける。
「第一目標地点へは野盗攻略時同様、セレナ様とリリィ様両名は我々の騎馬にてお連れいたします。搬送用の荷馬車が通れる程度に拓かれた林道になりますので、我々の騎馬であれば問題なく進行可能でございます。
セレナ様はリアムと同乗し先頭を、リリィ様は私が同乗いたしまして中央配置とし、トマス様は単独騎乗にて殿を務めていただき、道程間に想定される襲撃に対応する流れとなります。
目標地点到着までの所要時間は当方騎馬による速歩にておよそ90分を想定。打ち合わせ終了後の装備確認時間を含め午前11時到着を目標としております。
なお中間点付近にやや開けた水場がございますので、暫時休憩の予定を含めての所要時間となります。」
リアムに比べると柔らかめな口調のフィンは今回の調査における往路を説明してくれた。
説明し終えたフィンは再び視線を真っ直ぐ前に戻し直立姿勢に戻る。
「到着後の調査次第では相当の時間を要する可能性を考慮し、帰投時刻に関しては未定とし臨機応変に対応いたしますが……調査終了時刻は最大で15時と定めさせていただきたいと思う次第でございます。
ここまでで何かありますかな?」
トマスは補足を付け加えこちらへと向き直った。
ここまでが本日の調査予定。
ふむ…?
道中なにも問題なければ11時には到着し、4時間の調査時間。
例の私がローム兄妹に持たせた報告書に潜ませた作戦提案書ともタイミングは問題ないし、セドリック陣営側から希望されるであろう内容も対応範囲内だろう。
予定としては問題なし。
「はい、問題ございません。それと……これは私の予想のようなものでございますが、おそらく今回の不法投棄品に対する調査、さほどの時間も要さずに終わるものかと思っております。」
資料に一通り目を通し終えた私は顔を上げてトマスを見据えこう発言する。
「それは対象の棲息場所についてある程度の見当はついている、といったお話でございますか?」
トマスは驚いた様子もなくそう尋ねた。
リアムとフィンは微動だにしないが目線だけは私の方へと向けられ、瞳にはやや驚愕の想いが込められている。
「はい。正確には見当がついているのではなく、発見は容易だ。という意味になりますが……。
くだんの問題が長きにわたり解決できずにいる理由として、やはり討伐任務対象となっている黒毛の熊型魔獣の存在が大きいかと思います。
熊という生物の生態と縄張り意識は本来であれば単独棲息が基本でございますが……魔獣化に伴う身体能力と知力の向上は往々にして同一変異体の組織化という現象を生みます。
おそらく魔獣化した黒毛の熊はリーダー個体として既に周辺一帯の熊たちを従え、効率的に負のマナを取り込む知恵を身に着けている。そして配下の個体も相当数魔獣化を進めて勢力を増やし続けている。
その様に想定しております。
そしてそのリーダー個体が長きにわたり冒険者達をやり過ごしているのはひとえに向上した知力による偽装行為によるものだと、私は予想しております。通常の熊でも長寿個体は狩人の追跡をくらます為に偽装するという話はよく聞きますし。知力が向上した魔獣化個体であればなおさらでしょう。
しかしながら、彼らが纏ってるであろう負のマナと、獣本来の痕跡というものは如何に知力が高かろうと、そうそう簡単に隠し通せる物ではありません。」
野生動物の魔獣化における一般的な問題。
例外なく暴食と暴力を振るう事で本来の自然に対する脅威的な害をもたらすこともそうだが……。
討伐任務対象となるにあり余る理由を持つ存在として、高額の報奨金が約束されているにも関わらず簡単には狩ることができない本来の理由。
生物そのものとして心身が強化され、より狡猾かつ神経質になってしまう事で単純に狩るのが難しくなる事。
「それでもセレナ様は……ご自身であればその痕跡を問題なく発見し辿ることが出来る……という事を仰っている。そういう認識をもってよろしかったでしょうかな?」
トマスが私の意図するところを察し前もって確認してくれる。
端的に言えば、プロの狩人や討伐専門の冒険者より確実にやれる。
そういってる事と変わりない。という私の発言を疑うでもなく興味深そうな目つきで問いかける熟練の老戦士は、先ほどよりも強く好奇心の混ざった熱い眼差しで私を見つめてくる。
「はい。女神より賜りし我が権能と……魔王討伐隊として数々の師に鍛えられた技術と魔術は、それらの発見と追跡を容易たらしめる物にございます。皆さまにはご自身の安全とリリィ様の保護を最優先としていただき。各自の力を振るって頂ければと思います。」
私は一切の迷いなく真剣なまなざしをトマスに返しながら、そう言い切る。
「それは実に楽しみですな。」
にこりと微笑むトマスだが、目がギラギラしている。
そしてその後ろに控えるリアムとフィンはやや顔が青い。
先ほどリアムが言いかけてた師匠というのはトマスの事だろうから、指導役としての任を仰せつかっている彼は色々と考えがあるのだろう。
そんなことを考えていると。
「して、セレナ様。対象の予想される勢力について何か知見はございますでしょうかな?」
彼はこれから対峙するであろう敵勢力についての確認をしてきた。
指導役を担ううえで最重要とも言えるだろう、敵の数。
「……そればかりは何とも言えません。黒毛の個体が末期もしくは環境適応種となっていることは間違いないと想定しておりますが。あの森林に棲息している個体数の内、どれほどが負のマナを取り込み魔獣化したかは皆目見当もつきません。しかしながら、元より猛獣として高い膂力を持ち合わせている野生動物は魔獣化する可能性が高いうえに、魔獣化に適応できず死滅する同族個体や別種の魔獣化個体を食らうのが通常です。
けっして少ないという事は無いと思います。」
数が多いか少ないかはわからない。
だが、あまり楽観視はできない、そう答えた。
「同意いたします。」
トマスはゆっくり深く頷き。そしてくるりと回れ右をした。
そして、背後に控えていた騎士両名へと向き直る。
二人は先ほどから微動だにしていないが、ピシリと音が聞こえたと思えるくらいに、二人に緊張が走る。
「さて……リアム、フィン。セレナ様のお話ですと……今回の任務において魔獣との遭遇は確実となります。王国騎士として、セドリック様の剣として、村の期待を一身に背負うお二人にはとても良い経験となるでしょう。今回の任務は非常に貴重な実戦経験となります。手を抜くことなく己の意志をふるってくれることに……師として、大いに期待します。」
私たちに背を向けて騎士二人と向き合っているトマスの顔は見えない。
だけど、間違いなく良い顔をしてるんだろうな。
そう思わせるくらいにはリアムとフィンの表情が固い。
「覚悟はよろしいですね?」
トマスは最後にそう付け加えた。
「「はっ!」」
リアムとフィンは一糸乱れぬ動きで王国式敬礼を行う。
規律正しい動きとは裏腹に表情には余裕が無い。
対人訓練はできても、対魔獣訓練は貴重だからなぁ。
二人の緊張もさもありなん。
どれ、ここは一つ応援を。
「リアム様、フィン様。どうぞ安心して己の技術をお試しください。お二人の命は私が保証いたします。たとえ魔獣の剛腕で半身がちぎれ飛ぼうとも、即座に治療して見せますわ。……まぁ痛みは伴いますでしょうけども。」
私は穏やかかつ可愛らしい笑顔を意識し、そう言い放った。
二人は息をのみ、その目に驚きと恐怖が宿る。
なんて恐ろしい事を言うんだ、とでも言いたげな視線を私に向けてきた。
トマスも驚いた眼で振り返り、私をみている。
あれ?
……間違った?
「セレナ様……その発言は鼓舞や応援というより。恐怖と緊張を呼び起こす発言ですよ……。」
静かにお茶を飲みながら打ち合わせを観察していたリリスが、かなり呆れた表情で突っ込んできた。
「極寒の死地にて任に当たった者たちは死生観を変えてくるという話を聞きましたが……。どうやらセレナ様も例外でないようですな。」
トマスもまたやや呆れ顔でそう言った。
……まぁ、そうかも?
ここは甘んじて評価を受け入れよう。
「お褒めに預かり光栄にございます。まぁ確かに……極寒の死地における魔獣遭遇戦というのは魔王討伐隊の私たちにとっても一撃戦闘不能を考慮しつつの戦いというのが当たり前でしたので……今回もそのつもりでございましたの。……どうぞ皆々さま、油断無きよう。」
私は涼しい笑顔のまま、更に現実を打ち据えるべくのたまう。
「セレナ様……。」
トマスがため息をつくように肩を落としつつ私を非難する様な態度を取った。
「それでもトマス様は既にご承知でしょう?重厚な王国騎士正式鋼鉄鎧装ではなく、軽量で致命箇所を鋼鉄装甲で保護するのみの革製機動鎧装なのは、防御より回避に重きを置いてのこと。魔獣の横なぎを鈍重な鋼鉄鎧で受けても関節部から中で骨肉がひしゃげるか折れるかもげるかどれかでございます。」
トマスの非難もどこ吹く風で私は続ける。
私は今日のリアム、フィン両名が今まで着用していた白を基調とした王国騎士正式鋼鉄鎧装ではなく、一般的な冒険者が装着するような機動性を重視した防具を装着していた事を見て彼らの準備に感心していた。
トマスが入ってきた時にも黒色の革鎧なのを見てさすがと思ったのだ。
理由は先に述べた通り。
「仰る通りにございます……が、それをまざまざと知らしめるのもまた残酷な事にございますゆえ。場末の未熟な騎士にそのような発言をするのはお控え頂きますようお願い申し上げます…。」
トマスは尚も食い下がる、が。
「あら、リアム様もフィン様も未熟な騎士だなんてとんでもない。セドリック子爵領における魔獣生息域の対主戦力にして、グリーンリーフ村の守り人にございます。今後の為にも、是非そのような心構えを培って頂きたく思いますわ。」
せっかく色々頑張って救った村だからね、二人には相応の存在になってもらわないと!
そう思いつつ私は続けた。
「ですから、私もお二人の良き経験となるように全力で協力いたしますわ。それゆえの発言にございますので……どうぞご覚悟を。」
そういって、私は今日一番の笑顔で締めくくる。
「……どうやら他では期待しようもない程の厚遇の下、二人は経験を積めるようですな。」
どうやら諦めがついたようなトマス。
彼はそう言って再びリアムとフィンへと向き直る。
「そういうことだから、私も全力でサポートするから。……頑張りなさい。」
そう言ってトマスはため息をついた。
「……はい。頑張って生き残ります。」
「……セレナ様も、どうぞお手柔らかに。」
明らかに意気消沈し、真っ青な顔をした二人からは騎士らしい返事は無かった。トマスもそれを咎めるでもなく、同情する雰囲気。
ま、それでいいんだよ。
騎士道に則り誰かを守って頭を吹っ飛ばされたり心臓をぐちゃぐちゃにされて即死されるより、泥臭く生き残ってほしい。
ていうか、そうなる前に何とかするし。
そんなことを考えながらニコニコした笑顔を維持していたら、となりのリリスから凄い呆れたジト目で見られていたことに気付いた。
「セレナはたまに本当にいじわるです。」
そんなリリスの声が聞こえた気がした。
これは優しさの一種だと思うけどね。
相手を甘やかさない優しさってさじ加減むずいね
どうせなら激しい叱咤を!
と、いえる人は強い生き方知ってる人
難しいネ




