第十幕 「婚約発表」
ここから見てると心がざわつく
あそこには光があって愛がある
「私の中は闇に満ちて、愛は失われた」
夜会の会場内は少々ざわついていた。
給仕の者たちが何かの準備を開始するかのように慌ただしく動き始めている。何かを察した夜会の参加者達は、どうやらなにか始まるようだぞ、と。
ガレンとマグノリアが会場の上手にあるステージ付近にて小声で話している。
よく見れば、救国の英雄がそろって近くで立っている。
聖女セレナはちょこんと真ん中で立っていて、にこやかな表情だ。
大魔道士ソフィアは何かフラフラとしながら、めんどくさそうな顔をしている。
導き手シルヴィアは腕を組んで立ち、何が始まるのかと将軍たちを眺めている。
守り手グラムは両手を腰にやり仁王立ち。辺りをきょろきょろと見回している。
…はて?
勇者レオン殿はご一緒ではないのか?
「皆さん!夜会は楽しんでおられるか!」
突如、将軍が声をはりあげる。
ざわついていた会場がしんとなる。
「ご歓談中に大変失礼。だが、少々耳を傾けて頂きたい!」
かなりの広さのある夜会の会場。
隅々まで声が行き届くようにガレンは声を張り上げる。
「この後この会場に、ルミナス教大司教マティアス・ルミナリス殿と司教クラヴィス・モルド殿。
そしてディレクティオ国王陛下がお見えになられる!陛下はご家族とご一緒だ!!」
ざわっと会場が沸き立つ。
「聡明な皆様ならこの意味はご理解出来よう!
今夜は英雄のための宴であり、陛下も無礼講だと仰られていた!
皆そのまま楽に構えて居て頂いて構わない!」
何があるんだ、遂に来たか。とざわつく会場。
「先触れは以上、もう間もなくだ!みなよろしく頼んだ!!」
いつの間にか会場に流れていた管弦楽隊の演奏は止まっており
上座の壇上前にもう一人、老齢の執事が一人立っていた。
格好からして執事長かなにかであろう。
一切姿勢を崩さず表情を固く結んだままピクリともしない。
更に何処からか別の執事が現れると、執事長に対して耳打ちをし静かに離れた。
「ご傾聴願います!
ルミナス教大司教マティアス・ルミナリス様
従者として司教クラヴィス・モルド様。ご入場されます。」
執事長が声を発した。
既に夜会の参加者たちはそれぞれの敬意を示し。
各々が思い思いの姿勢を取っている。
気付ばいつのまにか給仕達は皆一同手を止め整列し頭を下げて敬意を表し、それぞれの入室を静かに待っている。
執事長の発言が終わると、上座の壇上に向かって左側にある大きな扉が執事たちの手によって静かに開け放たれた。
大司教と司教が静かに会場へと入室し壇上へと上がる
静かに歩みを進め壇上の中央へ差し掛かると歩みをとめ
両名は参加者の方をゆっくりと向いた。
大司教マティアス・ルミナリスが口を開いた
「祝賀会へ参加の皆様、本日は王より嬉しい報せが在ると聞き
女神ルミナスの祝福を携えてこの場を訪ねさせていただきました。」
会場にいる敬虔なルミナス教信徒たちは大司教と司教へルミナスの祈りを捧げている
「この後、陛下とご家族がご入場される。
皆、共に彼らを歓迎していただきたい。」
そう言って大司教と司教は小さく短くルミナスへの祈りの所作を行うと、壇上左手に備えられていた豪奢な椅子へ移動し腰を下ろす。
それを見届け執事長は一礼した
そして再び口を開く
「そして我らがルミナス王国の光輝たる王、エリオット・ルミナリス十三世、ヴィータス・アミスカス・ディレクティオ陛下
エリノア王妃、第一王子ヴィクトル殿下、第一王女アメリア殿下がご入室なされます。
皆様、それぞれの敬意をもって迎え入れください。」
指揮者がタクトを振ると管弦楽隊によってファンファーレが奏でられた。
その音に合わせ扉から国王一家が入室した。
国王がにこやかな表情としっかりとした足取りで壇上へ上がり
王族一家がそれに続いた
王妃は和やかな笑顔と流れるような足取りで
第一王子は嬉しそうな顔で力強く
第一王女は恥ずかしそうな顔でしずしずと
何やら四者四様で思い思いに壇上へと上がっていった。
王家一族が入室しきると扉は閉じられ、執事は扉の前にて
王家に頭を下げて敬意を示す。
国王は壇上中段で立ち止まると、大司教と司教へルミナスの祈りの所作を捧げ会場を向いて少し進んだ。
大司教と司教が座ったまま同じ用に祈りの所作を行う。
王妃はその国王の後ろを少し過ぎ、同様に祈りを捧げ国王の右後ろに王子と王女は国王の少し手前から祈りを捧げ、左後ろに控えた。
一家の動きに合わせ流れていた演奏がとまり
国王が軽く会場を見渡した後、一つ頷くと口を開いた。
「皆の物、ごきげんよう。
今夜は祝賀会に参加して頂いて感謝する。」
王としての威厳を最小限に、非常に和やかな雰囲気で王は挨拶をした。
「今日という日を迎えられたこと、またこの様にみなで交わる機会が与えられたこと女神ルミナスの導きと恵みに感謝する。」
そして神への感謝を述べた。
「さて、ご歓談のところを邪魔して済まなかったが
余がここを訪れた理由をみなに説明したい。」
前置きを述べ会場を再度みわたし王は続けた。
「正式な発表は後ほど行うが、今日という目出度い日のため
みなにはこの場を借りて先に報せたいことが在る。」
ざわ…と会場が静かに小さくざわつく。
「お察しの方もいるだろう、今日我々王家一族に新たなる血が加わる事を皆に告げたいのだ。」
ざわざわっ、と会場がどよめいた。
感嘆の声や戸惑いの声、喜色を孕んだ声が会場を揺らす。
「余と、余の妃の新たなる子として。ヴィクトルの弟として。そして、わが娘、アメリアの夫として。
皆に紹介したい男がいる!」
会場内のざわめきは更に大きくなる。
皆思い思いに隣のものと小声で話すものの、憶測と動揺が飛び交い会場は揺れる。
スッ、っと王が手をあげた。
間もなく会場は静まり返る。
王は頷き再び口を開いた。
「さぁ紹介しよう!入るが良い!!
我が国の英雄!!勇者!レオン・ヴァーレンハルトよ!!!」
王が両手を広げ自分たちが入ってきた扉を向く
執事たちが再び扉を開くと
そこには英雄の一人、勇者レオンが立っていた。
会場が拍手に湧く。
レオンはかなり緊張した面持ちで進み、壇上へ上がり王の左隣へと進んだ。そして2人は静かに抱擁を交わし会場へと向き直る。
抱擁の瞬間、会場の拍手は更に大きくなり祝福の声が上がった。
これはルミナスに古くから伝わる習わしであり、父は婿と、母は嫁と同族の一体化を表す所作の一部である。
ひとしきり拍手が鳴り響くと、自然と会場は静かになった。
「今日、私は…一人の人として、我が父の子として、一人の親として。あのバルコニーで演説を行い、そして今此処に立っている。」
その男は会場を見渡して、再度話し始めた。
「心に去来する想いはあまりにも多く、伝えたい言葉は後を絶たない…」
「だが今日のこの場は私などの為に用意された物では無い!
ルミナスの英雄と、ルミナスの未来のための物である!さぁルミナスの未来のために、未来の若者たちへの贈り物を捧げよう!」
父は婿のため、母は嫁のため、贈り物を送る風習がある。
一族に迎え入れる事を認めた証として、繁栄の礎に感謝の贈り物を捧げるのだ。
「私はアメリアの父として、私の財を捧げよう!
我が王国の直轄領である南東の一部を彼に領地として分け与える!
さらに彼には公爵位を授けよう!貴族としての学びを与え!
我が一族に相応しい者と成ることへの協力を惜しまん!
そして、近い未来、…我が娘アメリアを妻として受け入れてもらいたい。」
ルミナス教には、子は親のため、未来のために手を尽くすことを是とする教えがある。
これはその教えに従った行いによるものである。
「はい、有難うございます!あなたの一族に加わり、未来の礎となれることを誇りに思います!」
レオンは力強く応えた。
その口調は、民や家臣が王に向ける言葉ではなく。子が親に向かって話す、その様なものであった。
「感謝する…、我が子よ。」
王はレオンの両肩を両手でしっかり掴むと、ポンポンと右手でレオンを叩いた。
そして差し出されたレオンの左手を両手でしっかりと握りしめた。
会場は再び拍手で満たされた。
父と婿は契りを交わし、ここに新たなる血脈が刻まれる契約が結ばれた。
王妃も王子も笑顔で拍手を捧げている、王女は少し俯き加減で
顔を真っ赤にしながら小さく拍手をしている。
「そして大祭司マティアス殿、どうか女神ルミナスの祝福をもって
我が子らの未来への導きを示して頂けるだろうか。」
王はマティアスの方へ向き直り言った。
大司教マティアスはゆっくりと立ち上がり両手を天に掲げて言った
「我が命と我が名の誓い、我が信仰において、女神の祝福が
ルミナスの大いなる未来への導きとならんことを。」
そういってルミナスの祈りを捧げた
王はそれを見届けて、ルミナスの祈りを捧げた。
「感謝します。女神の深い愛が二人の間にあらんことを」
「オゥミナ。」
再び大司教は再び応えた。
会場からも囁くように「オゥミナ」と、同意を表す言葉が上がった。
大司教が静かに椅子に座り直すと、再度会場を見渡し言った。
「さぁ今此処にルミナスの未来と、女神の祝福はなされた!
会場に居る皆のものよ!ルミナスの意志よ!
新たなるルミナスの未来の礎を共に祝おうでは無いか!
さぁ!皆に盃を!」
王が言うと控えていた給仕達が一斉に動き出し、
グラスを持たない参加者へ手早くグラスを渡していく。
「さぁ、盃は行き渡っただろうか!
…今宵、我々にもたらされた希望と、新たなる未来に。
『ルミナスの光があらんことを!』」
『光があらんことを!』
皆一斉に盃を空け
そしてその後、より一層大きな拍手が会場へと溢れた。
王も、妃も、王子も、英雄達も、司教も、民たちも。
皆一様に笑顔で拍手をするのであった。
再び管弦楽隊により優雅な伴奏が響き渡り。
会場はさらに祝勝の気配へ飲まれていった。
「さあ!まだ終わりでは無いぞ!英雄たちよ!!
いや、我が子の友たちよ!2人の近くへ!!」
王は祭りにはしゃぐ男の様に手招きで英雄たちを呼びつけた。
大魔道士ソフィアはボトルを左手に携えて気持ちよさそうな顔でふらふらと
聖女セレナはソフィアを気遣いながらにこやかな笑顔で
導き手シルヴィアはにこやかな顔でスタスタと
守り手グラムは満面の笑みで顔を破顔させながら
婚約の祝賀は成り、父と新たな息子の前に友たちが集い言祝ぎにゆくのだ。
「おめでとうございます、レオン様!アメリア様!」
セレナがアメリアの前に飛び込み手を取って祝ぐ
「ありがとうございます、セレナ様。」
顔を真っ赤にしながら、喜色満面の笑顔で応えた。
アメリア・ルミナリス
第一王女、現王エリオットの第二子
かつて英雄たちと魔術学院にてともに学び
次代の王族として誇り高い存在であれと健気に生きる
ルミナリスの一族に見られる
透き通った肌と真っすぐの金髪を揺らし
セレナより大分濃い、きれいなブルーの瞳をしている。
「おめでとー、アリー。よーやく念願かなったじゃーん。」
アメリアと別の意味で真っ赤な顔をしたソフィアは親しげに祝ぐ
「あ、有難うございます。ソフィア姉さま!
…その、大丈夫です?」
ソフィアの顔と手に持ったワインボトルを交互に眺めて、アメリアは答える
「おめでとう、レオン、リア。それにしても、ソフィはもうちょっと礼儀っていうのをきにすべきだよね。」
後ろから声をあげるヴィクトル
ヴィクトル・ルミナリス
第一王子、現王エリオットの第一子
アメリアの兄であり第一王位継承権を持つ次代の王候補
アメリア同様英雄たちと妹と魔術学院で学びの機会を得ている
王としての教育をうけつつ、剣技を磨き
きさくで明るい王子と国民から人気者である
「うるっさい、今この場において礼儀なんて気にしたらぁーダメだぞー。」
グビリとワインをボトルでいく。
「っていうかさっきテラスで呂律回ってなかったよね…?」
「ヴィクトル様、それはわたくしがソフィア様を癒しの技で応急処置いたしましので。」
セレナがフォローを入れる。
「なるほど、流石聖女セレナ!そして酒女ソフィアはまた懲りずに飲んでんだ!」
と笑っているヴィクトル
「お二人共おめでとうございます。お二人とも顔が真っ赤ですね!」
シルヴィアが二人に対しにこやかに祝ぐ
「有難うございます、シルヴィア様!もう、どうしても治らなくて…、恥ずかしいです…。」
両手を頬に当ててもみもみしながら。応えた。
「おめでとう、二人共。」
静かにうんうんと頷きながらグラムは祝ぐ
「有難うございます、グラム様…」
アメリアはもう感極まって泣き出しそうである。
「おめでとう、アメリア。レオン様。」
後ろから柔らかく優しい声が届く
「…お母様。有難うございます…」
母の手が娘の頬へと伸び優しく撫ぜる。
青く大きな瞳から涙が溢れる。
「あらあら。この子ったら。まだ結婚式でも無いのに…。」
そういう王妃も目に涙を溜めている。
エリノア・ルミナリス・シルヴァリス
王妃。
物腰の穏やかな喋り、その容姿も相まって国民からは人気を博す。内政面において優秀な能力を発揮し、賢母として慕われている。
ルミナ大陸の北方にある小国シルヴァリスからルミナスへ嫁いできた。大陸統一戦争の時代においても中立を貫いた平和な国だったが
統一戦争・シルヴァ戦争以前よりエルフ領と交流がある国で
エルフとの和平の仲介役を担った。
その功績を認められ中央王家への参入を果たす
現在シルヴァリス国はルミナス王国の保護国である。
「というか、レオンはどうかしたのか。先程から無言では無いか。
感極まって言葉もないか。」
グラムがレオンが黙っている事に気づいて尋ねる。
「…良いのかな、俺なんかが。」
ぽつり、心の内を漏らすように
勇者は呟いた。
「ぐすっ…レオン様?」
アメリアが涙を拭いながら気遣う。
「…どうかされましたの、レオン様?」
アメリアをあやしていたセレナもレオンの雰囲気に戸惑う。
「俺なんかが、こんな恵まれてて。…違うんだ、嬉しいんだ。
だけど、…だめだ、なんかうまく言えない。」
何かを堪えているかのように、勇者は拳を握っている。
「どうした、レオン。何を戸惑っておる。」
子どもたちの振る舞いを見ていた王が、レオンの雰囲気に
思うところが有るのか声をかけた。
「…陛下。」
レオンの顔は明らかな迷いを湛えていた。
「レオン、お前と私はもはやルミナスが認めた親子だ。
陛下ではなく、父とよんではくれまいか…。」
王はすこし残念そうな顔をしている。
「申し訳ありません。…その、少し不慣れで。」
レオンは口籠る。
「…そうか、まぁ時がそれを解決するであろう。
それよりもレオン、顔を上げて民たちを見てみよ。」
王は勇者の背に左手を添えながら右手で会場を指し示す。
「この者たちをみて、何を思う。」
王は訪ねた。
「…皆、笑っております。」
「そうだ。此処には今歓びが溢れておる。
そしてこの笑顔を創ったのは、お前とお前の仲間たちだ。
お前は極限の難易度を誇る任務を見事にこなしておる。
未だ戦地に残り任をこなす者は確かにいる、だがしかし
誰をお前を責めておらん。むしろ魔王討伐成功の報せを
聞いて鼓舞されておる。」
レオンの言いたいことが判っているかのように。
王は続けざまに話をし、レオンを励まそうとしている。
「かの魔都に置いて、魔族の掃討も終了し。
現在ドワーフの協力を得て資材と人員の輸送を行い
強固な砦も建設中だ。ヴィクトルが陣頭指揮を行う事も
決まっておる。こやつなら問題あるまい。イグニス将軍とヴァルドゥス将軍も居る。何も恐れることもない。」
「今のお前の役目は、今日を楽しみ。暫く休んだ後に
貴族としての新たなる生活を始めることだ。
…なに、すぐに昔の生活が恋しくなるぞ。」
ここまで話して王は冗談めかして話をし眉をあげた。
「…そうですね、わかりました。」
レオンも頷いた。
「ご心配をお掛けしてすみません。
お気遣い有難うございます『父上』。」
王の期待に応えるべく、笑顔を作ってみせ、いつもの調子で言った。
「しかしながら、父上。俺は勉強というものが『少々苦手』です。
貴族の教育というものに今から不安で脚が震えます!
どうかご容赦を!」
不安を振り払うかのように冗談を飛ばした。
「ふ…。それで良い。
だが教育を容赦する事はせんぞ。貴族社会は誠に恐ろしいからな。
お前にとっては魔王よりも恐ろしい存在になるやもしれん。
覚悟せよ。」
そういって王はレオンの背をバンッと叩くと呵々大笑した。
英雄は自分を英雄たらしめんと英雄になるわけじゃない
己を勇者だと騙るヤツに何の意味があるのだろう
「周りが認めてくれなきゃ、自分だって認められない。」




