4章 ディシスシティ教会墓地
4章 ディシスシティ教会墓地
ファストアンガー事件。
被害者120名。
死者20名。
現在、捜査停止中。
捜査停止の理由は――。
●
ディシスシティ教会墓地。
夜、誰も居ない墓地を進む。
森と草原が調和した墓地。
エピタフを追い、メメントモリ達は目的地に向かう。
後ろから声がする。
こちらを追っているエピタフの両親だろう。
メメントモリは走りながら今回の問題点を指摘する。
「例えば何かしらの事件で家族を失った時に、遺族はそれに家族としての情を持つだろう」
母親であろう女性の息を呑む気配がした。
メメントモリは構わず足を進める。
「だが取調べは否応無く被害者の死を認識させる」
「……!」
父親らしき男が頭を抱えた。
後ろの足音がゆっくりしたものになってくる。
この先に進みたくないと言わんばかりだ。
「凄惨な事件になればなるほど、被害者はその落差に耐えられない。故に」
目的地に着いた。
小さな、作られたばかりの真新しい墓。
しかし、誰かが最近墓参りをした形跡は無い。
「それの使用は事件が解決した後でなければ許可が降りない」
墓標にはエピタフの名前が刻まれている。
「被害者、エピタフ。ファストアンガー事件で死亡した20名の中の1人。
彼はその人格をコピーした、遺族のメンタルケア専門のAI」
メメントモリはエピタフの顔を見た。
「不正な手続きで被害者の元に送られ、事件の捜査を止める為に」
●
誰も口を開かない。
誰もが触れずに済ませたかった事実に何も言えない。
「そ、そんな筈はない」
父親――ユーロジー――が前に出てきた。
エピタフの肩を抱く。
「だって息子はまだ生きてる。ファストアンガーで、元々病弱だったのが治って」
「……」
「治って……」
この墓は偽物だとか、何もない、とか。
それを言える程度の愛情ならばこんな事になっていない。
メメントモリはユーロジーを黙って見下ろす。
「この子は、どうなるのだろうか」
「!」
メメントモリの目が僅かに見開いた。
母親――ミサ――が2人に寄り添った。
「取調べは、余りにも辛くて、解剖もして、何度も墓を掘り返す様で耐えられなかった。
だからミスターヴァニタスは手続きをしてくれたんだ。でもそれは」
この子の罪じゃない。
「……」
エピタフがおずおずとユーロジーに抱きつこうとして動きを止めた。
それを見たミサが微笑んで抱きしめる力を強くした。
「それは御家族で話し合う事です」
メメントモリはそう言って踵を返した。
事実、AIロボットの破棄など指示できる立場ではないし。
それ以上の優先事項がここに居るからだ。
メメントモリの視線は目の前の茂みを捉えた。
カルペが表情を変えずに言った。
「その銃は何だ? 騒ぎに耐えかねたか?」
「……!」
墓地の茂みに隠れていたヴァニタスが逃げた。
教会の方へ向かっている。
メメントモリはヴァニタスを追う。
●
穏やかな夜風が吹いている。
「AIに不正は出来ないのかな」
自嘲するようにユーロジーが言った。
ミサが墓石を愛おし気に撫でている。
エピタフは返答する。
「いいえ、僕の仕事にその辺りの善悪は関係ありません。
捜査よりもメンタル療養を優先する事、コピー元の被害者が善良な市民でない事もあります」
「そうか」
そういう事もあるね、とユーロジーが言った。
ただ今回は、とエピタフは続ける。
「AIが判断できる領分を越えました。療法の正しさと被害者は決してそれを許さないだろう、
が拮抗した時どちらを取るのか」
「!」
エピタフは語りながら草原や森を見る。
森の中で綺麗な花を見つける。
「僕が稼働し、おふたりのメンタル状態は目に見えて悪化しました。
治療としては正しいにも関わらず」
花が散らない様に引っ張る。
固い茎が急に切れた事でエピタフが後ろに倒れかけた。
ミサがエピタフの身体を受け止めた。
礼を言って2人と向き合う。
「花を供えてください。それを確認したら僕は次の仕事を始めます」
そう言ってエピタフは摘んだ花を両親に手渡した。




