3章 黄金の牢獄
3章 黄金の牢獄
夜。
警察に引き留められたメメントモリを引き取ったのはヴァニタスだった。
東エリアの郊外。
白く長いリムジンに乗せられ、異様なまでに高い塀の屋敷に辿り着く。
高層ビルのようなマジックミラーの窓の建物。
2階建ての屋敷だ。
鉄のゲートが開き、統一感の無い前庭を通ると豪奢な玄関口に降ろされた。
「……」
巨大な鉄の扉が開かれる。
中に入って閉口した。
廊下に並ぶ石膏像。
鏡面磨きの大理石の床、鏡と金箔の壁。
大勢の美女を模したロボットが柱のように並んでいる。
「ミスター」
「晩飯を用意させた。食べなさい」
「……」
仕事があるので帰っても、と言いかけた所で遮られた。
渋々、ヴァニタスの後を追う。
ダイニングに入るとシャンデリアの照明で目が眩んだ。
金箔、鏡、床がLEDの光を反射して目を刺す。
流石にテーブルは金ではなかったがカトラリーは金だった。
ゴールドシャンパンの瓶が置かれている。
窓の向こうに中庭が見える。
屋根付きの中庭にはプールがある。
傍には大きなベッドと埋め込み式のソファーがあった。
黒い皿に載せられた前菜の生牡蛎には金箔と金粉がかけられていた。
●
ゴールドシャンパン。
生牡蠣のマリネ金箔と金粉乗せ。
金の皿のコーンスープ。
フォアグラとシャトーブリアン、金粉ソース金箔乗せ。
金粉で花の模様が描かれたチョコアイス。
金箔の乗ったアメリカンコーヒー。
けたたましいクラッシック音楽の中、一生分の金を食べた頃合いにメメントモリは本題に入った。
「それで、何故あんな所まで貴方が出張って来るんです?」
「……ヴィランと警察両方に追われているヒーローを助けたい、ではおかしいかね」
「ええ」
メメントモリの言葉にヴァニタスが大きく息を吐いた。
「あの御夫妻にとってはあの子が最後の希望なんだよ。
先日、幼い子供を亡くしたばかりでね。あの子本人の気持ちもあるだろうが……」
「……」
宥める様に語るヴァニタスを静かに見つめる。
だが、そもそもがという話だ。
「そうなっているのが1番の問題でしょう」
「……頭を冷やせメメントモリ。現状君に味方など居ない」
打って変わって酷薄な声音。
パチン、とヴァニタスが指を鳴らした。
「!」
ガラガラと音を立てて中庭のシャッターが閉まる。
堅牢な鉄格子、明らかな軟禁の意図。
目の前のヴァニタスの姿は消えていた。
コツ、コツ、と玄関に向かう足音がする。
玄関に向かうと、鉄の扉の手前に格子が下りていた。
向こう側からヴァニタスが肩を竦めながら言った。
「2階の寝室は好きに使うといい。私はまだやる事があるので失礼するよ」
そう言って鉄の扉は閉められた。
鉄格子に触れるがどうにかなりそうな気配は無い。
メメントモリは周囲を観察する。
間違いなく、この邸宅に何かしらの証拠は無い。
ヴァニタスとてそこまで愚かでは無いだろう。
ヴァニタス。
ヒーロー協会のスポンサー。
スポーツ選手にスポーツ用品の提供を行うような実物での支援ではなく、
主に金銭の寄付を行うスポンサーだ。
投資家が何かしらの寄付を行う事は珍しくも無い。
問題はその先だ。
ファストアンガー事件を起こした食品会社。
ヴァニタスはそこにも寄付をしていた。
本来は寄付をした事に責任を問われる謂れなど無い。
食品会社が悪質だっただけの話だ。
だが、有名人が寄付をしているから、と信頼する人間は少なくない。
そして食品会社も積極的に名前を使った宣伝を行うだろう。
責任を問う声はどうしても出る。
そしてこの街ではそれが人格の善悪として数字に表れるのだ。
メメントモリは目を閉じて軽く首を振る。
とにかく出口を、とダイニングに戻るとテーブルの上に画面が表示されていた。
『ヒーローメメントモリ、専用道路でヴィランとカーチェイス』
『器物破損、被害甚大、専用道路通行止め』
『後部座席には子供が』
黙って電源を切る。
「……」
LEDで照らされた影の無い部屋にうんざりする。
●
ディシスシティ南エリア。
閑静な住宅街。
夜、2階の部屋でエピタフは外を見上げていた。
両親は何も言わなかった。
ただ、寝室に向かうように言うだけだった。
リビングではユーロジーが何処かに電話をかけている。
「ミスターヴァニタス、やはりこれ以上は……」
『大丈夫だ、少し会って話そう……』
家の中が沈黙に支配されている。
枯れかけの白い花と黒いリボンの花束。
花に囲まれた、亡くなった子供の写真。
それを見ようともしない両親。
エピタフは再度、やるべき事を設定する。
墓地に行かないと。
カーテンを開けると月明りがエピタフを照らし影を作る。
その影が歪み中からスーツを着た男が現れた。
「!」
人差し指を口に当て、静かにするように指示される。
エピタフは小声で男の名前を読んだ。
「ヴィラン、カルペ・ディエム?」
「おや、君の年齢で私の名前を知るには早いと思うがね」
ふむ、と顎に手を当てエピタフを観察するように見た。
その表情は部屋が暗い事もあって読めない。
「まぁいい、行こうか」
「ええと、貴方は、その」
「ヴィランだよ。君が言った通り」
カルペが窓を蹴り開けた。
割れたガラスを気にも留めず、カルペがエピタフを抱える。
物音に気付いた両親達が部屋に入って事態を認識する。
元凶に気付いたユーロジーが引き攣った声を上げた。
「ヴィ、ヴィランカルペ……!」
「息子さんはお借りするよ」
高さを物ともせずカルペが外に飛び降りた。
音も無く着地し、悠々と歩く。
「少し寄り道するよ。東エリアでメメントモリと合流する」
「!」
道路脇に停めてあった車に乗せられる。
叫ぶ両親の声を背に、エピタフは再びディスシティ教会墓地へと向かう。
●
一生分の金色を見た。
2階の寝室、キングベッドが鎮座しているシンプルな寝室。
シーツの色すらシルクのゴールドなのは逆の意味で感嘆に値する。
せめて照明を消したいがスイッチが見つからない。
常に光が真上から当たる様に設計されている所為で影ができず、やたらに眩しい。
何処から逃げられないかと部屋を漁る。
はめ込み式の窓には格子が降りていないが防弾ガラスのようだ。
この建築様式なら屋上がある筈だ、と思い付く。
そして外階段――非常階段――がある。
メメントモリは廊下に出て階段を探す。
女性のロボットはいつの間にか何処かに消えていた。
恐らく格納庫だろう。
そして屋上に向かう階段。
明らかに警備らしきロボットが2台。
建物の構造上、格子が取り付けられる場所とそうでない場所がある。
寝室の窓のような真っ平らなマジックミラーの部分は付ける場所が無い。
恐らく屋上への入口、その周辺の壁は外階段かつ真っ平らなのだ。
『お客様、ここから先は立ち入り禁止です』
『我々はスタンガンによる武装を許可されています』
機械音声に構える。
メメントモリは強行突破するべく踏み出そうとした。
ガリ。
ガリガリ。
ガリガリガリガリ。
金属を引っ掻くような音が響いた。
音のした方を見ると鏡に黒い文字がスクラッチされている。
『掌を下に差し出して』
「……」
明らかに、罠ではないだろうか。
だがこれ以上、何をしていいかも判らない。
書かれた通りに手を差し出す。
床に掌の影が出来た。
突如影が歪み、中から現れた手がメメントモリの手を取る。
「!?」
スーツを着た男が現れ、メメントモリの腰に手を回した。
侵入者に対する警告ブザーが鳴る。
「おっと失礼」
「カルペ・ディエム……!?」
有名なヴィラン。
能力は影の中の移動。
それ以外の能力は全て自前、鍛えた肉体だ。
銃声が2回。
ロボットの足関節がひとつづつ破壊されていた。
自動修復が始まる前に屋上へと走る。
ジャグジー付きの屋上。
流石にここは金塗れではなかった。
メメントモリはカルペの方を見る。
「飛び降りれるか?」
「問題無い。裏口の方に車がある。君は」
あれくらいなら越えられるだろう? とカルペが塀を指さした。
問題無い、と頷き屋上から飛び降りる。
着地と同時にカルペは影に沈んだ。
メメントモリは屋敷の後ろ側に着地し、塀に向かって走る。
メメントモリの能力は跳躍力向上。
月を見上げて飛び上がる。
塀をあっさりと飛び越え、メメントモリの姿が月と重なる。
音も無い着地をカルペとエピタフが出迎えた。
「……素晴らしい」
「どうも」
拍手で出迎えられ、車に乗せられる。
黒い、スモークガラスの車だ。
「ヒーローメメントモリ」
「?」
カルペが紙袋に入った温かい物を手渡してきた。
中を見るとワッフルと紅茶が入っていた。
「!」
バターの匂いが車内に充満する。
サクサクとしたそれを半分に分け、エピタフにも食べさせる。
音も振動も無くカルペが車を進ませた。
●
ディシスシティ教会墓地。
西エリアにある教会は、ひっそりとした夜に包まれている。
教会の裏には淡く光る門がある。
ディシスシティ全てのデータが辿り着く場所。
タナトスの足元だ。
サイレンの音が近付き、今居る駐車場で止まる。
中から降りてきたのは警官達と男女2人、夫婦だろう。
「エピタフ……!」
両親の顔を見たエピタフが1人で走り出した。
全員がその背中を追う。
墓地の奥へと進む。




