2章 ヴィラン
2章 ヴィラン
「メメントモリ達はディシスシティ教会墓地に向かっている。
何としてもあの少年の到着を止めなければならない」
真っ黒な部屋の中に葉巻の煙草が揺れている。
何人かの男達が宙に映し出された画面を見ている。
通信相手が見えない、ボイスチェンジャーで誤魔化された秘匿回線。
この場においては、後ろめたい取引に使われる物だ。
ディシスシティ、位置情報不明。
ヴィラン協会。
ヒーロー協会とは真逆の組織。
リノリウムの床に革のソファー。
金の額縁に派手な抽象画が入れられ、壁に掛けられている。
ウォールナット材の黒いデスクの上に画面は映し出されていた。
「少年の到着の妨害と無傷での身柄の確保。これが依頼だ」
「へぇ……」
崩れ、爛れた様なピエロのメイクの男が興味を示した。
年齢不詳。
上半身と下半身の半分、蓄光インクで描かれた骸骨――肋骨や足の骨――が光っている。
「報酬は10,000ドル。当然1人頭で計算する。ただし絶対に無傷での捕獲だ。
場合によっては数値の加算も報酬になる」
部屋が騒めく。
金額以上に大きいのは数値の加算だ。
これは実質的な恩赦である。
ヒーローの妨害で数値の加算が考慮されるなど、有り得ない事態だ。
壁に寄りかかっていた1人の男が画面に背を向けた。
40代後半。
ブラックスーツにブラックシャツ、黒ネクタイ。
胸元に白い薔薇を差している。
「私は止めておくよ。不快極まる」
「何!? ……何が不満だ」
通信先が明らかな動揺を見せた。
ピエロの男が葉巻の灰を落としながら、茶化すように言った。
「あら正気? カルペ。1人10,000ドルだぞ~~?」
「いらない」
そう言ってカルペと呼ばれた男が影に溶けた。
●
ディシスシティ南エリア。
警官が多い中央エリアを避け、大きく迂回ルートを取った。
メメントモリはゲートの入口で指紋認証を行う。
緊急時に使用するヒーロー専用の道路。
これらは問題無く機能している。
今の所、特に妨害も無く目的地に向かっている。
後ろに居たパトカーがゲートで止められていたのを確認し、アクセルを踏む。
エピタフが何故、ディシスシティ教会墓地に向かいたいのか。
何故、両親に無断で行動を起こしたのか。
理由の見当が付いているだけに、警察と協力体制を取るのは最終手段にしたかった。
タナトスからの依頼。
これは誰もが貧乏籤を引く悪意が裏にある。
ドン、という音と同時に窓ガラスがビリビリと揺れた。
「!?」
背後から近付く爆音。
ロックのレクイエム。
メメントモリはバックミラーで音の正体を探る。
蛍光紫に白のスケルトンペイントのオープンカー。
その後部座席。
両手の銃を掲げて立つピエロ姿の男。
その後ろには何台かのオープンカーが追随している。
どう見てもヴィランだ。
ゲートを破壊して入って来たのだろう。
そして先陣を切っているのはヴィランの中でも超が付く有名人だ。
「トランジ・ピエロ!?」
メメントモリの声と同時に巨大な銃口がこちらを見た。
「何が」
「頭下げて口閉じろ!」
銃声と同時にハンドルを切った。
アクセルを踏みながら大きく蛇行する。
タイヤが煙を吹き、甲高い音を立てる。
銃弾によって抉れた道を進む。
銃撃音が止まると同時にブーイングが飛ぶ。
「ピエロおおおおお! テメェ俺達の10,000ドルパァにするつもりか!」
「テメェからブッ殺してやろうか!」
「今の聞いたメメントモリ!? 助けてヒーロー!」
悲痛な声でピエロがこちらに助けを求めてきた。
発砲してきた張本人でさえなければ話くらいは聞いていた。
「……仲良しなんですか?」
「全く知らない他人」
トランジ・ピエロ。
とにかく場を引っ掻き回す事が大好きな男。
能力は銃の無限生成。
だが大体の事情は分かった。
誰かが金をばら撒いてヴィラン達に依頼したのだろう。
背後で盛大にエンジンを吹かす音がした。
けたたましいスリップ音と焦げたゴムの臭いが辺りを覆う。
ピエロの車が煙を上げながらメメントモリの車の真横に追い付く。
緊急加速装置を使ったのだろう。
メメントモリは舌打ちをしながらアクセルを踏む。
「バカの改造車両……!」
「イヤッフゥ~~! 俺が1番の……」
後部座席の窓からエピタフを見たピエロが真顔になった。
「おいこりゃどういう事だよヒーロー」
それ以上を言わせないようにメメントモリはピエロを睨んだ。
ピエロが少したじろぎながらも探るように視線を交差させて来る。
そしてピエロの車の運転手の怒号。
「おいお前ら前見ろ前!」
「!」
「やっべサツだ」
前方ではパトカーが隊列を組んで道路を塞いでいた。
メメントモリはブレーキを踏みながら車体をギリギリ左端まで寄せる。
ピエロの車が減速せず先に進んだのを確認すると思い切り右にハンドルを切りUターンで方向を切り替える。
バックミラーを見ると、ピエロは無理矢理ドリフトで急停止させたようだ。
警官に銃を向けられ大人しくしている。
置いて行かれた他のヴィラン達が停止したのを確認して再度Uターン。
安全な速度まで減速した所でハザードランプを点滅させながらパトカーに近付く。
「……」
「大丈夫だ。警察官だよ」
メメントモリはエピタフを安心させる為に声をかける。
両手を上げてドアを開けると、警官が恐る恐るこちらに近付いて来た。
「……ヒーローメメントモリ。その」
「判ってる。御両親の前ではくれぐれも注意してくれ」
「はっ」
そう言ってメメントモリはエピタフを警官に引き渡した。
●
高速道路の様なヒーロー専用道路を見上げる男が居た。
カルペ・ディエム。
一連の騒動を見ていた男は高架下の影に向かう。
階段を下りるようにカルペは影の中を進んでいく。
パトカーに乗せられるエピタフを追う。
●
「本当にありがとうございます……!」
「……いやいやいやいや! こっちとしても偶然というか、ねぇ?」
ピエロは助けを求める視線を他のヴィラン達に向けた。
逸らされた。
ディシスシティ中央エリア。
警察署。
連行され、取調室に放り込まれるかと思えばこれである。
少年――エピタフ――の両親が涙ぐみながら頭を下げている。
かと思えばエピタフは不安そうに床を見ているし、肝心のメメントモリは深刻そうな顔の連中に何処かに連れて行かれた。
これでは立場が逆である。
警官が父親――ユーロジーと名乗った――に声をかけた。
「それで御両親、今後の事ですが……」
「判っています。メメントモリは誘拐などしていません。息子が望んだ事ですから」
「……」
母親――ミサ――が涙ぐみながら答えた。
その光景は行方不明になった息子の期間を喜ぶものだ。
普通なら。
「……」
家に戻るという家族を何とか見送りピエロも車に戻る。
葉巻に火を着け、思考を巡らせる。
ヴィランの1人が耳打ちをしてきた。
「……ピエロ、どうなってんだコレ」
「判らん。起きてる事は判るが何でこうなったか判らん」
目の前の光景にピエロはそう言うしかなかった。




