1章 ヒーロー
1章 ヒーロー
ヒーロー協会所属、メメントモリ氏、失踪中。
警察は行方を追っています。
関係者に話を聞いてみました。
『え? メメントモリが? まぁ大丈夫なんじゃない』
『彼なら元気にしてると思うよ』
『……そうなんだ? 大丈夫じゃない? そもそも彼、人間に興味あったんだ?』
●
「コイツらもうちょっとマシな返答出来ないのか?」
朝食を摂りながらメメントモリはテーブルの上の画面を指さす。
エピタフはどうやら両親に無断でこちらに来たようだ。
行方不明扱いとしてニュースになっている。
消息を絶ったのがメメントモリのマンション付近という事までは突き止められたらしい。
故に先程のインタビューだ。
ディシスシティ東エリア。
メメントモリのマンションの近くのカフェ、2階。
一面ガラス張りのカフェからは街が見下ろせる。
全体が白で統一され、窓から差し込む光が活けられた白い花を照らしている。
ナイフとフォークでプレーンオムレツを切る。
美しく楕円に形を整えられたそれを何も着けずに食べている。
白いテーブルクロス、白い皿にポタージュスープや果物が映える。
グラスには果物の入ったアイスティーが注がれている。
教会に向かう前の腹ごしらえ。
客はメメントモリ達以外に居らず、静かな朝食を楽しんでいる。
エピタフがパンを齧りながら苦笑いを浮かべた。
「仲悪いんですか?」
「別に? 特に会話も無い」
そう言いながらメメントモリは窓から街を見下ろす。
外の大画面はファストアンガー事件を引っ切り無しに報じている。
メメントモリは画面から視線を外し他の場所を見る。
街を歩く人々。
それに付き添うロボットや人格AI。
警察、ヴィラン、複数の追手。
朝、マンションを出てからついて来ている。
メメントモリは改めて確認する。
「御両親に内緒で来たのかな」
「……はい」
両親に内緒で ディシスシティ教会墓地まで連れて行って欲しい。
それがエピタフの希望だ。
「……まぁいい、食べたら出ようか」
今ここで聞く事でもない、とメメントモリは話を切り上げた。
エピタフが食べ終わるのを確認した後、テーブルで会計を済ませる。
店員が先導し、出口へと向かう。
入ってきた出入り口では無く、ナンバーロックが付いた裏口だ。
「お車は前に回しておきました」
「ありがとう」
鍵を受け取り、開かれた扉から外に出る。
店員の言う通り、黒い車が裏口前にあった。
後部座席のドアを開けエピタフを乗せる。
車を発進させ、駐車場を出ると同時に背後のシャッターが閉まった。
ディシスシティ教会墓地は現在地の正反対、西エリアにある。
●
大仰な全身セキュリティの入口、ガラス張りの広間。
そこには巨大な画面が設置されている。
ディシスシティ北エリア。
ヒーロー協会本部。
この街でヒーローを希望した人間が集まる組織である。
50代前半。
宝石だらけの時計が目立つ。
恰幅のいい、貫禄のある白いスーツを着た男性が足を踏み入れる。
男――ヴェニタス――はセキュリティを抜けると足早に奥へと進む。
そして人を探すように周囲を見渡した。
「おやミスターヴァニタス、数値がおかしいね」
「!」
探し人とは違う、若々しく爽やかな声がかけられる。
振り返ると青いヒーロースーツを着た青年が後ろに立っていた。
テンプス・フーギト。
20代後半、ヒーロー協会所属内で最もヴィラン捕獲率が高いヒーローである。
「はは、色々あってね。組織のスポンサーなんてなかなか身綺麗にはいかないものだ」
「協会はいつも偉大なスポンサーに感謝しているよ」
「ありがとう、フーギト」
この場所ではディシスシティを支配するAI、タナトスによる善悪の人格判定が常に行われ、開示されている。
悪意や恨みを持った人間を入れない、或いは挫折したヒーローを手助けする為の処置だ。
当然この数字は常に変動する。
指摘された数値とはそれである。
ところで、とヴァニタスは話を切り替えた。
「今朝のインタビューを見たんだが……」
「あぁ……、メメントモリの事だろう? きっと何処かで美味しい物でも食べてるよ」
「まぁ、そうかもしれないね」
「何か彼にトラブルでも?」
フーギトが不思議そうな顔でこちらを見てくる。
いや、とヴァニタスは首を振った。
「そういう訳じゃ無い。ただ彼は、なんというか」
言いかけて口籠る。
繊細過ぎる、世間知らず、無気力、悪にも甘い。
どれも状況にそぐわない発言だ。
「あぁ」
ヴァニタスが口籠った事をどう勘違いしたのかフーギトが口を開いた。
「彼は貴方みたいなタフさとは無縁だからね……。
精力的に動いている人間から見れば不安になるのも判るが」
彼もヒーロー協会所属だよ、と自信満々にフーギトが言った。
そう言われてしまってはヴァニタスも反論の余地が無い。
「それより朝食はどうだい。メニューに黒トリュフ入りのスクランブルエッグが追加されたんだ」
「それは是非とも付き合わなくてはね」
フーギトに連れられヴァニタスは食堂に向かった。
●
「やぁフーギト。今日もフライドエッグかい」
「判るかい」
「そりゃもう」
食事を終えるとヴァニタスは予定があると席を離れた。
忙しいのだろう。
フーギトは食後のコーヒーを飲みながらそれを見送る。
代わりに暇をしていたヒーローが話しかけてきた。
「今の」
「あぁ」
言葉少なく頷く。
ヴァニタスの奇妙な数字の動き。
偉大な人生を歩み、伴う言動をしてきた人間にとっては挫折にも等しい。
そして人間は判りやすい数字に捕らわれやすい。
「思い詰めなければいいんだけど」
実の所、数値が表す善悪の判断というのはかなり一面的な物だ。
本人の行動や思想が数字に表れる、それはいい。
だが極端な例え話、過剰防衛でさえも悪に変じるのだ。
刃物を持った相手に興奮状態で極端な行動をとる事が悪とは言い切れないだろう。
AIタナトスの叡智でさえも善悪は割り切れていない。
それ故に協会に所属していないヒーローやヴィランも多い。
ところで、とヒーローが話題を切り替えた。
「インタビューはあんな感じでよかったのかな。メメントモリが渋い顔をしてそうだが」
「……何か言われたら苦情は僕の所に言うように伝えてくれ」
「よし、後は任せた」
もっとマシなインタビュー出来ないのか、と小言を言いに来るメメントモリを思い浮かべながらコーヒーを飲み干した。




