姫巫女(六)
陰陽師はにたり、笑った。
「……ここで、私こそが魔王である、などと叫びながら背中から黒い翼を生やすとでも ? まさか」
それから面倒くさそうに頭をかいた。
「ええと、こちらの世界へ来てからすぐのことです。水神さまの腹のなかにいた、先代の姫巫女に願われましてね。その流れで」
「お母さまが、魔王の殲滅を……?」
「いいえ。先代はこの国のしきたりを自分の代でなくして欲しいと」
「この国のしきたりをなくすためには、魔王を倒さねばならなかったと言うことか」
「いや、違うな。むしろ魔王を倒した流れで願いを叶えられたのか」
「その流れとは、なんなんだ!」
「むしゃくしゃしたんですよ」
「は?」
「だって、魔王も姫巫女を狙っていましたから」
陰陽師はおのれで葬った魔王を今も憎きと、歯噛みした。
「あやつ、私より先に目かけていたなんて言うんですよ。魅力を語りだしたりして、悔しいでしょう」
「はあ」
「だから、目障りでつい」
「はあ。えっ、はあ?」
みなの頭の上に疑問符が浮かんだ。
ここで引くまいと、セリオスが言葉で攻める。
「魔力は。なぜ世界中から魔力が消え、貴様だけが今、もっている」
「それが、気に入られちゃって」
「は? な、なにを」
「屋敷を」
「誰が!」
「四大精霊、と言えばわかりますかな」
「貴様ぁ……、我々を馬鹿にするのも、大概にしろ!」
セリオスは怒りを沸き立たせた。
四大精霊とはこの世界を創造する源であり、森羅万象。目で見ることは叶わぬ絶対的な存在と伝えられている。
魔王の恐怖に晒され続けた四つの大陸は、何千年も昔から互いに争いを起こさぬよう、それぞれがひとりの精霊を崇め奉っている。
水の王国ブランシールは水の精霊を。
火の王国フランベは火の精霊を。
セリオスが陰陽師へ杖をさし向ける。
アレクは枯れた声でみなに言い知らせた。
「それが、屋敷に居ました」
「はあ?」 セリオスの聞き返しが強くなる。
「ウンディーネ様は、確かに陰陽師の屋敷にいらっしゃいました」
みなの理解が追いつかず、沈黙が流れる。
同じように呆けていたアレクであったが、次第に苛立ち始めた。
そもそも陰陽師の説明が雑すぎるのだ。
酒の付き合いが長いからこそ分かる。
最初はみなの反応が面白くてすすんで話していたが、いざ自分のこととなると面倒になったのだろう。
責めるように訊かれても、きっと特別なオチなどないのだ。いや、ただ単に飽きただけかもしれない。
アレクは尻を叩くつもりで罵った。
「おい、陰陽師よ。話がまとまらん男に、国の最高指揮官など務まらんぞ」
「なにぃ?」
陰陽師は餌に食いつく鯉のように、挑発にのった。
「いいか。指揮官になればそこのバルコニーから国民へ、ありがたーい言葉を降り注いだりするものだ。それがどうだ。今の調子じゃ、みながみな舟をこぐ姿が目に浮かぶわ」
「ほぉお? 元隊長どのはなぜ今さら、そんなことを仰られるのですかねぇ」
「明日には婚礼のため国を離れるからな。次期隊長どのへ、ひとつ教示をと思っただけだ」
「なにを言う。お前はもう嫁ぐ必要はないのだぞ。私の話を聞いていなかったのか」
「はて、そんな話をしていたか」
「なんだと」
「どのみち国の公約は破れん」
「愚直か」
陰陽師は王へ、鋭い視線を送った。
「約束なら私だってしている。王よ、お忘れではないな」
「は、……はい」
王がいやいやながら頷く。
その姿にアレクは眉をひそめた。
「なにを約束したというんだ」
「お前な! 私は姫巫女を嫁にもらうと言っているだろうが」
次の瞬間、アレクの胸がどくん、と跳ね上がった。
ーー陰陽師と、グロリアが?
どうにもおさまらぬ激動に戸惑う。
陰陽師は呆れながらも、嬉しそうに笑った。
「そのためならば、皆様にご納得いただけるまで、いくらでもお話しいたしましょうぞ」
その話とやらがまたあまりに単調で長くくだらない。
丑三つごろ。ついに王とセリオスは悔し涙を流しながら、白旗をあげた。
*
さて、陰陽師の話をかいつまんで語ろう。
陰陽師はこの世界に絶望していた。
この世界の米への関心のなさに。その不味さに。
毎日米を食べられないなんて、米酒が呑めないなんて堪えられない。
姫巫女に希望を抱いていなければ、魔王を倒すことなく、とうの昔に行き倒れていたことだろう。
しかし陰陽師の生きる力はみなぎっていた。稲作を始めるためならば、なんだって使役した。
ちなみに陰陽師とは、おのれの手を汚すような労を決してとらない。必ずよそから力を借りる、そんな男だ。
人の目につかないからと、選んだ深淵に稲畑を作るには、四大精霊の力を借りることとなった。
その力があれば水神を鎮められたと気づいたのは、つい昨日のことである。
陰陽師は風の精霊から世界でもっとも上質な稲を取り寄せると、火の精霊に森を焼かせ、土の精霊に耕させ、水の精霊に世話をさせた。
もちろん、みな最初は嫌がったが、どういうわけか陰陽師の命に抗えない。束になっても敵わない。
そんな強い能力者が米の魅力をあまりに力説するので、次第に稲作を愉しむようになった。
秋に米の収穫を終え、いざ実食。
ともいかなかった。
陰陽師は抱えてきた料理帖を広げると、精霊たちに米麹から酒まで作らせた。
陰陽師は飯炊きすら精霊にやらせた。
飯炊きに必要な鍋にふたつの囲炉裏、屋敷すらも精霊たちのお手製である。
精霊たちはくたくたになった。
この世界で暮らしてはじめて、腹が減ったように思えた。
陰陽師は飯が炊き上がると、ようやく腰を上げた。
精霊たちにひとつの囲炉裏を囲わせ、お酌で彼らの労をねぎらった。
自分たちの手で、いちから作り上げた飯は格別だった。
口に広がる米の熱。
腹にたまる酒の熱。
仲間と囲う鍋や囲炉裏は、世界中のどんな神秘より特別に思えた。
この日を境に四大精霊は屋敷に引きこもり、世界へ魔力を降り注ぐことを忘れた。
魔力が消えた理由。それは精霊たちの怠惰であった。
またこの日は魔王消滅の日でもある。
陰陽師は腹ごしらえを終えると、直ぐにみなを連れ魔王城へと向かった。
なんでも勇者が魔王に倒され、城に幽閉されているという。
なんだ陰陽師よ、勇者を奪還し英雄になりたいのかと精霊たちが問えば、首を横に振る。
勇者は姫巫女の恩師である。それゆえ姫巫女が勇者の身をたいへん案じている。
陰陽師は熱く語った。
勇者を取り戻し、姫巫女に感謝されたい。心の隙間を埋めてあげたい。彼女にとってかけがえのない存在になりたい。
まあ、見事におのれの欲望をさらけ出すものだ。
精霊たちはまた愉しいことになりそうだと、乗り気になった。
精霊たちの手にかかれば、魔王城の陥落など稲作より容易いこと。
しかし勇者だけは助けられなかった。
勇者はひどい拷問を受け、死より辛い苦痛を強いられていた。四肢をなくし、舌をなくした勇者は岩壁に頭をぶつけ、自ら命を絶っていた。
陰陽師は魔王に訊いた。
「なにゆえすぐに殺さず、傷めつけた」
魔王は言った。
「姫巫女の嘆き悲しむ姿を、より長くみるためだ」
姫巫女の目の前で勇者の首を斬りたかったのだが、残念だ。
報復の血をたぎらせ向かってくる彼女を我がものに出来たら、どんなに満たされるだろうか。
饒舌に語る魔王の最期は幸せそうな顔をしていた。
ーーやれ。
陰陽師のひと言で、魔王はこの世から消え失せた。
魔王の発言に反吐がでる想いをした精霊たちは、はやく屋敷へ帰ってもう一杯やりたいと、全力で命に取りかかったのだ。
魔王は死に絶えることをついぞ知らずに骨まで焼き尽くされた。
その灰が川へ流れてしまったのは、陰陽師の誤算である。
川の水に溶け込んだ魔王の悪しき力は水神を弱らせ、魔王の悪しき欲望が水神を荒ませてしまった。
しかしこの時も、ウンディーネの力を持ってすれば、直ぐにでも水神を鎮められたであろう。
陰陽師という奴は、それをしなかった。
水神さまが荒んだおかげで厄介者のセリオスが番兵隊からいなくなったからだ。これで気にせず姫巫女にちょっかいが出せる。
陰陽師のもうひとつの誤算は勇者を取り戻せず、姫巫女へ恩を着せられなかったこと。
ここは挽回したい。
さっそく、姫巫女を屋敷へ招き入れたいのだがと精霊たちに相談すると、土産がなければ嫌だという。
陰陽師は思った。
それもそうか、と。
酒には肴がいる。米だけでは味気ない。
姫巫女が土産を調えるまで二年とちょっとかかったが、その間にもてなす側も、しょう油や味噌を仕込んで愉しく待った。
念願の来訪から一年弱。
美人に三日で飽きるどころか、ふたりで呑む酒がやめられなくなり、今に至るのだった。
尚、気の毒に。
エドワルド王子にはあらゆる天災に襲われる呪がかけられている。
*
ちなみに陰陽師は城で語る際、前記のうち米のくだりだけで三万文字は費やした。
無罪放免、喜んで城を追い出された陰陽師は屋敷へ戻ると、喉を潤さんばかりに酒を煽った。奥でウンディーネが酒樽の数を気にしている。
アレクは陰陽師の差し向かいで、首を傾げた。
「おかしい」
「なにが」
陰陽師は嬉しそうに囲炉裏の火をみつめた。
「グロリアと勇者さまのふたりに面識はなかった。グロリアがそれほど嘆き悲しむだろうか」
「お前という奴は、まだ気づかんのか」
呆れ顔でアレクを見据えるが、ドレスの裾をまくり上げ胡座をかくその姿に、すぐ目をそらした。
「甚だしい」
「仕様がないだろう。お前が城で喋り尽くしたあと、なぜか無理やり着替えさせられたんだ」
身支度を終えて戻ると、王は「なぜこんないいかげんな男に」などと呟き、泣いていた。セリオスに至っては四つん這いで恐ろしげな呪文を唱えているようだった。
「王女を屋敷へ迎え入れるのだ。せめて衣裳だけでもと、王国の儀式にならったまでだ」
そう言うと、陰陽師は静かに囲炉裏の火を落とした。
暗闇の奥から「健やかなる時も、病める時もーー」と、しわがれた声がする。
「しかし、近々グロリアを嫁にするというのに、お前は呑気に私と呑んでいていいのか」
「まだ言うか」
黙らせんとばかりに、唇を重ねる。
「ーーな、なにを。待っ」
何度も、何度も。
「もう待たん。誓えよ。私と一生、こうして酒を呑むと」
「一生……、酒を?」
口から口へと、酒が伝う。美味い酒が。
「嫁になれば、土産はいらんぞ」
アレクは美味い話にのった。
「誓おう」
酔っていたのだ。
酔いが覚めたのは時すでに遅く、ドレスをはぎ取られたあとだった。




