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異世界陰陽師  作者: 紫はなな
15/21

姫巫女(一)

涙もひっこむほど、気の抜けた声が背後から聞こえた。


「隊長、ここに居たんすか」


赤毛の部下に声をかけられたのは、城の南端に位置し、釣殿つりどのと呼ばれている水上庭園であった。季節に関係なく爛漫と花々で彩られる庭園からは、賑やかな城下町が見下ろせる。

耳に貼りつく川音より雑踏のほうが落ちつく。ここが川の上だということを少し忘れられる。

アレクにとってこの釣殿は、城で随一の心の拠りどころだ。


「なんの用だ」


部下に釣殿を知られ、苛立ちを隠せない。


「慰めに来ました」

「慰め? 私をか。笑わせるな」

「ちっとも笑えませんよ。姫巫女さまと陰陽師さま、ふたりで仲良く居なくなって、だいぶ経ちますよ」

「陰陽師は、……まだ帰っていなかったか」


いや、グロリアのほうが屋敷へと招かれているのかもしれない。自分も知らない、陽の光を浴びた屋敷へと。

空高く昇る太陽はアレクの胸をチリチリと焦がした。



ーー二時間前。



こちらが土産を調えずとも、陰陽師自らの足で王座に跪いた。

アレクは陰陽師ののぼせ上りっぷりに呆れ返ったもんだ。


もっとも、姫巫女と対峙し、無反応でいられたものはこの世に居ないが。


グロリアはこの日にそなえドレスを新調し、全身で陰陽師を歓迎した。


「世界の救世主さまよ。よくぞいらっしゃいました」

「畏れながら姫巫女さま。陰陽師と、お呼びください」

「陰陽師さま」


グロリアの瞳に見つめられ、名を呼ばれた陰陽師は後ろへでんぐり返しするのではないかと思うほど、身体を前後に揺らした。

垣間見える顔はゆるんで、たいそうだらしがない。

正気を取り戻させるため、アレクは陰陽師の首に刃をあてた。


「王の御前だ。意識は保てよ」

「王の御前よ。あなたこそ、剣をしまいなさい」


グロリアの声が鋭く光る。


「陰陽師さまはあなたの後継者として、お招きしたのだから」


アレクの顔から、さっと血の気が引く。


「ご、ご冗談を。この男に番兵隊長が務まるとは思えません」

「陰陽師さまになんて失礼なことを。竜を切れなかったばかりか、また同じ過ちを繰り返そうとしたあなたに言われたくないと思うけど」

「それは」


承知の上で退位するのだが、しかし。


「そうね。隊長止まりでは失礼ね。陰陽師さまには最高指揮官として、この国の軍事をすべてお任せするわ」


変な汗が身体を伝っていく。

今日は湯浴みをしていないのにと、愚考が溢れんばかりにアレクを襲った。


退位の覚悟はできていた。

では、この息苦しさはなんだ。

陰陽師に隊長の座を奪われる屈辱か。

友の出世を素直に喜べぬほど、狭量なのか。

いや、この男は地位や名誉など求めていない。救世主が名声を欲せれば思うがまま。とっくに名乗り出ているだろう。

美味いものを食べて、美味い酒を呑めれば、それでいいのだ。

そんな男の、はずだーー。


「最高指揮官になれば、こうしてまた姫巫女さまにお会いできるのでしょうか」

「もちろん。私の前で跪くことなんてないのよ」

「ありがたき幸せ」


陰陽師はチーズを見せびらかしたときよりずっと、目を輝かせ、言った。


「この陰陽師、喜んで仕えましょう」


その情景を目の当たりにしたアレクは胸が切り裂かれるように感じた。


たとえばおのれが神だとして、天から眺めるとしよう。

ふたりのやり取りをみつめる男装の王女アレクサンドラの、なんと間抜けなことか。


「ひとつ、お願いがございます」

「あら私に叶えられることかしら」

「あなたにしか叶えられませぬ」

「仰ってみて?」


背後からふたりの会話を盗み聞きする、いやしいわき役だ。

アレクの想いを悟るように、陰陽師は願う。


「ふたりきりで、お話ししたい」


陰陽師が差し出した手のひらに、グロリアの手のひらが重なる。

陰陽師の、傷ひとつない手のひらに。



気づけば釣殿に立っていた。

どうやってそこまで来たか、よもや覚えていない。

アレクは声を押し殺し、泣いた。

その涙が屈辱ではなく、嫉妬であることを悟ると、これまたどうしようもなく、止まらなかった。





「隊長、隊長ったら」


赤毛の部下は番兵隊の外套をその場で脱ぎ捨てると、馴れ馴れしくアレクの肩に手をかけた。


「私はもう、隊長ではない」


城下町を見据えたまま、その手を振り払う。

しかし、次の言葉を聞いたアレクは振り返らずにはいられなかった。



「では、アレクサンドラ王女とお呼びしても」


赤毛の部下の声が、城下町へ降りていく。


「なんだ、って……?」


アレクは耳を疑った。

振り返った先に居たのは、いつもへらへら笑っている赤毛の部下ではなく、


「王女と、申し上げたのです」


凜とした佇まいの美男子と、胸に光る隣国フランベの国家勲章。


「アレクサンドラ王女。王がお呼びです」

「お父さまが……」

「あなたと、私を」


それから、さらなる残酷な現実がしのび寄っていた。


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