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異世界陰陽師  作者: 紫はなな
11/21

薬食い(二)

かくして馬車は目的の町を前に、その足を止めなければならなくなった。


「日が沈むな」


陰陽師が馬車から顔を出す。


「誰のいたずらのせいだとお思いで」


そのすぐ目下にある岩場でセリオスがコボシに沓を磨かせている。

アレクはというと、じっとしていられぬ性分なもので、せっかくだから町から水汲み場となる川までの道を調べようと、徒歩かちで森へ入ってしまった。


「迷わなければよいが」

「御主さまは迷いませんよ。決して」

「そうかな」


セリオスはコボシに笑みと疑念を返した。むしろ方角や地図に弱く、一本道の洞窟すら迷っていたと思うが。


「コボシの言うとおり、ご心配なさらずとも沓をみがき終えるころには戻ってまいりましょう」


陰陽師は馬車から一歩も動く気配なく、わかったような口ぶりで言った。

セリオスの顔色がくもる。


「なにがご心配なさらずとも、だ。深淵の白アリが」

「おや、なにか」

「いえ。噂には、陰陽師さまは深淵からお出にならないそうですが、隊長の望みとなれば馬車にもお乗りになる。ずいぶんとお気に入りのようですね」

「殿下こそ、アレクをたいへんお気にかけていらっしゃるようで」

「まさか」


姫巫女グロリアがいつもそうするように、嘲笑を浮かべる。


「私が気にかけているのは、隊長の悪癖だ」

「ほう」


悪癖とやらによほど興味をもったのか、陰陽師は物見から半身をのりだした。


「それはどのような」

「お待たせしました」


荒い声が重なる。

陰陽師とセリオスのあいだに肩で息をするアレクが立った。なにゆえか王子であるセリオスに背を向けている。

怪訝に思ったセリオスは風にあおられ視界を阻むその外套に尋ねた。


「なにかあったのか」

「それが、森のなかで老婆に会いました」

「老婆だと。森に住んでいるのか」

「住んでいるようでした。そろそろ宵闇に包まれるから、急げと。ただその老婆、フードを被りよく顔が見えなかったのですが、どこかで会ったことがあるようなーー」

「それよりお前、その肩はどうした」


正面からだと肩で息をしているというより、肩が主人とは別の意思で動いているようにみえる。陰陽師が尋ねたが、


「急がねば。近道をみつけましたので、私は先頭で指揮をとってまいります」


アレクは言葉でせいし、男三人を置いて行ってしまった。




しかしながらアレクの言ったことに間違いはなく、夜の帳はまもなくして下りた。火を点さず町に辿り着けたのは近道あってのことだ。

一行がやってきたのは南下して突き当たりにある鉱山の町、パッセ。

五年前はレベルで言うところの五十を超える強い魔物が蔓延っており、勇者気取りの旅人すら立ち入ることがなかった山であったが、いざ開拓してみれば宝の宝庫。ここ数年、鉱業だけで目覚ましい発展を遂げている。採掘場から見下ろす町並みもまだ新しく都会の装いを見せ、いつもより多く点された町の灯りは夜空を明るくしていた。

こたびの依頼はパッセの領主直々によるものだ。町の入り口でラッパ吹きが歓迎の調べを鳴らした。


「ようこそお越しくださいました」


ラッパ吹きは鮮やかな笑みを浮かべ、番兵隊を町一番の宿屋へと案内した。陰陽師が言う。


「ほんとうに水がないのか」


生活のかなめである水がないのに、賑やかすぎやしないか。


「私たちのために無理をさせていたら申し訳ないな」


合流したアレクが言う。

宿屋のとなりに教会が建っているが、その明るい窓のうちがわではたくさんの子どもたちがぐったりとした様子で祈りを捧げている。


「あの子たちは」

「わが町では、そのなりわいのためか孤児が多く、ああして教会に集め、育てているのです」


そう説明したのは、町の領主。

長い髭を地につけ深々と礼を述べると、一行をすばやく宿屋のなかへと案内した。


「それでは、今夜はごゆるりとおやすみになってください」

「屋根のなかで眠れるとは実にありがたい」


番兵隊が全員泊まれる宿屋などこの世界にないに等しい。更に夕食つきの待遇に隊員たちは浮かれに浮かれた。


「それでは、私はこれで。子どもたちの寝かしつけがありますので」


そう言い残し、領主は宿屋を出た。


「領主みずから子どもの世話とは。よくできた人だ」


アレクは舌を巻くが、陰陽師は首をかしげた。


「そうか? 教会のなかだけ、まるで疫病でも流行っているかのようであったぞ」

「おや、陰陽師さまにもわからないことがおありで」


 セリオスが小声で皮肉を言う。


「この世のすべてを見通しているのかと」

「私は神ではない」

「そうですよ王子。説教臭いただの酒飲みです」

「おい」


 アレクが場を茶化すが、


「噂には神のように、供物を対価に民の願いを叶えると聞いておりましたが、なるほど。ただの説教でしたか」


誠実なはずのセリオスは尚も悪態づいた。


「説教を垂れているのはアレクへだけですよ」

「なに!?」 聞き捨てならない。

「では願いは。やはり噂は噂でしかないのですか」

「重ね重ね、私は神ではないのでね。叶えられるとしたら」


陰陽師はまるで少年のように、屈託ない笑みを浮かべた。


「死者の願いだけですよ」


たじろぐセリオスの横で、アレクは眉をひそめた。

陰陽師はいやな顔ひとつみせず、かわしてみせたが、セリオスの言葉は聞きのがせぬほど、そしりまじりであった。

おのれの居ぬ間に陰陽師が無礼を働いたか。まさか沓を汚したことを許していないのだろうか。そんなに心が狭い人ではないのに。お気に入りの沓だったのかもしれないと、視線を落とした。

沓はコボシの手で綺麗に磨かれている。


「おい、首からなにか落としたぞ」


陰陽師に言われ、アレクはすぐに姿勢を正したが、間に合わず。

ぽとり。

と、微かな音をたて、黒い糸くずのようなものを肩から落とした。


「これはーー」


すんでのところで陰陽師が拾う。

この男、意外に素早い。

アレクはその手をつかむとおのれの身体で隠しながら、二階の客室へ向かう階段に足をかけた。

もちろん、セリオスは引き止める。


「食堂はこの階だと聞いているが」

「恐れ入りますが殿下、今日はもう遅いので明日のためにも、部屋で休もうかと」

「まさか、陰陽師どのと部屋をともにするとでも」

「そうか。そうであったか」


陰陽師は相部屋にのり気である。


「そ、そうですよ殿下。私たちは気心知れた仲ですし」

「しかし、アレクには私の護衛官としてついてもらわねば。今となってはこの杖もお飾り、私は弱腰の王子だからね」


碧い魔宝石の組み込まれた、白樺の杖を胸元に掲げる。その所作は王子の装備品としてではなく、呪術に長けた魔導師そのものだ。

しかし魔王が消え三年、セリオスの魔力は今、ないに等しい。


「そうとも限りませんぞ」


陰陽師はアレクの落し物を袂にしまうと、袖から手首を出し、杖にそっと触れた。

アレクはいつの間にか焦ることを忘れ、その様子をぼう、と見据えた。陰陽師の手はとても綺麗だ。悪く言えば、手の甲に苦労のひとつも刻まれていない。まるで徳利と盃を握るためだけにあるようだ。そういえば屋敷の外で陰陽師の細腕を見るのは初めてに思う。

光を帯びた魔宝石に映る指は女のようにしなやかだ。


「待て。魔宝石……、が、光っている?」

「まあ、使う機会がそう訪れないことを祈りましょうぞ」

「まさか、魔法が」

「それに護衛ならば、コボシで充分でございましょう」


陰陽師は空いた手でコボシをセリオスの隣へうながすと、アレクの腕を掴み、さっさと階段を上がってしまった。


「さあ、夜は短いぞ」


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