決戦(3)
「マズいぞ!」
スノークスが叫んだ。
「な、何がだ!?」
アランが尋ねたその瞬間、土の中から何かが現れた。湿った土の間から突き出た手の指だ。いや、正確には指の骨である。骨が勝手に動き、地中から出現したのだ
さらに、土の塊が崩れる音とともに、頭蓋骨が地中から現れた。色は変色しており虫がへばりついている。続いて胴、そして足……
その空洞の目玉がアランたちを捉え、かすかに唸るような声を漏らした。
骨と、僅かにこびりついた屍肉のみの体になった者たち……そう、生ける屍が、ゆっくりとした動きでリリスたちに向かい歩いてきたのだ。
しかも、這い出てきたのは一体ではない。次々と、地中から姿を現している。
「ここは、かつて戦場か処刑場だったようだな。大勢の死体が、あちこちに埋まっていたんだよ。バイコーンの奴、その死体をゾンビに変えやがった!」
スノークスが言っている間にも、骨と腐肉だけの死者たちが、土を押し破って次々と這い上がってきた。腐った匂いが鼻腔を突き、湿った土と肉の音が辺りに響く。
さすがのリリスも顔をしかめた。セリナの防御魔法は、あくまで魔法攻撃を防ぐためのものだ。ゾンビたちの物理攻撃までは防ぐことができない。かといって、セリナが防御魔法を解けば、今度はバイコーンの攻撃魔法が放たれる。
リリスは魔法の完成に集中せねばならず、ジェイクはエプシロンと戦っている。どちらも、ゾンビに手を回す余裕などない。
アランとスノークスだけで、あのゾンビどもを防げるのだろうか? だが、今は彼らだけが頼りだ。
その時、アランが剣を抜いた。同時に叫ぶ。
「リリス、大丈夫だ! 俺は、たとえ死んでもあんたを守る! だから、あんたはバイコーンを魔界に送り返すことに集中してくれ!」
と同時に、アランはゾンビへと切り込んでいく。普段の軽薄さが嘘のように、ゾンビたちを片っ端から切りつけているのだ。もっとも、その戦い方は見事なものではない。素人丸出しのめちゃくちゃな攻撃ではあるが、それでも確実に効果をあげていた。ゾンビは、次々と崩れ落ちていく。
そこに、スノークスも乱入していった。
「クソがぁ! アランに美味しい所をひとり占めさせねえぞ!」
この場に似合わぬ軽い口調で吠え、スノークスも突進していく。この男は、以前にも同じ状況を経験しているのだろうか。
湿った土の匂いと腐肉の臭気が鼻を突き、辺りにはゾンビのうめき声が響き渡る。アランは剣を構えながら、目の前に這い出してきた骨と肉の塊を睨みつける。だが、その表情はみるみるうちに変わっていった。
先ほどは、大声を出しテンションをあげ、その勢いで切りかかっていけた。が、いわゆる「気合い」というものは長続きしない。パッとついてパッと消えてしまうものなのだ。
平静の状態に戻り、改めて近くで見ると、ゾンビはとてつもなく恐ろしい存在だ。禍々しい力て動き出し、襲いがかる死者たち……まさに悪夢の光景である。かつては生きていた人間であった、という点もまた、恐怖心をさらに増幅させる。否応なしに、死を連想させ嫌な想像をかきたてるのだ。
しかも、今いるゾンビの数は十や二十ではない。そして、今もまだ地中から出現しようとしている。ふたりだけで、どうやって戦えというのか。
「こんなの、無理だよ……」
アランは呟いた。
今では、心臓は破裂しそうなくらい高鳴っており、足もガクガク震えてきた。逃げ出したい、という臆病風が心の中を吹き荒れている。
死にたくねえ──
パニック寸前の状態になり、アランは振り向いた。と、その視界にリリスが入る。必死の形相で、バイコーンを魔界へと送り返す魔法を完成させようと、呪文の詠唱を続けていた。
そう、彼女も怖いのだ。にもかかわらず、その恐怖と戦いながら、自分の役目を果たそうとしている。
俺の役目は何だ?
そう思った瞬間、凄まじい何かが体の奥底から湧いて出る。同時に、恐怖心が消えていった。
「ビビってんじゃねえぞクソがぁ! お前があの人を守るんだろうが!」
己に向かい叫ぶと同時に、アランは剣を握り直した。
キッと顔を上げ、ゾンビの群れへと突進していく。土が飛び散る中、剣を力任せにぶん回した。見事、とはお世辞にも言えない攻撃だ。それでも当てることはできた。
ゾンビの頭が、派手に吹っ飛んでいく。
「アラン、いいぞ! その調子だ!」
背後からスノークスの声が響く。彼も剣を振り、ゾンビの頭を一撃で吹き飛ばしながら、慣れた動きで群れを押し戻す。
「見たか! 俺だってやれるんだよ!」
叫んだアランだったが、そこで泥に足を取られた。しかし、どうにか踏ん張り、ゾンビの腕を切り落とす。だが次の瞬間、別のゾンビが彼に迫る。
その時、スノークスが突っ込んできた。
「なんだよアラン! ゾンビにモテモテじゃねえか!」
スノークスが吠えながらゾンビを蹴り飛ばす。アランはその隙をつき、剣を振り抜いた。ゾンビは胴体を真っ二つにされ、崩れ落ちる。
そう、このゾンビたちは見た目が恐ろしい。だが、皮膚も肉もほとんど付いていない。朽ち果て、ボロボロになった体だ。普通の人間よりは遥かに脆い。
だからこそ、アランのような非力な若者でも、一撃で倒せるのだ。
「さあ! かかってこいよ!」
喚きながら、アランは次々と迫るゾンビに向かって剣を振り回す。スノークスも、確実に敵を倒し続けた。
ふたりの連携はぎこちなくとも、確実に死者の群れの進行を止めていた。しかも、彼らは動きが遅く知能もない。ただ、近くにいる者を襲うだけだ。ゾンビたちの標的は、アランとスノークスだけである。後方にいるリリスとセリナには、一体も向かおうとしない。
泥に足を取られそうになりながらも、ふたりは戦い続ける。アランの勇気とスノークスの実戦経験が合わさった力により、ゾンビたちは次々と倒されていった。
しかし、ゾンビたちは倒しても倒しても、次々と地中から現れる。ここで何があったのかは不明だが、死体の数は百や二百ではなさそうだ。
その死体となった者たちの怨念が、煤け野原という異様な場所を作り出してしまったのか。
「クソッタレが! こいつら、キリがないぜ!」
愚痴のような罵声を吐きながらも、スノークスはどうにか戦い続けていた。朽ち果てた死体とはいえ、数が多いのは面倒だ。
しかも、人間が戦い続けていられる時間には限りがある。スノークスの体を、疲労が蝕んでいた。
普段なら、逃げるための体力は温存しておくはずだった。しかし今回は、その逃げるための体力すら使っている。
クソ、俺はここで死ぬのかもな……。
心の中で、そう呟く。
傭兵稼業を続けていけば、いつかは死ぬのはわかりきっている話だ。しかし、今は死にたくない。死ねば、ゾンビたちの攻撃がアランに集中する。そうなったら、あっという間に総崩れだ。
その時、声が響き渡る。
「大丈夫だ! 俺はリリスさんを信じてる! 必ず、魔法を完成させてくれる! だから、お前もリリスさんを信じろ!」
まるで、スノークスの心の声を聞いていたかのようなタイミングであった。
そうだよな。
今は、リリスが間に合う方に俺の命を賭けるっきゃねえんだ。
こんな痺れる博打は、生まれて初めてだぜ。
スノークスの顔に、自然と笑みが浮かぶ。先ほどまでは、疲労が心まで蝕んでいた。しかし、今の言葉により、もう少しやれそうだ。
「俺も信じてるぜ! さっさと片付けて、ジェイクの奢りで酒でも飲もうや!」
一方、戦況を見ていたバイコーンは、苛立たしげな様子で地面を何度も踏みつけた。
「ほう、あくまで抵抗するか。ならば、こちらもそれなりの対応をするまでだ!」
言った直後、その目が光る。
途端に、夜の闇に火の玉が浮かびあがった。それも数個だ。生きているかのように浮遊し、バイコーンの周囲をぐるぐる回り出した、




