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魔人転生〜フィオナは戦争にいった〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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グノーシスの末路

「そこで、俺は言ってやったのよ。動くなよ、刃が外れるから……ってな。直後、愛用のナイフでトドメを刺した。これが、グノーシスから受けた最初の仕事だ」


 サダムの街の中央広場で、手枷足枷を付けられたピューマが、己の仕事を得意気に語っていく。その口調は静かで落ち着いており、普段の喋り方とはまるで違う。

 そんなピューマの横には衛兵が立っており、いつでも取り押さえられるよう緊張した面持ちだ。だが聴衆は芝居や大道芸でも見ているかのような態度である…時おり笑い声や、「本当かよ」「かなりヤバいな」という声が漏れ聞こえている。




 ジェイクたちは、ピューマから近すぎず離れ過ぎず……という位置にいる。もっとも、今のピューマが暴れ出す可能性はなさそうだ。


「ピューマの奴、随分まともに喋ってるじゃねえか。どうなってるんだ?」


 言いながら、アランは不思議そうに首を傾げた。と、リリスがそれに答える。


「ひょっとしたら、あいつは観客がいると人格が変わるのかもしれないね。誰かに見られていると、普段よりも力を発揮できるタイプもいるしね」


「まあ、こっちとしちゃありがたいよ。いつもの調子で喋られたら、観客はドン引きしちまうからな」


 ジェイクの言葉に、皆はクスリと笑った。この分なら、ピューマの告発は無事に終わるだろう……と思われた時、誰もが予想していなかった事態が起こる──




 最初に気づいたのはリリスだった。表情を一変させ叫ぶ。


「みんな、気をつけな!」


「どうしたんだ?」


「この感覚……魔法だ。それも、普通の魔法じゃない。これを使えるのは、人間じゃない存在だよ」


 リリスの声は震えてきた。顔の色も青ざめている。これから起こる事象は、本当に恐ろしいものであることが窺えた。


「ひょっとして、エプシロンか? エプシロンが、ここに来るのか?」


 ジェイクが聞いた時だった。セリナの表情も一変する。


「これは魔界です! 魔界の力で、誰かがこちらに……気をつけてください! 門が開かれます!」


 セリナが叫んだ直後、場の状況は一変する──


 突然、広場の石畳に黒い穴が出現した。いや、穴というよりは、円形の夜の闇が出現したという方が近いかもしれない。巨大なものではないが、観客たちは慌てて飛び退く。

 ジェイクらが顔を強張らせた時、黒い穴から何かがせり上がってきた。法衣を着た小柄な男だ。

 その顔を見た瞬間、セリナの体がわなわなと震えだした。


「グノーシス枢機卿……」


 そう、現れたのはグノーシス枢機卿であった。ただし、その姿は変わり果てていた。

 白かったはずの法衣は泥だらけで、目を凝らさねば法衣だということすらわからない状態だ。髪はボサボサであり、黒かったはずの髪は真っ白になっている。顔は皺だらけで、頬の肉は削げ落ちている。この姿を見る限り、七十過ぎの老人としか思えないが、グノーシスはまだ四十前である。何かが、彼を一瞬にして老けさせてしまったようだ。

 

 そんなグノーシスは、ジェイクに向かいゆっくりと歩いていく。

 だが、その動きは明らかにおかしかった。普段の自信に満ちた態度は消え失せ、怯えた表情であちこちを見回している。その落ち着きのない上半身とは別に、足はしっかりと道を踏みしめ歩いている。まるで、顔と足が別個の生物になってしまったかのようだ。

 ジェイクはというと、驚きのあまり声が出なかった。どうやら、こちらに向かい歩いてくる男はグノーシスらしい。そこだけは理解できた。

 だが、それ以外が全て理解不能だ。グノーシスに、あんな魔法を使う力はあったのか? 仮にあったとして、あの変わりようはなんなのだ? あの異様な動きの理由は?

 そもそも、グノーシスがなぜここに現れた?


 やがて、グノーシスは立ち止まった。両者の距離は二メートルほどだ。やろうと思えば、瞬きする間に間合いを詰め殺すことができる。

 だが、ジェイクはそれをしなかった。する気にもなれなかった。奴がここに送られたことには、何か理由があるはずだ。


 もしや、エプシロンか?


 ジェイクが思った時だった。グノーシスがこちらを向き、口を開く。出てきた声は、人間のものとは思えない不気味な響きであった──


「ジェイク、俺が誰だかわかるな。一度だけチャンスをやろう。十日後の満月の晩、煤け野原まで来い。その時、お前の相手をしてやる。もっとも、来る来ないはお前の自由だ。命が惜しいなら、俺にはかかわるな」


 言い終えると、グノーシスはどさりと倒れ込む。怯えた目で、ジェイクを見上げた。


「な、何だ今のは? 私に何が起きたのだ?」


 その声は、先ほどのものとは違っていた。弱々しく、怯えきっていた。これが本来の……いや、今のグノーシスの声なのだろう。ジェイクは、じっと彼を見下ろした。

 この男の企てた陰謀により、フィオナが死んだ。いや、フィオナだけではない。あの戦争で、何人もの「上層部にとって邪魔な人間」が命を失ったのだろう。

 グノーシスを善人か悪人かで分けるなら、紛れもない悪人だ。にもかかわらず、ジェイクは彼を殺す気にはなれなかった。

 その時、騒がしい声が聞こえてきた──


「グノーシス! なんでてめえが来るんだよ! てめえのせいで、俺の武勇伝が台無しになっちまったじゃねえか! このクソ坊主がぁ! てめえは死ね! 今すぐ死ね! 俺に刺されて死んじまえ!」


 喚き散らしているのはピューマだ。グノーシスが転移してきたことにより、聴衆の目がそちらに向けられたことに腹を立てているらしい。

 一方、罵詈雑言を吐かれたグノーシスであったが……ピューマの顔を見た途端、表情が一変したのだ。


「ピューマ! お前生きていたのか!?」


「生きてるに決まってんだろうが! これが死んでるように見えたら、てめえは赤ん坊以下のアホンダラだぜ!」


 かつての主人に向かい、暴言を吐きまくるピューマ。

 だが、それも当然であった。ピューマは、もともと力の信奉者である。自分より強い者に従う男だ。

 ラーヴァナには、アインリヒという頭の切れるリーダーがいた。しかも、彼は剣と弓の達人で、さらに魔法が使える。さすがのピューマも逆らえない。

 さらに、カオスという「人間と怪物の中間地点」にいるような強者もいた。このふたりの存在が、ピューマの反抗心を押さえつけていたのである。グノーシスも、そのことは理解していたはずだった。

 しかし今、そのふたりは死亡しラーヴァナは崩壊している。となれば、もはやグノーシスを主人として崇める必要もないのだ。

 そしてグノーシスも、ピューマの態度により、その事実に気づいた。


「ラーヴァナが、全滅したのか……」


 呆然となっているグノーシスに、ピューマはなおも喚き散らす。


「当たり前だろうが! 今ごろ気づいたかアホンダラのクソ坊主が! てめえはな、俺と同じく縛り首だ! 地獄で会ったらな、てめえの脳天に嘘つき野郎って入れ墨を彫ってやるから覚悟しとけ!」


 嬉しそうに叫ぶピューマ。本当に楽しくてたまらない、といった様子だ。

 絶望感に打ちひしがれ、膝から崩れ落ちたグノーシスの元に駆け寄った者がいる。セリナだ。彼女は、普段とは真逆の険しい表情であった。


「グノーシス枢機卿、お久しぶりです」


 その声に、グノーシスは顔をあげた。と、表情が一変する。


「聖女セリナではないか! 助けてくれ! あの者の言っていることは、全部嘘なのだ! これは、私をハメようとしている何者かの陰謀なのだ!」


 今にもすがりつかんばかりのグノーシスを、セリナは複雑な表情で見下ろす。その瞳に、憐れみの感情が浮かんだ。

 だが、憐れみは一瞬で消え去った。


「私は、このジェイクさんと旅をして様々なことを知りました。そのひとつが、ヨアキム病の治療方法です。あなたは、ヨアキム病は前世に犯した罪の罰なのだ。それ故に治すことができない……と仰っていましたね。ところが、実に簡単なやり方で治すことができたのですよ。私は、ヨアキム病患者が完治する様をこの目で見ました」


 途端に、グノーシスの目が左右に泳ぐ。


「そ、それは……私ではないぞ。一世代前の誰かが主張していた意見だ。それが、教典に残ってしまっただけだ」


「いいえ、違います。お忘れのようですが、ライブラ教における司祭試験には、このような質問があります。ヨアキム病の根元にあるものは患者自身の業であるが、その事実は流星とともに現れた天使により伝えられた。若い頃に、この天使からの掲示を受けた敬虔な信徒は誰か? というものです。答えは、グノーシス枢機卿です。そう、私も聖女の試験を受ける際に覚えましたよ」


 淡々と語っていくセリナに、グノーシスはまたしても下を向く。ようやく仲間が現れたと思ったら、さらに手ひどい断罪をくらったのだ。


「あなたを権力の座に据え置くために、大勢の人間の血が流れました。さらに、微力ではありますが、私もあなたのしてきたことを支えています。結局、私もまた罪人なのです。ですから、今のあなたを責める資格はありません。ただ、今後の私の人生にあなたがかかわって来ないことを祈るだけです」


 トドメの言葉を言い終えると、セリナは深々と一礼した。直後、くるりと背を向け足早に去っていく。グノーシスは、慌てた様子で何か言いかけた。

 が、その動きが止まる。立ち上がりかけ片手を上げた状態で硬直しているのだ。

 直後、その口から異様な声が漏れる──


「行くぞ! 一! 二! 三!」


 その後は、どう続くはずだったのかは誰にもわからない。

 なぜなら、三を言い終えた直後、グノーシスの体が破裂したのだ。爆発系の魔法が直撃したかのように、人体が大量の肉片と化して、辺り一面に降り注ぐ。さらには、体液も雨のように降ってきた。

 聴衆は、みな悲鳴をあげて逃げていった。が、さほど気にしていない者たちもいた。


「おいおい、何とも派手なことをする奴だな。あんな死に方は、ちょっと勘弁して欲しいところだぜ」


 体に付着した肉片を拭きながら、スノークスがぼやく。と、狂気じみた笑い声が聞こえてきた。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! あのクソ坊主、ひき肉になりやがったぜ! ああ愉快愉快! さーて、地獄に行ったらタップリとイジメてやるぜ! 覚悟しとけクソ坊主!」


 この声の主は、もちろんピューマである。皆はそれを聞き苦笑したが、ジェイクの表情だけは違っていた。


「エプシロン……俺は、お前を止める」






 

 


 

 

 

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