二刀流のピューマ
「ふざけんじゃねえぞ! 誰がお前の言うことなんざ聞くか! どうしても知りたきゃ、俺と戦え! で、俺が勝ったら教えてやる! でなきゃ、教えてやんねえよ! バカアホ死ね!」
大木に縛られているピューマは、ジェイクに向かい吠えた。横で聞いているアランは、呆れた様子で口を開く。
「勝ったら教えるって、普通は逆だろ……」
エヴァを埋葬し墓標を立てた後、気絶していたピューマの手首と足首を縛り上げた。さらに、大木に縛り付ける
意識を取り戻したピューマに、ジェイクは取り引きを申し出る。
「なあ、俺と取り引きしねえか? 言うことを聞けば、街の衛兵に引き渡す。上手くいけば、縛り首にならずにすむかもしれないぜ。だがな、言うことを聞かないなら、この場で殺す」
「取り引きだあぁ! 俺に何をさせようと言うんだ! まさか、俺に惚れたのか!? 俺の体が目当てなのか!?」
こいつの思考は、常に斜め上だ……そんなことを思いつつ、ジェイクは提案する。
「お前がグノーシスの命令でやった仕事のことを聞かせて欲しいんだ」
「仕事ぉ!? 嫌だねバーカ! お前の言うことを聞くくらいならな、ウルメイワシと夫婦になる方がマシだ!」
その言葉に、ジェイクは頭を抱えた。もっとも、これは演技である。ジェイクの中では、既にピューマを落とす作戦ができあがっていた。
あとは、言葉を放つタイミングだけだ。焦らず、じっくりいく。
「こいつのイカレ具合は、想像を遥かに超えてるね。もしかしたら、人体強化の魔法もしくは投薬の副作用かもしれないよ。どっちにしろ、あたしらに協力する気はないみたいだね」
そんなことを言ったのはリリスだ。しかし、ジェイクは辛抱強く語りかける。
「なあピューマ、お前とは三回も殺り合った中だ。こうなると、他人とは思えねえよな。そのよしみで、教えてくれよ」
「はあぁ!? ジェイク、てめえはな、赤の他人よりも下のランク……すなわち敵だ! 宿敵だ! 強敵だ! 好敵手だ! 敵に情報を与えるバカがどこにいる! アホ! バカ! 間抜け!」
「ちょっと待てよ。宿敵と強敵はまだわかるが、好敵手ってなんだよ……お前、三回戦って三回とも一発でやられてるじゃねえか」
アランが呆れた表情で言った時だった。不意に、ジェイクがポンと手を叩く。
「待てよ。よくよく考えてみたら、こいつは何も知らないのかもしれないぞ。みんなも、そう思わないか?」
途端に、ピューマは怒り出した。
「何だと!? どういう意味だ! 俺は知ってるに決まってるだろうが! このドスケベ変態野郎が! タイプの違う女をふたりも侍らかしてんじゃねえぞ! どっちが本妻で、どっちが愛人だ!?」
とんでもない質問に、リリスは頭を抱えた。一方、真面目なセリナは反論する。
「そんなんじゃありません!」
そこで、ジェイクが喋り出す。
「なあ、みんなよく考えてみろ。こいつは、この五人組の中では一番弱い。ということはだ、ロクな仕事を任されてなかったんじゃないか?」
「ああ、なるほど。それは言えてるな」
ジェイクの意図を読み取ったスノークスが、真面目な顔で返していく。と、ピューマの顔が怒りで真っ赤になった。足をジタバタさせて喚き出す。
「はあ!? 一番弱いだあぁ! ふざけんじゃねえぞ! 俺は三番目に強いんだ! 嘘だと思うなら、俺と戦ってみろ! お前ら全員、張り倒して蹴飛ばして、また張り倒した後で滅多刺しの刑だ! ナイフ二百本買って、お前の顔にそれぞれ三十本ずつ突き刺してやる! そうすりゃ、死体は誰だかわからないんだよ! どうだ、俺さまの恐ろしさが少しはわかったろう!」
「つかぬことを聞くが、そうなるとナイフが五十本余るよな。その余った奴はどうするんだ?」
そっと尋ねたアランだったが、ピューマは狂ったように笑い出した。
「ヒャハハハ! お前、計算もできねえのか!? お前らは五人だ。ひとりの顔面に三十本ずつ刺していきゃ、全部で二百本だろうが! バカバカバーカ!」
「いや、それはだな……」
アランが何か言いかけたが、ジェイクが口を挟む。
「ともかくだ、こいつは何も知らん。なぜなら、この五天王の中でも最弱だからだ。聞くだけ時間の無駄だな」
「ああ、そうらしいな。こんな何も知らない雑魚はほっといて、サダムの街にでも行こうぜ。ここから半日も歩けば到着だ」
そんなことをスノークスに言われ、ピューマの怒りはついに爆発した。
「くぅっそおぉぉ! お前らはな、とんでもない勘違いをしてる! 俺がどれだけの仕事をこなしてきたか、グノーシスに聞けばわかる!」
子供のように、地団駄を踏みつつ喚いた。だが、ジェイクは苦笑する。
「無理すんなって。お前が弱いことは、みんなわかってるんだ。自分の弱さを素直に認められない奴は、人として成長できないぞ」
優しく語りかけたが、その態度はピューマの怒りの炎に火薬を放り込む結果となった。
「きいぃぃ! ちくしょうちくしょうちくしょう! 俺が弱いわけねえだろうがぁ! もう怒った! お前らに、俺がこれまでこなしてきた仕事の数々……その栄光の道のりを教えてやる! 耳の穴をおっ広げて聞きやがれ!」
罠にかかった。ジェイクは内心でほくそ笑みつつも、真面目な顔で返していく。
「ほう、そうか。それは凄い。けどな、ここには五人しかいないんだよ。お前が本当に凄い武勇伝を持っているなら、もっと大勢の人間に聞かせてやりたいと思わないか?」
「思うわけねえだろうがアホンダラ! なんでそんな面倒くせえことしなきゃなんねえんだよ!」
喚いたピューマに、セリナがすっと近づいていく。
ピューマに顔を近づけ、微笑んだ。
「ピューマさん、民はあくせく働き時間に追われ、自分の本当にしたいことも見つからない方がほとんどです。そんな方々に、あなたの血沸き肉踊る武勇伝を聞かせてあげれば、日々の疲れも飛んでいくことでしょう。私からもお願いします。是非とも皆さんに聞かせてあげてください」
すると、ピューマの態度が一変した。
「そ、そうかあ? そうかなぁ? デヘヘ」
「それに、街には吟遊詩人もいます。彼らは、あなたの武勇伝を記録し各地で歌うかもしれませんよ。そうなれば、その歌は子供の世代へと歌い継がれていきます。あなたの名前は、後世にまで残るのかもしれないのですよ」
セリナは、しれっとした顔で語っていった。対するピューマは、ウンウンと頷く。
「そうか! 俺さまの強さがあちこちで語られるのか! だったら行こう! 街に行こう! 今すぐに行こう!」
すっかり乗り気になったピューマ。一方ジェイクは、役目を終えこちらに歩いてきたセリナの耳元で囁く。
「おやおや、堅物の聖女さまに、あんな芸当ができたとはね。驚いたよ」
「私、嘘は言っていませんよ。あくまで可能性の話をしましたから」
すました顔で返すセリナに、ジェイクは苦笑する。
「君は……その、何というか、逞しくなったな」
「あなたと旅をしていれば、嫌でも逞しくなりますよ」
その後、一行はサダムの街に到着した。彼らは入っていくなり、道行く人々に大声で呼びかける。
「みんな聞いてくれ! 俺たちは、稀代の大悪党である二刀流のピューマを捕らえた! 牢に入れる前に、この男自らの口で犯した罪を語りたいと言っている! 興味のある人は、是非とも来てくれ!」
そんなことを言いながら、一行は進んでいった。すると、興味を惹かれた群衆がゾロゾロと付いてくる。思ったより多い数だ。
「この分だと、うまくいきそうだな。しかし、二刀流のピューマって何だよ?」
聞いたジェイクに、スノークスは真面目な顔で答える。
「悪党って、ああいう二つ名が好きだろ。それに、民衆の興味を惹くには、ただのピューマじゃあ弱い。だから付けてやったんだよ」
そう、二刀流のピューマなる名前を考えたのはスノークスなのである。
「本人も、えらく気に入っているようだぜ」
アランの言葉を聞き、ジェイクはそちらに視線を向けてみた。
ピューマは、手枷足枷を付けられた状態で付いて来ている。その表情は妙に明るく、早く話したくてたまらないらしい。
「やれやれ。あいつも並のアホじゃないな。喋り終わったら、よくて一生牢ぐらしだ。下手すりゃ縛り首だぜ。なのに、ああまで落ち着いていられるとはな」
呆れた表情で言ったジェイクに、リリスが答える。
「たぶん、グノーシスがピューマの死への恐怖を、魔法で取り去ったんだよ。その代わりに、あいつはイカレちゃったってわけさ。人の頭の中を、グノーシスは何のためらいもなくいじくってたんだよ。あいつのせいで、エヴァは……」




