報い
ジェイクは、息を整え周りを見回した。
セリナは、リリスと暗い表情で何やら話している。アランは、ばつの悪そうな表情で頭を掻いていた。スノークスは、疲れ果てた表情でしゃがみこんでいた。
地面には、敵方の五人が倒れている。どうにか勝利したらしい。それにしても、ピューマら五人の戦闘力は尋常ではなかった。総合的な強さなら、ジェイクらより上であったろう。
しかし、生き残ったのは弱者のほうだった──
(この先、お前は運命に導かれ過去の因縁の者と再会を果たす。それもまた必然、運命のなせる業じゃ。その再会こそが、お前の目的を果たすために必要な者たちじゃ)
デリシャスの預言の言葉を思い出す。この戦いは運もあるし、ピューマというアホが足を引っ張ったせいもある。
だが、アランやスノークスといった、一見すると頼りない連中を仲間に入れたこともまた、勝因のひとつであろう。
「そっちは全員死んだのか?」
ややあって、スノークスが聞いてきた。ジェイクは首を横に振る。
「いや、死んでいない。このピューマとかいう奴は、まだ生きてるよ」
その言葉に、アランは目を丸くした。
「あのイカレ野郎か? さっさと殺しとけよ。生かしておいても、何ひとつ良いことがないだろ?」
「俺もそう思ったんだがな、ちょいと思いついたことがある。こいつには、やってもらうことがあるんだよ」
ジェイクは答えた。
「何だよ? こんな奴に、何をやらせんだ? こいつは、子供のお使いすらできないんじゃないか?」
アランは、なおも不思議そうな顔で聞いてきた。対するジェイクは、クスリと笑う。
「こいつは、グノーシスの命令でいろいろやってきた。そいつを、みんなの前で喋ってもらうんだよ」
「だけど、こいつ相当しぶとそうだぜ。少しばかり痛めつけても、素直に吐いてくれそうもないぞ」
「確かに、こいつは殺しても死なないタイプだ。けどな、頭の方が弱い。ちょいとおだてりゃ、勝手にベラベラ喋ってくれるよ」
「何を喋らすんだ?」
聞いてきたスノークスに、ジェイクが答える。
「こいつらのやってきた悪事だよ。誰が計画を立て、誰が実行したか……その一部だけでもわかるはずだ。グノーシスの評判を落とせるだろ」
「あ、なるほど。そりゃ言えてる」
アランが、なるほどという表情で頷いた。その時、リリスが口を挟む。
「悪いけどさ、穴を掘るの手伝ってくれないかな」
「構わんが、どうする気だ?」
訝しげな表情のジェイクに、リリスは答える。
「この子だけは、墓に埋めてやりたいんだ」
言った後、リリスは何やらためらうような仕草を見せた。
少しの間を置き、ジェイクに向かい頭を下げる。
「さっきはごめんよ」
「何のことだ?」
尋ねたジェイクに、リリスは淡々とした口調で語り出す。
「あたしさ、あんたに言ったよね。あんたは甘い、誰も傷つくことのないハッピーエンドがあるんじゃないかと信じてる、ってね。エプシロンは殺すしかない、とも言ったよ」
そこで、リリスの表情が歪んだ。
「エヴァを見た時、あたしは体が動かなかった。何もできず、オロオロしていたよ。セリナの魔法がなかったら……いや、エヴァの魔法の方が早かったら、こっちは全滅していたかもしれない」
言った後、リリスの目から涙が溢れ落ちる。その涙を拭き、再び語り出す。
「あたしはね、あの時に混乱しつつも考えたんだよ。もしかして、エヴァの記憶を取り戻せるんじゃないか、ってさ。でも、一瞬の迷いが命取りの状況で、そんなこと考えるのは、戦いを知らないアホのすることだよ。甘かったのは、あたしの方だった。あんたを責める資格はない」
◆◆◆
それから数時間後──
グノーシスは、苛立たしげに礼拝堂の地下室を歩いていた。
先日、ジェイクらを確実に仕留めるため、ラーヴァナの五人を送り込んだ。そこまでは、特に問題もなかった。前回、ピューマとゲルニモがジェイクを仕留めそこねたのは、想定外の事態ではあった。だからこそ、私兵であるラーヴァナの総力を挙げてジェイクたちを潰すことにしたのだ。この選択に、間違いはないはずだ。
ところが、昨日「標的を捕捉。明日には追いつき仕留める。ジェイク以外は雑魚。よほどのアクシデントがない限り明日中には片付く」という報告が届いたのを最後に、ぱったりと連絡が途絶えている。ダークエルフのアインリヒと、魔女のエヴァは通信する魔法を使える。したがって、遠く離れていようとも、やろうと思えば連絡は取れるのだ。
ところが、半日ほど経つのに何の報告もない。
エヴァは、グノーシスの魔法と投薬により、それまで生きてきた記憶を消された。新たに、グノーシスへの絶対の忠誠を植え付け私兵に仕立てあげた魔女だ。そのため、本来の実力を発揮できない可能性はある。だが、そこらの雑魚兵士なら、十人や二十人くらいなら片付けられる。簡単に死ぬとは思えない。
アインリヒにいたっては、慎重かつ冷静なダークエルフだ。戦闘経験も豊富であり、滅多なことで感情的になったりもしない。万一、全滅の可能性が高いとなれば、即座に撤退し連絡を入れてくるはずだ。
そのアインリヒからも連絡がない。となると、ラーヴァナは全滅したというのか?
「バカな。ジェイクがいかに強くとも、あの五人と同時に戦って勝てるとは思えん。最悪、アインリヒだけは逃げ帰るはずだ」
己に言い聞かせるように呟きながら、狭い室内を歩き回り考えをまとめようとする。
その時、地下室に黒い影が出現した。一瞬のことで、グノーシスは何が起きたかわからなかった。
しかし、直後にその顔が歪む。
「はじめまして、グノーシス枢機卿」
丁寧な口調で挨拶してはいたが、その声は人間のものとは思えない。地獄の底から轟くような響きだ。
そして、体から発する魔力……これは、グノーシスでなければ感じ取れないものだろう。彼は今まで、こんな者と遭ったことはない。
「お前は誰だ!?」
グノーシスは勇ましくは叫んだが、足はガクガク震えていた。
それも当然だろう。この礼拝堂は、魔法と番兵による二重の守りを施してある。ここに入れる者など、存在するはずがない。
いるとすれば、いにしえの伝説に登場する魔人か、あるいは魔界に潜む邪神のような存在か──
「私はエプシロン、あなたに全てを奪われた者です」
そう言うと、エプシロンは深々とお辞儀をした。一方、グノーシスは動くことができなかった。蛇に睨まれた蛙のように、その場に立ちすくんでいる。
そんなグノーシスを見て、エプシロンはつまらなさそうに溜息を吐いた。
「あなたの私兵であるラーヴァナは、全員ジェイクに殺られたようですね。私が殺す予定でしたが、ジェイクに先を越されてしまいました」
どういうことだ?
グノーシスは、愕然となっていた。ラーヴァナが全滅したというのか? その情報を、なぜこいつが知っている?
そもそも、この化け物はなんだ?
混乱しているグノーシスに向かい、エプシロンは語り続ける。
「あなたを殺すのは簡単です。とはいえ、あっさり殺したのでは面白くない。あなたは大物ですし、全ての元凶のような存在でもありますからね。あなたが絵図面を描き、エドマンドやスパークやレオニスらが実行した。結果、起きなくてもいい戦争が起きて、フィオナが死んだ」
そこで、エプシロンの顔に笑みが浮かぶ。
「そこで、私はあなたに大切な用事を頼むことにしました。ジェイクに伝言を頼みたいのですよ」
直後、エプシロンの手が伸びた。グノーシスの額に触れる。
途端に、グノーシスの体が勝手に動き出した。本人の意思とは無関係に、地下室出て階段をあがっていく。
「何だこれは? 何が起こっている?」
恐怖に震える声が聞こえてきたが、エプシロンはそれを無視し床を見つめる。
「ジェイク……お前を殺す必要はないのだがな、死にたくなければ来るなよ」
その声は、先ほどの異様なものとは違っていた。人間らしさの感じられる声であった。
だが、その後に付け加える。
「しかし、お前は来てしまうのだろうな」




