18.~王女様の帰還~
「気をつけて帰るのよ? 私の可愛い妖精さん」
「はい。お母様」
頭を撫でる心地良い手に目を細める。
帰る日の朝、出発する前に時間をとってもらい、お母様と話した。
あまり長時間話すと、体に負担になってしまうだろうから少しだけだ。
お母様は私が話すどんな些細なことでも笑顔で聞いてくれる。それが嬉しくて、もっともっと話したくなって困ってしまった。
絶対また会いに来よう。
そう心の中で決意して、お母様と別れた。
***
……さぁ、帰って来ましたー!
お城に着いたという報告を受けて、ホッと一息吐いた。
適度に休憩を入れてもらってはいたが、長い間馬車に揺られていた体は凝り固まっている。
途中までは犬も一緒の馬車に乗って、超小声で報告やら雑談やらしていたのだが、何故か最後の休憩の時にメイドさんの乗る馬車に移動してしまった。その行動に首を傾げたが、「まぁ、いいか」と流した。
外のザワついた空気を感じながら準備が整うまで待つ。
少ししてから馬車の扉が開き、スッと差し出された手にエスコートされて外に出た。
あまりにも自然にエスコートされたが、微かな違和感。どこに違和感があったのかを探す前に──
「お帰りなさい、王女様」
どこか愉しそうな声が聞こえた。
ビキッと固まり、ギギギと音がしそうな様子で振り返る。するとそこには、イイ笑顔の宰相がいた。
……さ、さ、さ、宰相ーー!? なんでここにいるの!!?
予想外の出来事に思わず内心で叫ぶ。顔には出ていない、はず。でも宰相の笑顔が深まった気がするので、ちょっとは出たのかもしれない。
びっくりしている心臓をなだめつつ、ひきつりそうな顔でなんとか微笑んだ。
「えぇ、ただいま帰りました」
何で宰相がここにいるのかわからない。だけど、周りにはたくさん人がいるので、急いで王女の仮面をかぶり直した。
……油断していたから、滅茶苦茶びっくりしたんだけど!
まだ心臓がドキドキしている。
迷惑過ぎることに、このウサギさんは人が嫌がることが大好きだ。
「王女様? どうしました?」
「……いいえ、別に」
その愉しそうな声を聞くと、なんか耳を引っ張ってやりたくなる。
いつか絶対にやってやる、と新たに決意をした。
しかし忙しいはずの宰相がここにいるということは、私に用があるか、何かがあったのだろう。気持ちを落ち着けて宰相を見上げた。
「それより、宰相こそどうなさったの? 私に用事でも?」
「いやですね王女様。王女様のお出迎えに決まっているではありませんか」
にこやかな宰相に、今度こそ顔がひきつった気がした。
なんなの。私の反応を愉しみたいわけ? このウサギさん。
頭が痛くなってきた。ただでさえ馬車に揺られて疲れているのに宰相の相手までしていられない。付き合っていられないので、さくっと会話を切り上げることにした。
「ではもう用事は終わりましたね。よかったです。それでは、お父様に帰還の報告をしなければならないので、もう行きます」
笑顔のまま一気に言い、何か言われる前に立ち去った。
後ろから「つれないですねぇ」とか聞こえた気がするが、気のせい気のせい。
一旦自室に戻って着替える。その間にお父様の予定を侍女に訊いてきてもらったら、少しだけ時間を空けてくれた。なので、帰還の報告をした後でお母様のお手紙と私のお土産をササッと渡した。
いつもは穏やかに笑っているお父様の顔がデレデレになった。
……今度はゆっくり話しましょうね、お父様!
***
エミリアにもお土産を渡したかったので、お手紙で連絡をしたら、二日後に会えることになった。
久しぶりに会ったエミリアは……相変わらず小さかった。
実際の年齢より幾つか小さく見える。可愛い。
「ご機嫌よう、王女様。……なんですの、その目は」
エミリアは微笑みを浮かべているが目が笑っていない。
どうやら私の目線から何かを読み取ってしまったようだ。後半は小声で突っ込まれた。鋭い!
私は、瞬きをしてからニコリと笑った。
「あら? 久しぶりに会えて嬉しいな、という気持ちが溢れてしまったのね」
「そう……ですの?」
「えぇ、もちろん。会いたかったわエミリア」
ちょっと疑わしそうな表情だったのが、私の言葉ではにかんだ笑顔に変わった。うん、可愛い。
思わず頭を撫でたくなったが、さすがにそれは我慢した。
お茶の準備をしてもらってから、いつも通り人払いをした。
人がいなくなると、エミリアも肩の力が抜けたようだ。笑顔がやわらかくなった。
「それで、ガルブ王国はいかがでしたの?」
「なんか色々凄かった」
「なんですの? その頭のわ……コホン。失礼いたしました。どう凄かったのかお聞きしたいですわ」
……今、絶対頭の悪い感想って言いそうになったよね?
ジトッと見つめると、エミリアは口に手を当ててそっと目を反らした。一生懸命私と目を合わさないようにしているのが可愛いので許す。
「そうねぇ……まず、お妃様が全員方向性の違う美人でびっくりしたわ」
「まずソコですの!?」
「一番印象に残ってて……」
驚いて目を見開くエミリアに、今度は私が気まずくなって目を反らす。そんな私の様子をエミリアは従兄殿とそっくりな眼差しで見ていた。解せぬ。
いや本当にみんな美人だったんだから、と三人の美女について熱弁をふるったら、エミリアの眼差しはどんどん生暖かくなっていった。何故だ。解せぬ。
このままではいかん、と話の内容を修正することにした。
「それでね、あの国は王族が多くていいなぁって思ったわ」
「確かにこちらは王族が少ないですわね」
エミリアは複雑な表情で頬に手を当てた。実はうちの王族は死亡率が高いのだ。昔はむしろ子沢山で王族が多かったそうだが、王位争いや仲違いなどで数が減り、今では数える程しかいない。周辺の他の国と比べても人数が少ないが、生き残っている王族は優秀な方が多いので国の運営は問題ない。そこだけは安心できる。
「まぁ多ければ多いで問題が起きそうだけどね」
……ガルブ王国の第五王子とかね。
兄弟が多くても問題が出る。本当は、みんなが仲良く暮らせるのが一番いいと思うんだけどね。
でも、兄弟の人数に関係なく、世の中そう上手くはいかない。
……私も今生の妹と滅多に顔を合わせないしね。
たまに同じお茶会に出席しても、王妃様に警戒されているので近づけない。噂では、以前よりさらに甘やかされて大分ワガママに育っていっているようだ。
前世では弟しかいなかったし、折角の妹なんだから一緒に色々やってみたいのだが……王妃様のガードが堅くて気軽に会うことができない。残念だ。
なんだか段々暗い気分になってきてしまった。
「王女様……。あの、わたくし最近刺繍を始めましたの!」
「え?」
落ち込んでいた私は、突然の話題の変化に目をぱちくりとさせた。どうやらエミリアは私の表情を見て話題を変えてくれたみたいだ。
気を遣わせてしまったようだ。申し訳ない。
大人しく次の言葉を待っていると、エミリアはアセりながら続きを話す。
「そ、それでですね、今度薔薇の刺繍をしますから、もしよかったら、上手に仕上がったものを王女様に差し上げたいと思うのですが、いかがですか!?」
最後の方は頬を赤く染めて早口に言いきった。
エミリアが私の好きな薔薇の花を刺繍してプレゼントしてくれると言う。落ち込んでいた私を一生懸命元気づけようとしてくれたのが伝わった。
ふつふつと、心の底から沸き上がる感情を抑えることができなかった。
「ふふふ。ありがとうエミリア。楽しみにしているね」
「……なんですの、その顔」
「なにか変かしら?」
頬に手を当てて首を傾げる。
照れているエミリアが可愛いので、お土産にたくさん焼き菓子を持たせてあげることにした。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
すみません、あとで最後の方を書き直すかもしれません。




