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友達の友達  作者: 長篠金泥
第4章

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34/36

34 お前とお前は帰ってよし

「じゃあ、選ばれた二人は――」


 最後の宣告の最中に生じた数瞬のタメ。

 それを永遠のように感じながら、晃は霜山の口元を凝視ぎょうしする。


「――もう、帰っていいよ」


 言われた意味が飲み込めず、晃はただポェーと口を開ける。

 優希を見ると、デカめのイカを丸ごと飲み込んで咽喉のどに詰まらせたような、呼吸困難寸前な表情で固まっていた。

 このタイミングで告げられる「帰っていい」は、一体どういう意味なのか。

 誰も何も言わない時間が一分近く続いた後、霜山がほほを掻きながら言う。 


「あれ、伝わってないのかな? だから、帰っていいって」

「ぅあのっ!? そそそそそれは……どういうっ!?」


 動揺で音量調節が故障気味なのか、無駄に大声で訊く優希。

 そんな彼女に、霜山は小さく手を振りながら答える。


「どうもこうも、もういいんだって。キミとアキラ君は、ここから出て帰っていいよ。これでバイバイだ」

「ババイババイババ、バイバイキーンだ」


 霜山に続いて、クロが無意味で下らないことを元気一杯に告げる。

 普通に考えれば、これは罠とかイヤガラセとか、そういうのだろう。

 希望を持たせてから「嘘だよバーカ!」って流れで絶望を深める、みたいな。

 いい加減に感覚が麻痺まひしてきて、晃としても「あーハイハイそうですかー」的な、ばちな気分にしかならない。


 騙されるのは、これで何度目だ。

 期待を裏切られるのは何回目だ。


 今度もまたそうだろうと思いつつ、晃はかすかな希望を抱くのを止められない。

 似たようなパターンを何度もやってるし、流石にしつこいのではないか、と。

 もしかしたら、という感情を表に出さないようにボンヤリたたずんでいると、いつの間にか近付いてきたリョウが、晃のポケットに手を突っ込んでくる。


「うぉ――なっ、何だ?」

「念のため、コイツは没収だ」


 スマホとサイフが奪われ、コンビニで買ったミニライトだけが投げ返された。

 リョウは優希のところへ向かって、同じような持ち物検査を繰り返す。

 これはもしかして、もしかすると――本当に逃がしてくれるのか。

 そう期待させてから、目の前でスマホを壊して終わり、かもしれないが。

 不信感に苛まれつつ、次は何をしてくるのかと晃は身構える。

 するとリョウは、慶太の指を切断したあのナイフを再び持ち出した。


「ぁぐっ――」


 惨劇を予感し、反射的にうめき声を上げる晃。


「落ち着け、そうビビんなって」


 下手糞なウインクをすると、リョウは手にしたナイフをおどらせる。

 そして素早い動きで、優希を縛っていたタイラップを切り離した。

 腕ごと斬る、みたいなデタラメぶりを見せることなく、ごく普通に。

 久々に両手の自由を回復し優希は、赤くなった手首をさすっている優希。

 不審げに眉根まゆねを寄せ、霜山とリョウとクロを順繰りに見ていく。


「んじゃ、お疲れ!」

「バッハハァーイ!」


 小刻みに震えながら、おびえた様子でキョトキョトしている優希。

 そんな彼女に、リョウとクロはふざけた態度で別れを告げる。

 帰る? 帰れる? 本当に? 何で急に、そんなことに?

 意味不明としか言いようのない展開に、晃も思考停止に近い状態だ。

 やはり急展開についていけないのか、慶太と玲次と佳織もポカンとしていた。


「えっ、あの……えっ?」


 どういうこと? と訊きたげに、優希が晃の方をうかがう。

 しかし晃も混乱中で、黙ってかぶりを振ることしかできない。


「おぅふぁ!?」


 不意に首が締まって、晃は情けない声を発した。

 背後から襟首えりくびを掴まれ、荒っぽく引っ張られている感覚。

 ミリミリッ、と布地が裂ける音がする。


「はいはーい、お帰りはコチラでーす」

「ちょっ、そんっ、待っ――」

 

 抗議の声はシカトされ、ドアの方へと体が引きずられる。

 晃と同様に優希も追い立てられ、二人は今まで監禁されていた部屋の外に、文字通り放り出された。


「まうっ!」


 つんいで唖然あぜんとする晃の尻に、強めの蹴りが入った。

 予期せぬ一撃に、顔から床に突っ込んでしまう。

 あごを強打して悶絶もんぜつする晃の頭上から、リョウの声が降ってくる。


「ホラ、グズグズしねぇで帰った帰った。霜山さんの話、聞いてただろ」

「ひゃいっ、きゃ――か、かえりまふっ!」


 呂律ろれつの怪しくなっている優希が、晃に代わって答える。

 晃は鉄の味を感じながら体を起こし、右の掌で顔をぬぐう。

 指先が赤色に染まる――唇か口の中が切れているようだ。

 

「あの扉の先に行け。そしたら全部を忘れろ。次に会ったら……わかるな」

 

 感情の見えないリョウの言葉に、晃と優希は何度も何度も頷いた。

 それから小走りに廊下を進み、指示に従い重い金属製の扉を抜ける。

 よろめき出た先は、まるでどこだかわからない薄暗い場所。

 病院の中なのだろうが、位置も階数も見当がつかない。

 そして背後から、鉄の扉が乱暴に閉められる派手な音が響く。


「ふぅっ――はぁあああぁ……」


 二人の発した溜息が重なって、暗がりに溶けていく。

 それからはもう、乱れた呼吸音と喧しい心拍音だけしか聞こえない。

 数分で落ち着いてきたので、暗さに慣れてきた晃は優希の様子を確認。

 まだ恐怖と興奮が収まってないのか、両手を交差させ震える肩を抱いている。

 そして喘息ぜんそくめいたにごった音が、変な強弱をつけて漏れていた。


 待つしかなさそうだ、と判断して優希を見つめる晃。

 しばらくして、やっと我に返った様子の優希が、視線を察したらしく晃を見返す。

 互いに互いの死を望んでしまった、気まずいにも限度がある関係性。

 それは修復のしようもないが、とりあえず棚上げしておくしかない。

 ここから何をどうするにしても、協力は不可欠だろう。

 そんなことを考えながら見つめ合っていると、優希が深々と息を吐く。


「ふぅうううううううぅ……」


 うつむいていた優希が顔を上げると、そこには名状し難い複雑な感情が宿っている――ように見えた。

 晃と同様に、さっきまでのアレコレを消化しきれていないのだろう。

 とりあえず謝るべきかな、と晃が迷っていると優希が問いを発する。


「で……どうすんの?」

「どうするって……何を」

「何って……これから」


 なめらかさのまるでない、途切れ途切れのぎこちない会話。

 しかし、優希からの質問は根本的だし、重要だった。

 連中の気まぐれか、イヤガラセの一環か、理由はよくわからない。

 だけど、晃と優希は自由の身になっている。

 それで、これからどうするのか。


 いくつものシミュレートが、晃の頭に浮かんでくる。

 現実的な選択肢ならば「逃げて助けを呼ぶ」しかないだろう。

 問題は、電波の届く場所や公衆電話に辿り着くまでの時間だ。

 もし警官の到着までに三時間か四時間がかかるなら、事態は絶望的。

 その頃には、残された三人は死体になっているに違いない。


 ならば、こちらから反撃して、三人の身柄を確保するか。

 だが、救出が成功するまでの筋道は全く浮かんでこない。

 慶太も玲次も軽々と蹴散らした連中――特にリョウに勝てる方法は、晃にはまるで思い付かない。

 まとまらない思考に翻弄ほんろうされていると、優希がポツリと呟く。


「とりあえず、あいつらから離れたい」

「……そう、ですね」


 優希からの提案に、晃も同意してミニライトを点灯。

 頼りない明かりに照らされた足元は、中々に雑然としている。

 ここから離れるのは、何だか間違っている気がしてならない――

 そんな感覚を振り捨て、晃は無言で、足早に、どこへともなく進んでいく。

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