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友達の友達  作者: 長篠金泥
第4章

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31 遺暴言

 死を宣告した相手を直視するのは、もう本当につらい。

 だからこそ、最大限の誠意と敬意は見せておかなければ。

 そう考えた晃は、優希を見据みすえながら名前を呼んだ。

 直後、彼女は表情を大きくゆがませ、両目からは涙があふれる。

 少しの間を置いてから、気の抜けたような奇声が漏れた。


「ひっ、ひぅうううううっ……へぁあぁ、んぁあああああぁ……」


 悲鳴と溜息の混合物を発して、優希の整った顔が別物と化していく。

 そんな絶望を与えたのが自分である、という事実が晃を押し潰す。

 想像を遥かに超える罪の意識の重量に、たまらず目をらしてしまう。

 逸らした先にあったのは、晃に向けられている慶太の視線だった。

 れてふくれた形相ぎょうそうからは、曖昧あいまいな表情しか読み取れない。

 だが、優希を選んだのを責められている、との予想はつく。


「アキラッ……おまっ……どう、して」


 どうして自分を指名しなかったのか、と慶太は問いたいのだろう。

 理由を説明しても、慶太と優希に追加のダメージが入るだけ。

 そう判断した晃は、何も言わずにうつむいて強く長く息を吐いた。

 玲次と佳織がどんな顔をしているのかは、確かめたくもない。

 両手を膝について下を向いたまま、晃がしばらく固まっていると、リョウがほがらかに声を上げる。


「あぁ、はいはい。そうか、そう来たかぁ……つまり君はユキちゃんを殺したい、この子が豚みたいにわめきながらなぶり殺される姿が見たい、ってことだね」

「ち、違っ――」

「えぇっ、違うのかい? じゃあ、別の奴を指名するのかい?」


 やけにイキイキとした感じでマスオさんっぽく訊かれ、晃は否定の意味で素早くかぶりを振る。

 弱者をいたぶる喜びにきらめいたリョウの表情は、控えめに言って全力で殴りたいイヤらしさに満ち満ちていた。


「そんなイジメんなって。このアキラさんはな、自分が助かりたいからって、女の子を平然と生贄いけにえにできる超ぶっとい神経を持ってるんだぜ? もっとリスペクトしねえとバチ当たんよ。マージで鬼パネェ! 腐れ外道すぎて直視できねぇ!」

「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! これがリアル『ぐうの音も出ない畜生ちくしょう』略してぐう畜かぁ。記念にサインとかコサインとか、もらっといた方がいいのか?」


 自分らの同類にまで身を堕とした晃を、思うさま嘲笑あざわらう二人。

 反論の余地はいくらでもあるが、今は何を言っても燃料を提供するだけ。

 それに、優希の命を差し出したのは事実なので、言い訳のしようがない。

 屈辱にまみれながら、晃は奥歯を砕けそうなほど食い縛り、両手を真っ白になるほど握り締め、晒し者状態が終わるのを待つが、クロは更に煽ってくる。


「おっ、おーおーおー! めっちゃプルプルしてるねぇ。悲しみに震えてます感、滲ませちゃってるねぇ。ホントは助けてあげたいんだけど、臆病でヘタレで何もできない無力なボクちゃんを許してね、っていうポーズなのかにゃー?」

「そこら辺のセンシティブな心理状態をバラすの、やめてさしあげろ。で、どうするよ? 今だったらまだ、チェンジも受け付けてるんだけど」


 リョウに話を戻され、晃は氷水をぶっかけられた気分になった。

 やっとの思いで結論を口にしたのに、もう一度アレをやれというのか。

 どう名付けていいのかわからない、混濁こんだくした感情が湧き上がる。

 リョウをにらんでみても、感情の乗ってない微笑に跳ね返されるだけだ。

 

「おい、晃……」

「……アキラくん」


 玲次と佳織から、複雑なニュアンスを含んだ呼びかけが届く。

 反射的に「うるせぇ!」とか「どうしろってんだ!」と怒鳴りたくなる。

 しかし晃は、音声化してしまう寸前に飲み下し、ギリギリ耐えた。

 軽蔑というか、ドン引きというか、そういう負の感情で刺されている。

 自分だってそっちの立場なら、似たような態度をとったかも知れない。


 だけど本当に、今この状況でどうしろというのか。

 優希の代わりに、俺が死んだらそれでいいのか。

 それとも、お前らのことを指名しても構わないのか。

 何か名案があるなら言ってくれ、教えてくれ、頼むから――ついつい口走りそうになる晃だが、それも強引に抑え込んだ。


「アキラ……俺だ。俺にしろ……元はと言やぁ、全部俺が……」


 抑揚よくように欠ける口調でもって、慶太が言い募る。

 血を吐くような決意だったが、晃はうなずけない。


「しょうがない……もう、しょうがないんだって、ケイちゃん」


 涙声になりかけたつぶやきで、変更の意思がないと表明する晃。

 その半秒後、チューニングの狂った奇声が鳴り響いた。


「ふぁああああああああああああああああああああああっ!」


 発生源は――優希。

 小さな体から、獣じみた荒々しい咆哮ほうこうを放っている。

 か細く泣いているのが幻だったように、血走った目を晃に向けながら。

 その顔は凄絶せいぜつな泣き笑いで、タガが外れてしまったのを一瞬で理解させてきた。

 友人の狂乱に困惑した様子で、佳織が声をかける。


「ゆ、ユキ……ちょっと、落ち着いて」 

「はぁああああああああああああっ!? 落ち着いてられるかってんダァアアアアアアアアアアアアアアァホォ! 落ち着けぇ? ああ!? 何だよっ! 何が落ち着けだっ!? ふっ、ふざっ、ふざけてんじゃああああないよっ! 馬鹿なのか!? 馬鹿だろっ! クソがぁああああああああっ!」


 佳織に向かって、優希が感情を爆発させた罵声を叩きつけた。

 だいぶ賢さというか、ボキャブラリーが足りない感じになっている。

 この「らしくなさ」はたぶん、完全に頭に血が上っているからだ。

 晃がそんな分析をしていると、優希がつばを飛ばし放題に吼える。


「一番ふざけてんのはオマエだっ! オマエだろうが、おい晃っ! 何が『しょうがない』だ! あぁ!? 何が『しょうがない』んだよっ! 言えよ! 言ってみろよクソガキがっ! 殺されるのは私だぞ? 何がしょうがないんだか、言ってみろってんだよゥオラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! 聞いてんのかよ晃ァ!? ざっけんなボケがよぉおおおおおおおっ!」


 これまでに経験したことのない、生々しい悪意と憤怒ふんど

 それを真正面からぶつけられ、晃は何も言い返せない。

 いや、たとえ冷静に疑問を呈されたとしても、結果は同じだろう。

 自分が生贄に選んだ犠牲者に、一体何を言えばいいのか。

 だから晃は、優希が無限に繰り出す罵詈雑言ばりぞうごんを、黙って受け止めるしかなかった。

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