30 多少の犠牲はやむを得ない
晃は背後を振り返り、一列に並べられた仲間を順に眺めた。
自分を庇って殺人者となった慶太は、懇願を無視され気力を使い果たしたのか、目が虚ろになっている。
親友であり慶太の弟である玲次は、兄に小声で何かを話しかけながら心配そうに様子を窺う。
慶太の恋人の佳織は、眼前で展開された惨劇を受け止め切れないのか、ゆっくり左右に首を振り続けるばかり。
その佳織の友人で、一時期はいい雰囲気になりかけていた気がする優希は、もう長いこと放心状態のままだ。
四人とも一杯一杯で、晃の状況を気にする余裕もないらしい。
「まぁ、アレだ。そんなに深く考えずによぉ、死んでもいいヤツを選べって。こん中で一番いらないヤツを」
「誰も殺したくない聖人ゴッコをしたけりゃ、自分を選んでもいいぜ」
「うっ、ぁうぅ……」
クロとリョウの言葉に、晃の思考は乱れ放題に乱れる。
一体、どうすればいい――どうするのが正解なんだ。
落ち着きたいのに、落ち着くための深呼吸が上手く出来ない。
気管が何箇所かで詰まっているような、そんな感覚がある。
酸欠気味になってしまい、普通の呼吸すら難しくなってきた。
動悸はずっとオカシくて、苦酸っぱいゲップが止まらない。
握った手の指先は、季節感を見失う冷え方をしている。
逃げ出したいけれど、心理的にも物理的にも逃げ場はなかった。
改めて四人を順繰りに見据えるが、誰とも目が合わない。
この中から一人、死ぬべき人間を選ぶ。
極限状態を扱った物語なら、ワリと頻繁に見かけるシーン。
だけど、これは現実――ヒドい話だなぁ、では終わらない。
エスカレートした悪ふざけの終着点は、ここまで現実味がないのか。
自分が誰かを選んだら、その相手は確実に死んでしまう。
「悩む必要なんざねぇだろぉ? こう、パッと思い浮かんだいらねぇヤツ、そいつをドギャーンと指差しゃいんだよ」
「そうそう。人間はいずれ死ぬんだから、それが十分後だろうと八十年後だろうと、大差ないって。気楽にビシッと行こうぜ、アキラ君」
クロとリョウは、脂汗でビチョビチョの晃に笑顔で告げてきた。
湿った髪を掻き上げ、鈍く重い痛みを訴えてくる頭を無理に働かせる。
しかし、十七年の人生で最大級の憂鬱な選択に、いつまでも答えを出せない。
待たされるのに焦れたのか、霜山がどこかシラケた調子で言う。
「あー……あんま遅いと、キミに決めるから」
釘を刺された晃は、仕方ないので『選んでいい理由』を探し始める。
まずは、慶太――年上の幼馴染で、もう十年以上の付き合いになる。
格闘技をやっているが荒っぽさはなく、性格は社交的でノリがいい。
しょっちゅう意味不明なイベントに巻き込んでくる困った友人だが、それを楽しみにしている自分がいたのも確かだ。
厄介事を引き起こしはするが、最終的には慶太がどうにか解決してくれたので、そこまで深刻な状況に陥ったことはなかった。
今回は大変なことになっているが、翔騎とのことで既に助けられている。
慶太を犠牲にする、という選択肢はない――というか、早く病院に連れて行くためにも、いつまでも悩んでいられない。
続いて晃は、慶太の隣にいる玲次のことを考える。
慶太の弟である近所の幼馴染で、付き合いは同じだけ長い。
小中と同じ学校で同学年だったのもあって、慶太よりも親友感が強めだ。
何をするにも、その面子には玲次が大体混ざっていた気がする。
最近は彼女との予定を優先されている雰囲気はあるが、それでも家族より一緒にいた時間は長いはず。
慶太と玲次は、選択肢に入れられない。
だったら、佳織はどうだろう。
ある程度は落ち着いたのか、もしくは魂が抜けかけているのか。
床の一点を見つめて動かない、慶太の恋人を眺めて晃は考える。
何だかんだで、もう二年近い付き合いになるだろうか。
飛び抜けて美人でもなく、特筆すべきスタイルでもないが、誰もが「普通にかわいい」とかそんな感じの評価をするであろうルックス。
性格はシンプルにイイ子な常識人だが、時々暴走する慶太の無茶なノリにも、しっかりと合わせてくる柔軟性はある。
ここで佳織を選んでしまったら、慶太は自分を一生許さないだろう。
許すと言われても、当人が本気でそう思っても、きっと許されない。
心の奥底に、致命的な太いトゲとして残り続けるのは明白だ。
そうなると、佳織も候補から外れてしまう。
腕組みをして視線を宙に彷徨わせていると、慶太の苦しげな声がする。
「……アキラ、悩む必要ねぇ……俺を、選べっ」
「ケイちゃん……」
当人にそう言われても、慶太を選ぶのはやはり無理だ。
親友を犠牲にした事実は、間違いなく晃を永遠に苦しめ続ける。
玲次と佳織は「仕方なかった」と言ってくれるかもしれない。
だが、やはり本音の部分では恨みを残し続けるはずだ。
となると、あとは二択――優希か、それとも自分か。
優希の方を見れば、思いがけず視線がぶつかった。
浮かんでいるのは、悲哀とか諦念とか、そういうものに紐づいた表情。
彼女はきっと、気付いてしまっている。
晃が誰か一人を選ぶなら、消去法で自分になるだろうと。
その推測は、残念ながら正しい。
悩んではいるが、晃の中では半ば答えが出ている。
つい数時間前に会ったばかりの、友達の彼女の友達。
二度三度と会っていれば、友人になっていたと思う。
もしかしたら、その先の関係性になれたかもしれない。
だけど現時点では、最も他人に近い間柄なんだ。
「い、いや……お願い、だから……」
そんな思考が伝わったのか、優希は瞳を潤ませて頭を振り、弱々しく否定の声を上げる。
晃としても、可能ならば優希を救いたかった。
だが、四人を助けようと思えば、自分が死ななければならない。
家族や親友のためならば、そういう選択もあるだろう。
しかしながら、知り合ったばかりの相手のために命を捨てられるほど、晃はヒーローにはなれなかった。
「どうよ、そろそろ決まったか」
「…………あ、あぁ」
「じゃあ、お前が選んだ、お前のせいで死ぬのは誰だ?」
殊更に「お前が」を強調するクロの言葉に挫けそうになるが、晃は覚悟を決める。
これ以上、どう考えても結論は変わらない。
さっきまで色々と考えを巡らせたのも、実際には何の意味もない。
ただ、散々に考え抜いた末に選んだ、という言い訳が欲しかっただけだ。
誰に対する言い訳なんだ。
選ばなかった仲間たちか。
選んでしまった相手にか。
選べと命じた霜山たちか。
選ばされた自分自身にか。
自分を嘲笑う言葉が、空耳として響いている。
晃は目を瞑って、息を詰まらせつつ深呼吸を三回繰り返す。
それから目を開けると、意外なほどにハッキリとした口調と動作で、対象を指差しながら宣言した。
「優希さん、で」




