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友達の友達  作者: 長篠金泥
第3章

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22 ておくれ

「ふぁふっ……ぬぅふふふへんっ、はぁっはぅふっ」


 よどんだ空気をき回すように、痙攣的けいれんてきな笑いが響く。

 静かになっていた佳織が、また不安定になっているようだ。

 恐怖と不安が高まりすぎて、正気を保てなくなっているのではないか。

 そんな疑惑にとらわれる晃の横から、慶太が恋人の名を呼ぶ。


「カオリ……大丈夫だったか」


 明らかに大丈夫じゃない佳織からは、曖昧あいまいな視線だけが戻ってくる。

 ここは自分もアピールするべきか、と考えて晃も名前を呼んだ。


「優希さんは、どう? 怪我けが、してない? ……優希さん?」


 繰り返し晃が訊ねると、床につぶれている体がヒクッと動く。

 五回ほど安否あんぴを確認された後、優希はゆっくり上半身を起こす。

 土埃つちぼこりで汚れた頬に、涙の筋がいくつも走っている。

 なのに、その表情は笑いに似た形で強張こわばっていた。

 佳織よりわかり難いが、優希も限界を超えているらしい。


「ん……えっ?」


 晃の方を向きながら、不思議そうに首をかしげる優希。

 そんな姿勢をしばらく続けた後で、ハッとした様子で涙をく。

 やっと我に返ったらしい優希に、晃は重ねて問いを投げる。

 

「無事でしたか? 痛いトコとか、ない?」

「あっ、うん……平気、です、かね」


 あまり平気ではない感じの答えが返ってきて、晃は言葉に詰まる。

 肉体的なダメージがないとしても、精神的なダメージは相当だろう。

 さっきみたいな悪趣味なショーが続いていたのなら、無理もない。


「ねぇ、優希さん。あの……髪の長い子って、誰なの?」


 優希は知らないようで、悲しげにユラユラと頭を振る。

 知ってそうなのはコイツか――と思いつつ、金髪の少年を見遣みやる晃。

 とりあえず起こそうか検討していると、不意に金髪が叫び出す。


「まぐぅうっ、サクラぁああああぁあああぁっ! サクラッ!」

「おい、落ち着けって! あの子、サクラってのか!?」

「どっ、どうしてぇ――ぬぁああああああっ、サクぅああああっ!」


 悲嘆ひたんを未整理のまま音声化し続ける金髪は、晃の質問に答えない。

 というか、この部屋にいる人間を認識しているのかどうか。

どうにかしてくれ、とのメッセージを込めて慶太と玲次を見る晃。

 慶太は顔をしかめながら、わめき散らす金髪の方に膝立ひざだちで寄っていく。


「おい、ちょっと落ち着けよ。まず深呼吸、深呼吸だ」

「ぉあああああああああぁっ! がぁああああああああああっ!」

「だからうるせぇって! んなことより、あの娘を助ける方法を――」


 そこまで言ったところで、金髪がピタッと黙り慶太を睨む。

 いや、むしろ不意に現れた異物に驚いたような、そんな雰囲気だ。


「たっ……助ける? たっ、助けるってのか!? サクラを!?」

「お、おう」

「じゃあ、助けてくれよ! なぁ!? お前が、サクラっ、助けてくれよっ!」


 慶太と同じく膝立ちになった金髪は、鼻声でグイグイ詰め寄ってくる。

 お互い両手が縛られているので、身をよじった男がクネクネとからむ、珍妙な絵面えづらになっていた。

 だが誰も笑おうとはせず、室内は沈痛ちんつうな空気のままだ。


「ちょっ、何で俺に頼る? こういう場合、普通はそっちがだな――」

「慶太、さん」


 困惑して問い返す慶太に、優希が何事かを訴えるような表情を向けた。

 これは、もしかして――晃の胸中に、イヤな予感がふくらんでいく。


「おい……まさか」


 察したらしい慶太に、痛みをこらえている表情で優希が頷く。


「ふふふっ、にっひゃっへへへへへ……えへっ」


 張り詰めた空気を破る、佳織の腑抜ふぬけた笑い声。


「うっふふっふふふ……そう、そうなのよケイタ。あの子ねぇ、ふふふへぇ、もう死んでるの。てか、殺されてるの。なのにヤラレてんの。これってさぁ……ふふっ、オカシくない? 何かさ、もう……あはははははっ、超ウケるんですけどぉ」


 普段の快活さとは種類の違う、わざとらしくフザケた調子での語り。

 自分の目撃した光景を言語化するのに、まともではいられなかったのか――或いはまともでいたくなかったのか。

 ともあれ、そんな佳織の姿があまりにキツく、晃はスッと視線を外す。


「……ホントに? 死んでる?」


 小声で訊く玲次に、さっきと変わらぬ顔のまま優希はまた頷いた。


「あああぁあああああっ、クソッ! クソがっ! ぬぉおうぁあああっ!」


 荒い呼吸をしていた金髪は、再び感情のままに喚き始めた。

 激しく床に倒れ込み、ドッタンバッタンのたうち回っている。

 佳織はその無駄に激しい動きを眺め、ヘラヘラと笑う。

 優希は心ここに在らずな雰囲気で、小刻みに震えている。


 そんな風になるのも、仕方がない。

 慶太は無意味にキョロキョロし、玲次は金髪を真顔で凝視ぎょうししている。

 晃にしても、目の前で行われている屍姦しかんを延々と眺めさせられたら、まともな精神状態でいられる自信は皆無だ。

 してや被害者が、自分の友人や恋人だったなら――


「とにかく、だ。控えめに言っても、連中は完全にイカレてる……サッサと逃げとかないと、マジで終わる」


 アロハ男が、少女――サクラの死体と共に消えたドアの方を見ながら、玲次がいつになく真剣な調子で断言した。


「逃げるっても、どうすんだよ」

「脱出用のアイデア、何かあんのか?」


 慶太と晃から、当然の質問が投げられる。

 しばらく思案顔しあんがおだった玲次だが、やがて力なく項垂うなだれた。

 ノープランな友人に呆れつつ、晃は溜息混じりで慶太に話を振る。


「ケイちゃん、玲次が想像以上にポンコツだ……そっちは何かないか」

「とりあえず、両手をどうにかしねぇと……そういやコレ、どんな感じのだ? だいぶキツイんだが、針金か? それともワイヤー?」


 後ろを向いた慶太の手首を、改めて視認する晃。


「何つうか……ごっついタイラップ、みたいな?」


 両手を締め上げた拘束具こうそくぐは、百均で売っているヤツの数倍は立派だ。

 自分もこんなので絞められていると思うと、鬱血うっけつしてないかが気になる。

 微妙な表情の晃には気付かず、慶太は軽くうなってから言う。


「ぬぅ……コードとかまとめるアレか。その程度は無理すりゃ切れそうだが」

「流石にキビシいだろ。カッターでもあったら、まぁ」


 慶太と玲次が相談を交わしていると、床を転がってわめいていた金髪が、不意に動きを止めてガバッと身を起こし――


「ある……あるぞっ!」

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