20 全員集合、からの
「うぁっ――」
饐えた臭いを発する袋が取り去られ、しばらくぶりに視界が戻る。
晃をここまで運んできたらしい大男が、茶色い袋を捨てて離れていく。
光が少々オレンジっぽいが、さっきまで監禁されていた場所より明るい。
工事現場などで使うタイプの投光器が、壁にいくつか設置されていた。
部屋の広さはだいぶある――三十畳とか、それよりもっとあるかも。
物音がしたので右手を向けば、この場から去ろうとする大男の後姿が。
ガチンッ――と金属質の音が鳴って、重そうなドアが閉まる。
出入口はどうやら、男の出て行った扉だけしかないようだ。
室内には装飾は殆どなく、調度品も数えるほどしかない。
とりあえず目につくのは、何脚かのパイプ椅子と何個かのビールケース。
他には、待合室に置かれているような、背もたれのないソファくらいか。
ゴミなどで荒れた雰囲気もなく、ペットボトルや吸殻がポツポツある程度。
対面の壁際には、頭に茶色い袋を被って、後ろ手に縛られた誰か。
麻袋のようなそれは、たぶん晃に使われたのと同じものだろう。
服装からして玲次だ――肩が上下しているので、息はあるようだ。
その隣には、やはり拘束された状態の慶太が転がされていた。
「大丈夫か……ケイちゃん」
声をかけて安否を確認するが、反応はない。
額に裂傷があり、右目の周辺が青黒く腫れ上がっている。
唇や鼻の周りにも、まだ新しい出血の跡が残っていた。
この部屋まで連行される前に、殴る蹴るで大人しくさせられたのか。
にしても、慶太ですらこのザマとは、一体何が起こってるんだ。
左手の奥の方を見ると、佳織と優希の姿もあった。
晃たち同様に拘束されているが、目立った怪我や着衣の乱れはない。
佳織は落ち着かない様子で、キョロキョロ忙しなくアチコチ見ている。
隣の優希は、俯いたままガタガタと体を震わせていた。
そんな見慣れた面々に混じって、見慣れない異物も視界に入る。
「ふぃー……あー、出した出した。二発目なのに、たっぷりとよぉ」
三十過ぎくらいの男が、鼻から煙を吹き出しながらヘラヘラ笑う。
素肌に派手なアロハシャツを羽織り、下は丸出しでサンダルだけ履いている。
手足は細いのに腹だけポコッと出ている、だらしない餓鬼体型。
腹毛とつながった陰毛の中で、硬さを残したモノが不快に自己主張していた。
さっき聞こえた唸り声は、こいつが絶頂した時のやつか。
濃いめの不快感が込み上げる晃だったが、同時に疑問も湧き上がる。
佳織も優希も無事なようだし、一体誰を相手にナニを出したのか。
まさかこの状況でソロ活動を――と思ったところで、正解を発表するようにアロハ男はソファの陰から何かを引っ張り出した。
「んん? もの欲しそうな顔してんじゃねえの。何なら、お前にも貸してやろうか? いつだってヤリてぇだろ、クソガキってなぁよ、おん?」
凝視されているのに気付いて、アロハ男は下卑た笑いを晃に向ける。
右腕を掴まれ持ち上げられたのは、華奢な体格をした色白の少女。
栗色の長い髪に隠されていて、細かい顔の造形はわからない。
小柄で細身なのもあってか、いくつか年下に思える印象があった。
気絶しているのかショック状態なのか、四肢は完全に脱力しているようだ。
薄汚れたニーソックスを除き、彼女は全ての衣服を剥ぎ取られていた。
控え目な胸と薄い恥毛を晒した姿は、通常時ならば興味深い光景だ。
しかし、白い肌に刻まれた打撲痕と擦過傷、それと口の端から垂れる血の混ざった涎が、何が起きたのかを生々しく伝えてくる。
晃は少女の裸身から目を逸らす――痛々しさが強すぎて直視できない。
「おやおやー? 育ちのよろしいお坊ちゃんには、ちょーっとばかり刺激が強かったかなぁ? んー?」
ゲラゲラ笑いながら、アロハ男は少女の腕を掴んでいた手を離す。
直後にゴンッと鈍い音がして、晃は反射的に顔を顰めた。
意識がないせいで、頭から床に落下してしまったのだろう。
男は唇を歪めると、少女の上に煙草を落としてグリグリ踏んだ。
人を人とも思わない行動に、怒りより先に吐き気がやってくる。
あの大男と同じく、こいつも他人を傷つけるのに躊躇がない。
むしろ、加虐や暴力によって愉悦に浸るタイプの、度し難い畜生だ。
そんな連中の前で、身動きが取れない無防備な姿を晒している。
自分らの置かれた状況を再認識し、晃は血の気が引いていくのを感じた。
少しでも気を緩めると、叫び出したくなる本能的な恐怖が――
「ふっ――ふわぁああああああああああああああああああっ!」
そんな感情を先取りするかのように、突然の絶叫が響いた。
何事かと見れば、金髪の若い男がいきなり出てきて喚き散らしている。
いや、いきなりに思えたのは、晃からだと死角になる位置に転がされていたから、なのだが。
アロハ男は、至近距離で騒ぐ金髪をシラケ面で眺めているようだ。
霜山でもないし、誰だこいつは――困惑しながら、晃は状況を観察する。
「もういいっ! もぉうやめっ、やめてくれぃっ! なん、何なんだっ――ぁんなんだよ、アンタらっ!? マジでよぉ? なな、何でこなっ、こにゃことすんだぁ!?」
「いやいや、『こにゃこと』って、ナニ言ってくれちゃってんだ? バカか? もしくは大バカか? あぁん!?」
泣き言を述べる金髪に、アロハ男は小馬鹿にした態度で応じる。
金髪は顔を真っ赤にして、今にも掴み掛かりそうな興奮状態だ。
しかし、そのための両手は晃たちと同様、背後で縛られていた。
「こにゃにゃにゃ、こにゃにゃにゃ、こにゃにゃちわ~ん」
謎の鼻歌を鼻ずさみながら、アロハ男は床から何かを拾い上げる。
どうやら、トランクスと一緒に丸まっているハーフパンツだ。
両脇を持って「バフッ」と空中で伸ばし、モタモタしながら穿き直す。
やっとのことで、見苦しさ抜群のフルモンティ状態から卒業した。
そして新しい煙草を咥えると、ムカつくオーバーアクションでオイルライターを開け、腹の立つキメ顔で火を点ける。
「ばぇぁああああああああっ! ――ってぇに、ブッ殺す! てめっ、こっ、殺っ――殺してやっかんぁああぁっ! ぅあああああああああああっ!」
ブチキレた金髪が、怒鳴り散らしながら突っ込んでいく。
無謀すぎる突撃だが、ここで何とかアロハ野郎を倒せば――
「るっせぇんだよ、ボケェ!」
「はぅんっ――」
晃の願いも空しく、金髪は下腹部に前蹴りを食らって崩れ落ちた。




