表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
友達の友達  作者: 長篠金泥
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

19 視覚0、嗅覚3、聴覚5、痛覚10

「あぉうっ――」


 殴られたのか突かれたのか、胸に衝撃を感じると同時に床に転がされる晃。

 拘束こうそく中なので受け身が取れず、結構な勢いでコンクリの硬さを味わうハメに。

 三箇所さんかしょぐらいぶつけたが、急展開すぎてどこが痛むのかよくわからない。


「くぁあっ! なっ、なっ!?」


 何かかぶせられたらしく、ガサついた感触が頭を包んでいる。

 混乱した晃が、疑問の声を発しながら身を起こそうとすると、また胸骨きょうこつの辺りに打撃が追加された。


「ぅがっ!」


 蹴られた――いや、踏みつけられたようだ。

 無防備に寝かされた状態から脱しようと、晃は藻掻もがいてみる。

 十秒ほどデタラメに暴れるが、重石おもしとなった誰かの足は動かない。

 あせりがつのってきたところで、胸に感じていた圧力がフッと消えた。

 次の瞬間、鳩尾みぞおち途轍とてつもない痛みがはじけ、思わず呼吸が止まる。


「――っ! ――――っ!?」


 声にならない悲鳴が、のどの奥でグルグル回る。

 何だこれは、何をされた――刺されたのか、かれたのか。

 交通事故に巻き込まれた時に経験した、苦痛と困惑で思考が果てしなく散らかる状態に似ている――そんな気がしながら、晃は胃の中身を吐き出した。


「ぶぉおぇっ、ぱぅ……」

 

 生温なまぬるくて苦酸にがすっぱいゲロは、不幸中の幸いで少量だ。

 しかし、ただでさえがたい息苦しさだったのが、袋が濡れたことで呼吸困難レベルに悪化する。


「ぶふーっ、ぐぶー……ぶじゅるるっ、びゅぷー」


 汚い呼吸音と濃い刺激臭の不快さが、辛うじて晃の意識を居残らせる。

 とにかく息をさせてくれ――という心の底からの祈りが届いたのか、袋がズラされ顔の下半分が外気に触れた。


「ぷぁっ! はぅー、ぱぁー、ふぃー……何を……何が……」

「まだ、お前の番じゃない」


 呼吸を整えつつ曖昧あいまいな疑問をぶつけると、意外にも返事があった。

 袋のせいで聞き取りづらいが、この軽い調子の声はおそらくあの大男だ。

 お前の番じゃない、とはどういう――そもそも何の順番なのか。

 その言葉の意味を推測しようとする晃だが、何をどう想像してもゴール地点では自分が死体になっている。


「あんたら……いっ、一体、何なんだ」

「…………」

「ひっ、人殺しは、シャレになって、ないっ……だろ」

「…………」

「俺もっ……俺らも、やんのか?」


 物理的にも精神的にもギリギリで、窒息ちっそく寸前におちいっている。

 それでも晃は、気力をしぼって質問を投げていく。

 だまっていると、不安と恐怖でオカシくなりかねない。

 しかし大男からの応答は、言葉でも暴力でも返ってこない。


 話しかけ続けて、五分くらい経ったか、十分近くが過ぎたか。

 姿は見えないが、筋肉の詰まった巨体が放つ存在感は間近にあった。

 ついでに、腋臭わきがとムスクが混ざったような、東南アジアのカレーっぽいニオイもただよっている。

 晃の思い込みかもしれないが、おぼれる小動物や手足のもげた昆虫を眺める子供に似た、残酷な興味を含んだ視線が注がれている気配が消えない。


 晃が何を言っても何を訊こうと、相手はガン無視をつらぬいていた。

 何か一つミスがあれば――いや、何もなくとも相手の気分次第で死んでしまう。

 猛スピードで胃潰瘍いかいようが生産されるような、拷問めいた時間。

 とはいえ、無言になると次の段階に進みそうなイヤな予感が。

 だから晃は、異常な緊張感にさいなまれつつ、ひたすらに会話を試みる。


「あのさぁ、あんたは――ほぅあっ!? おぉおおおおぉおおぉっ?」


 何十回目かわからない質問の途中、晃は唐突に腕を掴まれ引きずられる。

 粗大ゴミでももうちょい丁寧だろ、と抗議したくなる雑な扱いだ。


「うっ、ちょっ――どこへっ、いん――ごっ、ぽっ」


 晃の言葉はシカトされ、頭が、肩が、背中が、手足が、尻が、腰が、何度も何度も床や壁にぶつかった。

 高校生男子を片手で軽々運ぶとは、やっぱりコイツの怪力は普通じゃない。

 連続する打撲の痛みにうめきつつ、晃は大男の危険性を再認識させられる。

 しばらく苦痛をこらえていると、重い扉を開け閉めした感じの音がして、強制移動が終了。


「おぅおぅ!? ぐっ――あだっ! いっとぁ……」


 短い浮遊感があって、直後に右の腰と側頭部に痛みが走る。

 どうやら、ブン投げられて床に落下したようだ。

 身を起こそうとする晃だが、頭がフラつくし体がまともに動かない。

 両手がしばられたままだから、何をするにも自由が利かなかった。

 苦心して上体を起こすと、背中に漬物つけもの石を投げられたような重い一撃が。


「ぶぇっ――」


 無警戒な状態で蹴られたせいで、また息ができなくなった。

 吹っ飛ばされなかったから、これでも手加減されているのだろう。

 数秒間の悶絶もんぜつが収まった後、肺がおかしくなって派手に咳込せきこんでいると、大男は「フヒッ」とうれしげな笑いを漏らして離れていく。

 ここにいるのは、笑いながら暴力を振るい、その光景を楽しめる人間。

 それを再認識した晃は、どうにか周囲の状況を把握はあくしようと耳をそばだてる。


「ううぅ、うぅ……」


 男が呻いているような声がする。

 慶太か、玲次か、他の誰かか――視界がふさがれているのがもどかしい。


「ひぃ、ひいっ――えぐっ、ひっ、ふぐっ――」


 泣きすぎて、ワケがわからなくなっている女性。

 佳織か、優希か、それ以外か――嗚咽おえつだけだと誰かわからない。


 ニオイで何かわからないか、辺りをぎ回ってみる。

 血とゲロと小便と、何だかわからない油っぽいもの。

 これらは、自分のものも混ざっているかも。

 無理矢理に頭を回転させている内に、晃は多少の冷静さを取り戻す。

 体のアチコチが訴える痛みが邪魔するが、一応は思考できそうだ。

 静かに深呼吸を繰り返し、変化が起こるのをひたすら待つ。


 大きな物音も生じず、会話もなかった。

 呻き声と鳴き声と溜息と――もう一つ、妙な音があるのに気付く。


「ふっ、ふっ、んっ、ふっ、ふっ、ふんっ、ふっ、くっ、ふっ、ふっ」


 一定のリズムで繰り返される、短い呼吸音。 

 筋トレやランニングの最中に、自然と漏れる息に似ている。

 しばらくその音を追っていると、リズムが乱れてきた。


「おぅっ、ふんっ、ふっ――ふっ、うっ、ふっふっ、ふっは、ふっふ」


 小さい手拍子みたいなものと、猫が水を飲むような音が混ざった。

 それらを総合すれば、何が行われているのかの想像はつく。


「ふっ、んっ、おぉふっ……うっ!」


 男の低いうなり声に続いて、何かがドサッと床に投げ出される。

 しばらくすると、甘ったるさが鼻につく刺激臭が漂ってきた。

 サトウキビを焚き火に放り込んだような、独特のニオイ。

 晃の嫌いな煙草ガラムだ――香りも好きになれないのだが、それ以上に愛好する連中に共通するしゃらくささが気に入らない。


 完全に偏見へんけんだと自覚している晃だが、これまでの経験が苦手意識を強固にしていた。

 慶太の元同級生だった、無駄にしゃに構えて映画や漫画を分析し――といっても元ネタはネットだろうが、それを得意げに語るサブカル糞野郎。

 中学時代ちょっと好きだった先輩から彼氏として紹介された、チャラくて口の悪いけど妙に金持ってるキノコ頭。

 そんな面々を思い出していると、不意に頭に被せられた袋を脱がされる――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ