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友達の友達  作者: 長篠金泥
第2章

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15 全部ウソならいいのにね

「この、こいつが……タケなの、かよ……おい」


 何度かつばを飲みくだしながら、機械的な棒読みを発する玲次。

 疑問か確認か不明瞭ふめいりょうな言葉を呆然ぼうぜんと聞き流しながら、タケの詳しい外見を霜山から教わってない、と晃は思い至った。

 そのことを言おうとしたが、声が出ずにかすれた雑音になる。

 いつの間にか、のどがカラカラに乾燥かんそうしていた。


 玲次は、床に広がる薄黄色(小便)を避けながら裸体に近付く。

 そして、血溜ちだまりを作っている頭の前で屈み、ライトで顔を照らす。

 瞳の消えた両目は、至近距離から強い光を浴びせられても変化がない。

 光源を小刻みに揺らしているのは、反応があるのを待っているのか――

 いや、単にライトを持つ玲次の手が震えているだけ、のようだ。

 晃が自分の手を見ると、やはり指先が自分の意志と無関係に動いていた。


「スッ――んんっ、んっ……し、死んでる、のか?」


 どうにか出した声が引っくり返り、咳払せきばらいで修正してから訊く晃。

 玲次は男の半開きになった口の前や、固まった血がこびり付いた鼻の下に、自分の指を持っていってかざす。

 三十秒ほどそれを続けた後、振り返ってゆらゆらとかぶりを振った。

 わかっているが認めたくない事実が確定し、晃はひざから崩れそうになる。

 目の前にあるのは、自分らと同年代とおぼしき少年の――死体だ。


「にしても、マジかよ……何だよ、これ……こんなの」


 吐き捨て気味につぶやき、立ち上がった玲次はしばらく天井をあおぐ。

 それから、体の右側を下に横たわり、顔だけ上げた形で倒れている少年の、血で湿ったモジャり気味の頭髪から黒ずんだ裸足の足裏まで、ライトでゆっくりと照らす。


 自分でもマグライトを向けながら、晃は死体の状況を確認する。

 出血具合から推測すると、頭部に大ダメージを受けているようだ。

 だが、髪で隠れて患部は見えない――額と左の目尻に、裂けたか切れたか不明な傷。

 歪んだ鼻梁びりょうと鼻血の量からして、鼻が折れているかもしれない。


 赤く染まってわかりづらいが、よく見れば顔全体がれ上がっている。

 青黒い内出血の痕跡こんせきもいくつかあり、繰り返し殴られている様子だ。

 血涎ちよだれでテラテラした半開きの口の中は、無事な前歯が見当たらない。


 体格は、かなりガッシリしている――体重は霜山と同程度だろうか。

 一方で身長は十センチ以上は高そうで、慶太ほどではないにしても、肩や首周りにはかなりの筋肉があって、胸板は厚く手足も太く締まっている。

 そんな見るからに頑丈がんじょうそうな男が、徹底的に痛めつけられていた。


 腹や背中のアチコチに、大きなあざが刻まれている。

 これはたぶん、強烈な打撲だぼくが原因で生じたものだろう。

 左肩は不自然にふくれて変色し、右膝はありえない方向に曲がっていた。

 死因が何にせよ、絶命までに想像を絶する苦痛を味わったに違いない。


「こりゃもう、アレだ……肝試しとか言ってる場合じゃねえな」

「まさか、殺人事件に遭遇するって……」

「んんっ!?」


 部屋を出た玲次と晃の会話に、優希が驚きの声で反応する。


「え、あのっ、殺人って? その……そこで?」

「ああ。部屋の中で死んでる、っていうか殺されてる」


 ひたいに浮いた脂汗か冷汗を手でぬぐい、玲次が沈んだ声で答える。

 腕組みして目を伏せた優希は、それを十秒くらい続けてから顔を上げた。


「うぐっ」


 そこにあった表情に晃は思わずうめき、玲次はビクッと動きを止める。

 優希は何とも場にそぐわない、ふざけた薄笑いを浮かべていた。


「あのさぁ、君たち……私を怖がらせたくて、ウソついてない?」

「……ぶっちゃけ、さっきまではそういうノリもあった、けど」

「やっぱり! どうせさ、あの霜山って人も前から知り合いでしょ!? その部屋にも、死んだフリしてるのがいるだけ! 今夜のことは全部ウソで、お芝居なんだよね!?」


 キレ気味にえる優希は、白目が血走っていて危険な雰囲気だ。

 恐れと怒りとおびえが混ざって、何だかわからない状態になっている。

 自分も混乱の真っ最中な晃としては「頼むから黙っててくれ」というのが正直なところだし、いっそ死体を見せてしまおうかとも考えた。

 だが、それをやったら状況の悪化は避けられない。

 なのでどうにか感情をおさえて、おだやかな調子で優希に対応する。


「あのね、優希さん――」

「私さぁ、怖いの苦手だって言ったじゃない! 言ったよね!? 君らはこっちが怯えてるの見て楽しいのかも知んないよ!? けどね、私はぜんっぜん! 全然面白くなんてないよ! 面白いわけないでしょ、こんなのっ!」


 伸ばされた晃の手を叩き落とし、凄い剣幕けんまくくし立てる優希。

 緊張をいられ続けたストレスが、このタイミングで大爆発したらしい。

 ブンブンと腕を振り回したせいで、手にした懐中電灯がスッポ抜ける。

 壁に衝突した電灯は乾いた破砕音はさいおんを響かせ、燃えないゴミと化した。


「落ち着いて、わかったから落ち着いてよ、ユキさん! これ以上なんかあったら、もうシャレんなんないから」

「なぁにがわかったって!? 最初っから、一つも洒落になってないっ!」


 玲次がなだめようとするが、優希のヒステリックは止まらない。

 そして、しばらくわめいた後で不意に無表情に転じると、処置室に向かってズンズン歩き出した。

 晃はその左手首を掴んで引き止めるが、優希は振りほどこうとする。


「ヤバいって、優希さん! 見ちゃったら、一生モノのトラウマだって!」

「だからもう、そういうのいいんだって! ふざけるのもいい加減にして、って言ってるの! うおぉーい、そこにいる誰君だか知らないけど、もうぜぇんぶ、バレてるんだよ!? 今すぐに出てこないとぉ、お姉さんがすっごい勢いで金玉を蹴りに行きまぁああああっす!」


 精神的にギリギリなのか、すっかりキャラが崩壊している。

 暴れる優希を晃が羽交はがめにしていると、玲次が自分の使うライトについている、サイレン機能のスイッチを入れた。


『ウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥーウゥゥウゥウゥゥー』


 耳障りすぎるサイレンのデカさに、晃は思わず顔をしかめる。

 緊急事態が起きたら鳴らす、という話を思い出したのか、優希も大人しくなったので晃は拘束を外す。

 その表情はブチキレ一色から、不安の色が混ざった不機嫌へと変化。

 大音量がキツくなったか、玲次はライトを床に置いて数メートル離れた。


「聞こえてんのかな、これ」

「んあ?」


 サイレンに邪魔され、晃は耳に手を当てて玲次に訊き返す。


「下まで! 聞こえてっかな! つってんの!」

「どうだかな! 五分待って来なけりゃ! こっちから行くか!」


 怒鳴り合いでないと、まともな会話も出来ない。

 どうしたものか、と晃が考えていたら、背後からシャツのすそを引っ張られる。

 振り返ると、優希がスマホのメール入力画面を指差していた。


『ここはハイテク筆談ひつだんで』


 なるほど、と感心しながら晃もスマホを取り出す。

 電波が入らないのでメールは送れないが、文章は書ける。

 予測変換が使えるので、結構スムーズにやりとりできた。


『落ち着きましたか』

『ごめん』

『冗談ぬきで一進でます』

『?』

『人死んでます。慶ちゃんたちと合流して、警察行きましょう』

『そうだね』


 スマホと共に、優希が疲れのにじんだ微笑を向けてくる。

 誤魔化しが効かない疲労感は、晃にも重くしかかっていた。

 気を抜けば、少年の弛緩しかんしたうつろな死に顔が思い浮かんでしまう。

 晃は右こめかみをトントン叩き、鮮烈せんれつすぎる記憶を追い出そうとするが、その程度の刺激では焼け石に水だ。


 そこでふと、玲次が静かだなと思ってライトを向ければ、けわしい表情で暗闇を見つめていた。

 闇の奥にあるのは、上階と下階に通じている階段だ。

 今は誰かが上がってくる様子も、下りてくる気配もない。

 もし何者かがいても、轟音ごうおんのせいでわからない気もするが。


『とりあえず一回、サイレン止めないか』


 スマホにそう入力した晃は、玲次に見せるため近付いていく。

 その視界のはしに、何か違和感が――

日常が破綻し、すべてが狂っていくのはここからです……

認知されないと誰にも読んでもらえないので、「面白い」「面白いかも」「面白くなりそう」などと感じましたら、評価やブックマークでの応援よろしくお願いします。

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