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友達の友達  作者: 長篠金泥
第2章

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12 科学のチカラ

 信じるか、信じないか、どっちを選べばいい――

 数分にも感じる数秒の迷いをて、慶太は答えを出す。

 過呼吸かこきゅう寸前の様子で、目の焦点しょうてんも合わなくなっているダイスケ。

 ガラ空きの首に腕をからめると、裸絞はだかじめをめてすみやかに失神させる。

 そして完全に脱力し、軟体生物と化したダイスケの体を放り捨てた。


「次はお前だ、オッサン! 逃げんじゃねえぞ、オイ!」


 アロハを指差しながら、ガラの悪さ全開の大声で告げる慶太。

 床に置いたままの照明は、アロハとはまるで違う場所に向いている。

 相手が持つライトは、さっきよりも光量が増して直視がつらい。


「クフフッ――クッ、ウヒッ――」


 押し殺した笑い声に似たものが、人型の影から発せられる。

 余裕にあふれた冷笑なのか、余裕のないり笑いなのか。

 勝ちを確信しての失笑なのか、負けを予感した苦笑なのか。

 表情が見えない状態だと、どうにも判断がつけられない。


 一歩、二歩と大股おおまたで近付くと、同じペースでアロハは後退する。

 これは逃げに入ってるというか、腰が引けているヤツに特有の動きだ。

 思ったより楽に片付くか――慶太は安堵あんどの溜息を静かに飲み込む。

 歩幅をせばめながらも足は止めず、アロハが遁走とんそうに入るのを待つ。

 しかし、後ずさりを続けていた相手の動きが、不意にピタッと止まった。


「フハッ――」


 鼻で笑うような音が、逆光の向こう側ではっせられた。

 どこから来てるんだ、こいつの平然とした態度は。

 この状況でナメてこれるのに、どんな理由があるんだ。

 何とも言えない不安が、慶太の背筋せすじい上がる。


「ケッ、ケイタ……」


 上擦うわずった佳織の声が、予期せぬタイミングで耳に届く。

 反射的に動きを止めるが、振り向きそうになるのはこらえた。

 あのアロハは、何をしてくるかわからない不気味さがある。

 隙を見せるのは危険だと判断した慶太は、まず壁に背を向けた。

 それからブレイクルームの方に視線を向けると――


「うぅ……ひっ、はっ……」


 両手を頭上で組んだ佳織が、部屋の外に出てきている。

 アロハのライトがゆらゆらと、フザケたように揺れながらその姿を照らす。

 半泣きになって小刻こきざみに震える恋人の背後には、無表情でたたずむ霜山が。

 どこにいたんだ――と確かめるより先に、慶太は怒鳴り散らしていた。


「ぅおいっ! どういうつもりだ、テメェ!?」


 その声に驚いた佳織の肩が、ビクッとね上がった。

 だが、霜山の表情筋は微動びどうだにせず、立ち位置からも動かない。

 小太りで背も低く迫力ゼロな霜山に脅されて、あいつがひるむだろうか。

 佳織の気の強さは、慶太でも時々ゲンナリするレベルだというのに。 


 だとすると、背中に凶器を突きつけられてる、って辺りか。

 パタン、パタンと、わざとらしく足音を響かせ、アロハが近付いてくる。

 ライトの光を顔に向けられ、手でひさしを作りながら考えを巡らせる慶太。

 できることは少ないが、棒立ぼうだちのまま終わりを待つのは最悪だ。


 霜山を目掛けて突進して、全力で殴り倒す。

 佳織に合図を送り、走って逃げて来させる。

 アロハの方に突撃して、佳織との人質交換。

 気絶中のダイスケを盾にし、交渉を試みる。

 降伏するフリをしておいて、隙を見て反撃。


 様々な選択肢が、次々に浮かんでは消えてまた浮かぶ。

 どれもが成功するに違いない名案に思えてくる。

 どれを選んでも失敗するような気がしてしまう。


 あせらずに、落ち着け。

 冷静になれ、考えろ。


 自分に言い聞かせる慶太だが、意識が集中できない。

 どうする、どうする、どうする――何を優先すべきなんだ。

 優先順位を決めようとした瞬間、体が勝手に動き出した。

 まずは佳織を助けなければ――それが正しい、きっと。


「シッ――シッ――」


 歯をしばって、短く強く息を吐くのを繰り返す。

 そして大きく吸って息をめ、ブレイクルームを目指して疾駆ダッシュ

 距離は十メートルかそこら、全ては数秒もせずに終わるはず。

 だがその数秒の中で、慶太には躊躇ちゅうちょが生まれた。


 もしも霜山がテンパって、発作的な行動に出たとしたら。

 ナイフや包丁が、佳織に突き刺されたらどうすればいい。

 そんな迷いが、慶太の動作を無意識ににぶらせた。


「あぐっ――ぁがががががっふぁ――ぉああああっ!」

「いやぁああぁっ!」


 何事なのか。

 誰の悲鳴だ。


 いや、誰のでもない。

 俺と、佳織の悲鳴だ。


 慶太は曖昧あいまいな数秒の後で、意識を徐々に取り戻す。

 いつの間にか、地面に転がされていた。

 全身に針が刺さったような、どうにもならないしびれがある。

 スタンガンとか、そういうのを使われたのか。

 だけどこの距離で、どうやって――


「ふぶっ!」


 背中を蹴るように踏みつけられ、思考と呼吸が寸断された。

 オイルライターで、煙草に火をける音がする。

 頭の上から、ヘラヘラ笑いと共にアロハの声が降ってくる。


「だーいぶ調子コイてくれちゃったねぇ、うぅん?」

「ケイタッ、大丈夫? ケイタッ! ねぇっ!?」

「ヘッポコポコポコ、ポコリーヌすぎて、彼女を守る騎士ナイトになれなかったなぁ、あぁん? 残念だなぁ――ケッ、イッ、タッ、くぅうううううううううんっ!」

「やめて! ちょっと、マジで頭おかしいって! あんたらあっ!」


 背中に何度も、衝撃が加わっているようだが、感覚が鈍麻どんましている。

 佳織のヒステリックなわめき声には、変なエコーがかかっていた。

 普段の喋りが原型を留めてない――頭がキリキリ痛む、少し黙ってくれ。


「おっ、んっ、くぁ……ぼひっ!」


 右の脇腹に連続して三発、それから腰を踏みつける一撃。

 慶太の体に、断続的に衝撃が叩き込まれた。

 痛みはそうでもないが、蹴られるたび思考がリセットされる。

 蹴ってるのはアロハだな――霜山は何をしてる、ダイスケはまだダウン中か。


 起き上がろうとするが、腕にも肩にも力が入らない。

 なまぐさい臭いが鼻に抜けて、不快感を底上げしてきた。

 どうにか反撃に転じて、早く、早く佳織を逃がさないと――


「はんっ――ぉぼぼぼぼばばばっ、んびぉぼぼぼぼっ!」


 グズグズと藻掻もがく慶太に、電気的エロクトリカルな衝撃が再び浴びせられる。


「やぁあ――やめ――てぇ――ケイ――死んじゃ――」


 佳織の涙声が途切れ途切れに響き、視界が白くなっていく。

 ここで気絶したら終わりだ、という不吉な確信があった。

 しかし抵抗しようがなく、呼吸が上手くできなくなる。

 こめかみに熱さを感じたのを最後に、慶太は意識を手放した。

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