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【完結】その聖女、悪魔と契約中につき〜落ちこぼれ聖女の私は召喚した悪魔と禁断の契りを交わしました〜  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
第三章 聖女と幼馴染

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第三十五話 旅立ちの日に


 燦々(さんさん)と降り注ぐ朝の光が、カーテン越しに部屋の中を明るく照らしている。

 マナはすでに家を出る準備を整えていた。


 ──こんなもんかな。


 用意したショルダーバッグを肩にかけ、重さを確かめる。

 中身は最低限の荷物だけ。

 それでも、胸の奥は期待と緊張でいっぱいだった。


 ──うん、これでよしっ!


 気合いを入れて部屋を出ようとしたマナの前に、音もなくレイが現れた。


「あ、おはよう。来てくれたんだね」

「あんなやかましい声で叫ばれたら、いやでも耳に入る」


 アルトと木の下で別れた後、マナは一人ベルエスト山へ向かいレイに旅立つことを告げていた。

 いや、告げたというよりは彼の言う通り、一方的に叫んでいたと言った方が正しいだろう。

 なにせ、彼は姿を見せてはくれなかったのだから。


「やっぱりいたのね……」


 それなら返事くらいしてくれてもよかったのに、とマナは肩を落とす。

 不満そうな表情を見せたものの、すぐに自慢げな笑みを浮かべてみせた。

 

「でも、絶対あの山にいると思ったんだ。昨日の夕飯の時もいなかったし、せめて旅立ちの時くらいは一緒に、ね?」


 顔を傾げたマナの髪がさらりと垂れる。

 陽の光を浴びて輝いているのは、その髪だけではない。

 レイはため息混じりに肩をすくめ、部屋の外へと歩き出した。


「……行くんだろう」

「うん」


 最後に、母の日記に手を触れる。

 日記は旅には持って行かない。

 記された道標(みちしるべ)と母の思いは、すでに胸の中にある。


 ──お母さん、私は私の道を歩いてみるよ。だから、ここで見守ってて。


 思い出は大切にする。

 でもそれに縛られることなく、自分にしかできない旅を始める。

 それがマナの決意だった。


 部屋をくるりと見渡し、パタンとドアを閉める。

 そして、顔を上げて一歩を踏み出した。



「いよいよね、マナ」


 リビングで見送りの準備をしていた伯母(おば)が、力を込めてマナの両手を握った。


「病気とか怪我にはじゅうぶん気をつけるのよ。無理はしちゃ駄目だからね」


 いつもより早口な伯母の口調は、不安と心配が複雑に入り混じっているようにも聞こえた。

 その気持ちを抑えるように伯母は微笑んでいるが、目にはうっすらと涙が溜まっている。


「うん、ありがとう。気をつけるね」

 

 つられて目頭が熱くなるが、涙はこぼさないよう精一杯の笑顔で答えた。


「それと、これ」


 伯母がスカートの中に手を伸ばし、何かを取り出す。

 

「マナがこの村を旅立つときが来たら渡してほしいって、ドロシアから預かってたの」

「手紙……?」


 差し出されたのは、封をしたままの白い封筒。

 折れや(しわ)がないことから、伯母がこの日まで大切に保管していたのがわかった。


「開けてみるね」


 マナは息を整えながら、そっと指をかける。

 中に何が入っているのかと、鼓動が少し速くなるのを感じながら慎重に封を開け、丁寧に中身を取り出す。


「……これ」


 中に入っていたのは、一枚の写真だった。

 海を背景に、優しく微笑んでいる母と、その腕に抱かれている生まれて間もない小さな幼女。

 短い茶色の髪、茶色い瞳をしたその子には、まだ何の感情も宿していないように見える。


「この写真の子、きっとマナね」

「私……?」

「マナはね、この村で産まれたわけじゃないの。海の見える街で生まれたんですって」


 初めて知る事実に、マナは言葉を失った。

 驚きと戸惑いが胸の内を駆け巡る。

 けれど、どこか納得する自分もいた。

 見たことがないはずの海なのに、写真に映るその景色がなぜか懐かしく感じられたのだ。


 ──これが、お母さんが残してくれた最後の道標(みちしるべ)


 この写真の場所に行けば、きっと何かがわかる。

 そんな予感に身体中が(ふる)い立った。


「ありがとう、伯母さん。旅の目的がもう一つ増えたよ」


 マナはしっかりとクロエの目を見つめ、感謝の気持ちを込めて言葉を続けた。


「私、いつかこの場所に行くよ。絶対」


 何かを掴みたくて、何かを知りたくて、心の中で強く誓う。

 写真を胸に抱き、大きく深呼吸をした。

 たとえどんな答えであろうと、進むべき道はただ一つだ。


「ええ。帰ってきたら、またたくさんお話聞かせてね」


 クロエは(いつく)しむように微笑み、彼女の髪に手を添える。

 その仕草には別れを惜しみつつも、旅立ちを応援する想いが込められているようだった。

 

「レイさんも、マナのことよろしくお願いします」

「……俺に言われてもな」


 頭を下げた伯母に、レイは軽く眉をひそめてそっぽを向く。

 けれど一瞬、口元がほんのわずかに持ち上がった気がした。


「マナー! 見送りにきたよ!」


 弾むような元気な声が、玄関の扉をノックする音とともに響く。


「もう行くんでしょー!」


 待ちきれない様子で、タクトの声が外から聞こえてきた。

 まるで「早く開けてよ」と言わんばかりだ。


 マナはクロエと目を合わせくすりと笑い合うと、小さく息を吐いて扉へと歩み寄る。

 ドアノブに手をかけて開くと、扉の向こうから淡くも鮮やかな朝の光があふれた。


 見送りにきたのはアルト、タクト、それにリラ。


 タクトは早くも明るい声を張り上げていたが、アルトは一歩引いてその光景を眺めている。

 マナとレイの旅立ちを見届ける彼の目には、どこか複雑な思いが浮かんでいるようだった。


「マナにね、お守り作ってきたよ!」


 タクトが胸を張って差し出したのは、小さな布製のお守り袋。

 ちょっぴりと(いびつ)な向日葵の刺繍が施されていて、タクトなりに一生懸命作ったことが伝わってくる。

 

「ありがとう。大事にするね」


 マナはお守りを受け取り、嬉しそうにタクトの頭を撫でた。

 すると、今度はリラが包みを差し出す。


「私からは、これ。旅の途中に食べて」


 リラが持ってきたのは、ふんわりとした焼き立てのスコーン。

 それが数個、布に包まれていた。

 

「わ、いい匂い。おばさんもありがとう。いただきます」


 すぐに手を伸ばし包みを受け取る。

 手のひらに広がる暖かさが身体中に染み込むように感じた。


 マナが笑い、タクトがはしゃぎ、クロエとリラが見守る。

 レイはその様子を少し離れたところから黙って見ていた。

 彼女たちの間に別れの寂しさはなく、むしろ楽しげな空気が広がっている。


 ──また、うだうだと。


 腕を組み玄関の扉にもたれると、マナたちから視線を外した。

 出会いだの、別れだの、思い入れだの、いちいち感慨に浸る人間の営みはどうにも性に合わない。

 よくもまあ、こうも毎回飽きもせず騒げるものだ。

 

 そんなことを思っていると、視界の端でアルトの影が動いた。

 いくばくか乱暴な足取りで、まっすぐこちらへと向かってくる。

 

「なあ。ちょっとこっち来てくれ」


 目を合わせずに告げるアルトに、レイは眉根を寄せた。

 

「……何故だ?」

「いいから」


 険しい顔で何か言いたげな様子のアルトを前に、小さく息を吐く。

 正直、面倒だった。

 だが、マナはまだ出発する気配を見せていない。

 

 仕方なく足を向けると、アルトは無言のまま歩き出した。

 向かう先は家の裏手。見送りに集まった人々の視線が届かない場所だった。

 背中越しに伝わる硬い空気。


 ──何を企んでいる?


 こうして人気のない場所に連れ出す以上、ただの世間話では済まないだろう。

 もし喧嘩を吹っかけるつもりなら、受けて立つまでだ。

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ここまで見ていただきありがとうございます
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更新は遅くて申し訳ないですが、ゆっくりとマナとレイの行く末を見守ってくださると嬉しいです★★★★★
今後ともよろしくお願いいたします
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