第二十四話 日記から、愛を込めて
空白だったはずのページに、今この瞬間に記されたかのように文字が浮かび上がっていた。
それは間違いなく母の字だった。
──今までなかったのに……。どうして?
マナは疑義を抱きながらも、その文字を指で辿り始める。
『愛するマナへ
まずは、ありがとう。
今でもこうして日記を手に取ってくれていること、とても嬉しく思います。
突然このページが現れて、きっと驚いているでしょうね。
マナには手紙とブルーダイヤモンドと、この日記を残していきました。
そしてこのページには、マナが一定の聖力を持たないと出てこない、特別なおまじないをかけていました。
これが見えているということは、聖女として立派に成長しているのでしょう。
私が大聖女と呼ばれるようになる前。
この日記に記したこと以上にたくさんの場所を巡り、多くの人たちと触れ合いました。
その中で、誰かを思い、誰かのために力を使い、そして誰かを愛するということが、私自身を強くしてくれたのです。
このページに気づいたマナはきっと、聖女として私と同じような道を歩もうとしているのでしょう。
もしかしたら、もうすでに村を離れているのかもしれませんね。
でも、私の道筋を辿ることはありません。
マナの歩む道は、マナ自身で切り拓いていくものです。
この日記を断片的に感じたり、物足りないと思った瞬間があったかもしれません。
でも、それは私の願いでもありました。
この広い世界を、あなたの目で見て、知って、心で感じてほしい。
その経験がまたマナを強くしてくれるはずです。
これから先、さまざまな困難や迷いが訪れることでしょう。
でも、マナなら乗り終えていけると、私はそう信じています。
あなたが幸せでありますように。
そして、その幸せが隣にいる誰かの光となりますように。
ずっと、愛しています。
母 ドロシアより』
読み終えたマナの目から涙が零れ落ちる。
そっと日記を抱きしめると、母の温かな思いで心が満たされていくのを感じた。
「お母さん……」
母が残したこのページは、成長を見届けられない無念と未来への祈りが記されいた手紙とは、また異なった内容だった。
それはまるで、聖女として成長するために自分を背中を押してくれるような、母からの最後の助言にも思えた。
「何か書いてあったか?」
レイはマナが泣いている理由には触れず、淡々と問いかける。
彼女は小さく首を横に振って答えた。
「形見については、なにも。でも、それよりも大切なものが書いてあったよ」
日記の中には、求めていた物の明確な答えはなかった。
けれど、そこに込められていた母の思いは、何物にも変えられないかけがえのないものだった。
きっとこれ以上書物を探しても、ブルーダイヤモンドについて書かれている物は見つからないだろう。
でも、いつかわかる日がくるに違いない。
母が残してくれた道標が、その答えを教えてくれるはずだ。
「私、絶対に立派な聖女になるから」
マナは心の中にいる母へ誓いを立てるよう呟くと、日記を丁寧に机の上に置いた。
表紙に手を乗せると、母がその上から手を重ねてくれた気がした。
──お母さん、ありがとう。
マナを纏う空気はどこか凛としている。
涙はすでに乾いており、代わりに茶色の瞳には確かな決意が宿っていた。
「マナー! おまたせ! お昼ご飯にしましょう!」
下から伯母の明るい声が聞こえ、マナの意識が日常へと戻る。
ふと時計を見ると、もう十三時を回っていた。
夢中で探し物をしていたので朝食も取っていなかったと思い出す。
「はぁい! 今降りるね!」
空っぽのお腹を押さえながら下の階へ向かおうとしたマナは、本棚にもたれているレイに目をやった。
感情の読めない横顔に一瞬戸惑ったが、一応声をかけてみる。
「レイも一緒に食べる?」
「いらない」
伏し目がちにそっけなく返ってきた答えは、予想していた通りのものだった。
まあそう言うだろうなと、マナは小さく笑みを浮かべる。
そして昨晩の伯母との会話を思い出して、少し迷いながら口を開く。
「……ねえ。実は昨日、クロエ伯母さんに話しちゃったの。レイのこと」
彼の眉がわずかに動いた。
驚きではなく、ただ面倒事が増えたと察したような表情だ。
マナは慌てて弁解するように言葉を続ける。
「安心して! 悪魔だとか、契約したとか、そういう話は一切していないし、するつもりもないから!」
勢いよく言い切ったものの、自分でも何が『安心』なのかはよく分からない。
とりあえず、なんとかして誤魔化さなければと必死だった。
それからマナは少しだけ声のトーンを柔らかくして、レイにお願いを試みる。
「それでね。もしよかったら……呼んだら下に来てもらえたりする? 伯母さんにレイのこと紹介したいの」
本題に触れたものの、きっと断られるに違いない。
すでにマナの脳内では、彼をどう説得すれば伯母に会わせられるかと必死に考えを巡らせている。
が、予想を裏切る言葉が返ってきた。
「……わかった」
「え⁉︎ いいの⁉︎」
彼を凝視しながら、驚きの気持ちをそのまま口にしていた。
レイはただ頷いただけで、それ以上の説明はしない。
それでも、十分すぎるほどに嬉しかった。
「ありがとう、よろしくね!」
満面の笑みで返したマナは、軽快な足取りで部屋を出ようとした。
その瞬間。
「待て」
レイの手がマナの腕を掴む。
驚いて振り返ると、何の前触れもなく、頬からあの柔らかな感触が伝わってきた。
「面倒なことに付き合わされるんだ。その見返りは、もらって当然だろう?」
キスをしてきたレイは平然と言い放つ。
余裕を漂わせている笑みはこちらの動揺を見透かしているようで、それがまた顔を熱くさせる。
確かにレイからしたら面倒事になるのだろうし、その見返りを求めてくるのも彼らしい。
──わかるけど、心の準備もなしに来られたら……!
でも、準備なんてしたら躊躇う気持ちが増していくだけで、結局生気をあげるまでに至らないはすだ。
それが目に見えているから、彼は隙をついてくるのだ。
レイに言い返す間もなく、「まだ降りてこないの?」という伯母の声が下の階から響いた。
「あ、ごめんね! 今行く!」
慌てて返事を返すと、レイは早く行けと促すように手のひらを軽く振ってきた。
「もう! 呼んだらちゃんと来てよね!」
ふいと顔を背けたマナは、急ぎ足で階段を降りていく。
結局最後はレイのペースに乗せられてしまう。
けれど、この瞬間だけは少しだけ彼のことを許せてしまう気がした。
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