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サムエル王太子の優しさ

それは、残党と呼ぶにはお粗末な一群であった。

アナクレト王に心酔する男達が、友好条約締結の祝賀会に乱入して来たのだ。

数だけは多いが、警備の騎士達の反撃に遭い、広間にたどり着く前に(はば)まれていた。


そこに到着したのは、リュシアンとケーリッヒである。

宰相家の教育を受けながら、武官の道に進んだケーリッヒの腕前は群を抜いている。


「あれで次期宰相か」

面白そうに見ているのは、ケーリッヒ達の後をついて来たサムエル王太子である。もちろん、モーゼフ・ゲオパルドとネバエ・アマンドが警護に付いている。

ケーリッヒも面白いが、やはりリュシアンであろう。

騎士のような正統な剣さばきではないが、美しい容姿と動きに目が惹かれる。

あれで不屈の根性をしているのだから、側に置いたら楽しいだろう、と焦がれていた。


「殿下、申し訳ありません。こちらの不手際です。ゲオパルド卿もアマンド卿も凄腕の騎士と存じておりますが、どうか中にお戻りください」

リュシアンが駆け寄ってきて、サムエルの前に(ひざまず)く。

サムエルに、小さな傷さえつける訳にはいかないのだ。


「夜会より、こちらの方が面白そうだけどなぁ」

軍事大国の王太子であるサムエルも騎士である。

過去何度も、軍を率いて戦場に立っている。

「そうだな、君が私を広間まで案内してくれたまえ」


「はい」

と言って立ち上がったリュシアンは、サムエルの前に立ち案内しようとして、サムエルに手を引かれた。

その手は、リュシアンの腕をサムエルに回させる。まるで令嬢をエスコートするように、リュシアンの手を取ったのだ。

「殿下?」

リュシアンは、王太子に抵抗するわけにはいかない。


その様子を、賊を退治しながらケーリッヒが見ていた。



サムエルにエスコートされて向かったのは広間ではなく、庭の東屋(あずまや)である。

「傷はどうだ?」

モーゼフから報告を受けていても、サムエルは本人から聞きたい。


「もうすっかり、問題ありません。

殿下、ゲオパルド卿とアマンド卿を帰途に同伴していただき、ありがとうございました」

リュシアンは、ずっと言いたかったお礼を口にする。


「いや、私が心配だったから、君が気にする事ではない」

東屋のベンチに座るサムエルが、リュシアンも座るよう勧めるが、リュシアンは決して座ろうとはせず、サムエルの前に立っている。

サムエルはリュシアンに興味を持っている。サムエルは隠そうとしないし、リュシアンが気が付いているのも分かっている。

だからと言って、リュシアンは大国レクーツナの王太子の権力にすり寄ってはこない。

「不自由していることはないか?」


「ありがとうございます。けれど、今が1番自由にさせてもらってます」

サムエルは、あれからリュシアンを調べていた。生い立ちも経歴もすぐに報告が届いた。

「自由か・・」

サムエルは立ち上がり、リュシアンの髪を撫でると、モーゼフとネバエを引き連れ広間に戻って行く。


途中でケーリッヒが礼をしているのを横目で見て、そのまま通り過ぎる。

「大事にしてやれ」

ケーリッヒは何も答えなかったが、礼を崩さず微動だにしなかった。


粛清の王、血濡れの王、と噂されるヘルフリートと違い、サムエルは正真正銘の血濡れの王太子である。

レクーツナ王族は好戦的で、戦場では前線で戦う。

この30年の間に、レクーツナは何度も侵略による戦争を行なっている。

手に入れようと思えば、圧力などいくらでもかけれるだろう。

それをしないのがサムエルのプライドであり、レクーツナ王族の正義なのかもしれない。


ケーリッヒはサムエルを見送ると、庭園の東屋に残されているリュシアンを迎えに向かった。


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