第60話 リンガレング、終末回路ロード
『今のはトルシェの冗談か? 面白いじゃないか。ワハハ』
先ほどの呪いのおかげで自分でも俺たちのテンションが高くなったのが分かる。のけぞって笑っていたら、ふと天井が目に入った。違和感が半端ない。これは罠の感覚だ。
『トルシェ、どんな罠かは分からないが、天井に罠がある』
「わたしにはわかりませんが、いったんここを出ましょう」
キリキリキリ。歯車がかみ合って回っているような音が天井の隅の辺りから聞こえてきた。どうしたのかと見上げていたら、
ゴーー。
そんな音を立てて、天井が落ちて来た。その天井には太めの槍の穂先のような突起物が規則正しく格子状に並んでいる。
『トルシェー! アズラーン!』
バリン、バリバリ。そんな音がして、俺の体は落ちて来た天井を突き抜けていた。すぐ後ろには、トルシェとアズランが何事もなかったように突っ立ていた。
『穿孔光弾で二人分の孔を開けたから問題ありません!』
さすがはトルシェ。俺自身は天井が落ちてきた程度でどうにかなるとは思えなかったが、トルシェとアズランは俺ほど頑丈ではないから、今のにはびっくりさせられた。
足元の元天井の上に立って見回すと、落ちて来た元天井はボコボコになって壊れている。トルシェとアズランの頭の上を見ると、屋根まで突き抜けた大きな孔が開いていて、星空が見えていた。
足元が悪い中、なんとか奥の方に通じる廊下までやって来た。
トルシェとアズランが俺に追いつくのを待って、
『なんだかここはビックリハウスみたいだな。暇つぶしにはちょうどいい』
「さすがは、ダークンさん。言っている意味はわかりませんが、豪快ですよね」
「あなたたちはいったい何なんですか? 私はこういった罠にかからないよう何年も訓練してきたんですよ。それを子どもの遊びのように」
『俺たちは「闇の眷属」だ! アズラン、この程度のことでヒーヒー言ってたら始まらないぞ。それじゃあ、そろそろ奥に行くからな』
「何か、金目の物が見つかるといいですね」
『そういうのが有れば、宝探しみたいでいいな』
「ダークンさん、ここは一応人様の屋敷ですからね。でも、そこがまたいいんですよね」
『だよな、ワハハハ』
「ですよね、ヒャヒャヒャヒャ」
『おぬしも、悪よのー』
「ダークンさんこそ」
二人で漫才をしていたら、アズランには受けなかったようで、俺たちをジト目で見ている。
アズランはどうも真面目過ぎて、ノリが悪い。仕方ない。ここからは真面目に行くとするか。
玄関ホールの先の廊下からすぐに二階に上がる階段があった。一応一階を先に見てしまおうということで、そこは素通りし、先を見てまわると、広間のような部屋や、居間、食堂、厨房といった部屋が連なっていたが、どこに逃げていったのか『闇の使徒』の連中はどこにもいなかった。
途中、トルシェが『収納キューブ』を取り出して目ぼしいものを収納していったのだが、どこまで収納しても物が入っていく『収納キューブ』にアズランがまたまた驚いていた。
『アズラン、俺たちの新しい拠点に戻ったらおまえにも「収納キューブ」をやるからな』
軽くアズランに言っただけなのだが、それにもアズランは驚いていた。
アサシンはやはり特殊な職業だけあって一般常識が欠落しているのだと、この世界の一般常識など何も知らない俺が失礼なことを思ってしまった。
ひとわたり一階を見て回り、目ぼしいものもあらかた回収し終わったので、二階に上がることにした。
先ほどの階段を上り二階に出て廊下に連なった部屋を順番にのぞいていく。そこでも、せっせとトルシェが目ぼしいものを『収納キューブ』に突っ込んでいくのだが、とうとうアズランまでその作業に駆り出された。
トルシェは楽々家具なども抱えてキューブまで持ってくるのだが、アズランは体も小さく非力なので、あまり重くなさそうなものを運んでキューブの中に突っ込んでいた。
『二階にも誰もいなかったなー。それじゃあ三階に行くか。連中の気配が全くしないんだが、どうしたのかな?』
「わたしも、ぜんぜん連中の気配を感じませんねー」
「私もです」
『とりあえず三階を見て、それから考えよう』
「はい」
三階に上がっても状況は変わらず、『闇の使徒』の連中はどこに逃げて行ったのかどこにもいなかった。
『アズランの仇を取り逃がしてしまったが、いなくなったものは仕方がない。アズラン、悪かったな』
「いえ、もう気にしてはいませんから」
「そこはしくじりましたが、いろいろな物が手に入ったし、きょうの収穫は十分でしたから、そろそろ宿に戻りましょうか」
「えーと、そんなのでいいんですか?」
『うん? アズラン、何か他に問題があるのか?』
「いえ、なんでもありません」
玄関から外に出た俺たちは、後ろの屋敷を振り返り、
『この屋敷はこのままでいいかな? ここまで、目ぼしいものが無くなった屋敷だ、最後はぱーと火でもつけて盛大に燃やしてしまいたいな。
そうだ! リンガレングがどの程度のものか試してみるか? リンガレング、出ろ!』
敷地に立つ俺たちの横に、球体形状のリンガレングが現れ、音もたてずに八本の足を延ばし、赤い8個の目を付けた頭を体から出して、あっという間に元の蜘蛛型に戻った。
「な、何ですか?」
『アズラン、こいつは俺たちの仲間のリンガレングだ、安心してくれ。
リンガレング、そこの屋敷を壊せるか?』
『どの程度破壊しますか?』
『どの程度? そうだな、どの程度といってもよく分からないから、適当でいいよ』
『了解しました。それではマスター、破壊中心点は超高温と有害放射線にさらされますのでここより5キロの距離をおいて、待機していてください。
リンガレング、終末回路ロード。……』
これまで、雲一つなかった星空に急に雲が湧き、屋敷の上空で渦を巻き始めた。
『リンガレング! 待て、待て、待て。何をするつもりだ?』
『マスターの指示した対象を原子レベルまで破壊還元するため、終末回路をロードしました。これより、「神の怒り」発動します。危険ですので早急に退避してください』
『おまえの、「適当」は原子レベルまで破壊することなのか?』
『はい』
『「はい」と言われれば仕方ないが、ここは、ほれ、簡単におまえのその手足で壊せないか?』
『了解しました。それでは、リンガレング、終末回路アンロード。……完了。作業開始します。粉塵等が発生しますのでご注意ください』
そういい残しリンガレングが屋敷の中に突入していった。
最初の激突音に続いて屋敷の中から大きな音が聞こえ、あっという間に屋敷が傾き始めたかと思うとそのまま倒壊してしまった。粉塵を上げて倒壊した屋敷の中から一度現れたリンガレングが大き目の破片を文字通り切り刻んでいく。
『すごいな』
「最初からリンガレングを使っていなくてよかったですね」
『だな』
30秒ほどして、リンガレングが戻って来た。屋敷のあったあたりは粉塵でもうもうとしていたが、見上げれば先ほどまで渦巻いていた雲も消えて、満天の星空だ。
「作業終了しました。一応地下階も破壊し、中にいた人種は駆除しました」
『あいつら、地下に逃げこんでいたのか。気付かなかった。俺たちが気づけないような隠し階段でもあったんだろうな』
「リンガレングに駆除されたのなら連中も本望だったんじゃないですか? 何か良さげなものが地下にあったかも知れませんが、回収はあきらめるしかないですね」
何でリンガレングに駆除されれば本望なのかは分からないが、少なくとも30秒ほどで全作業を終えたリンガレングに駆除されたわけだから、あまり痛みは感じなかったろう。
「それじゃあ、帰りましょうか」
『そうしよう。ほれ、アズラン。呆けてばかりいないで、帰るぞ』
「は、はい」
残業を終えた俺たちは、夜道を宿屋に戻って行った。残業代もそれなりだ。もちろんリンガレングは俺の『収納キューブ』に収納済みだ。
結局『闇の使徒』のことは何もわからなかったが、ダンジョンのスライムと一緒で、そういった連中は、すぐに湧いて出るだろうから、また出くわすこともあるだろう。そしたらわが主の御名のもとに天誅だ。いや天誅殺だ。
ダークンたちの神の御名は『常闇の女神』です。




