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そして夢は続いていく

 久々に訪れた鳳凰出版の打ち合わせブースの片隅で、僕はかつての夢の跡をなぞりながら座っていた。

 今日も沢山の人達が打ち合わせを行っている。


 モデルさんのような綺麗な人の座るテーブルにはカメラマンやらお洒落な服装の編集者の人がいて華やかだ。 

 ノーネクタイで鮮やかな色のジャケットを羽織る髭の人は有名な作家さんなのか、男性の編集者と談笑している。

 その向こうにはガチガチに緊張した様子の若い男の人が編集者の言葉に何度も頷いていた。きっと新人作家さんなのだろう。萎縮しているようで、でもその瞳は気迫を漲らせている。


「ねえ、あの人ってモデルの『さぁちょむ』じゃない? ヤバい」


 僕の隣に座る瑠奈さんは小さな声で興奮していた。

 呼ばれた理由は詳しく聞かされていない。ただなぜか出来れば瑠奈さんも一緒に連れて来て欲しいと言われていた。


 なんで呼ばれたのだろうと考えると緊張で心拍数が増えてしまう。

 瑠奈さんと二人で書店巡りをした結果、僕の本はじわじわと人気を伸ばして今や話題の書となっていた、などという夢物語は残念ながらない。


 書店巡りの効果などほとんど何もなくて、あのあとも僕の小説はネットの片隅ですら話題になっていない。


(本当になんで呼ばれたのかな……)


 まさか売れなかった損害を賠償しろとは言われないだろうけど、全く売れなかった作家を、しかもその彼女込みで呼ぶ理由なんてろくなものがなさそうな気がした。

 思い当たる節はただ一つ。勝手に書店回りの営業をしたことだった。

 出版社の断りなく行ったのがよくなかったのかもしれない。


「すいません。お待たせしちゃって!」


 宇佐美さんは少し慌て気味にやって来た。相変わらず忙しそうだ。

 きっと売れると信じて、今日も新しい作品の編集やら来月に発売になる新刊の装丁の打ち合わせやらに奮闘しているのだろう。


「三郷さんまでお呼びだてしてしまってすいません」

「いえいえ。一度来てみたかったんです! ありがとうございます」

「書店への挨拶周り、三郷さんも一緒に行って下さったんですって? ありがとうございます」


 早速その話題になり、思わず身構えてしまう。


 「えっ!? なんで知ってるんですか?」と瑠奈さんも少し焦っていた。

「挨拶回りして下さった書店さんの一つがお礼の連絡をしてきてくれたんですよ」

「すいませんでした! 勝手なことをして!」


 和やかな雰囲気ではあったが、僕は叱られる前に謝った。


「……え?」

「勝手に本屋さんに営業するとか常識に欠けてました」

「い、いや……うちとしては有り難かったんですけど?」

「そ、そうなんですか?」


 意外なリアクションに肩透かしを喰らった。


「書店さんへの挨拶は大切ですからね。ありがとうございます。それに書店員さんは御影先生が彼女さん連れて来てくれたって嬉しそうに話してましたよ。今日はそのお礼が言いたくて三郷さんにもご足労頂いたんです」

「かっ、彼女さんって……一緒に書店回りしたのは私とは限らないんじゃ──」

「え? 御影先生の彼女って三郷さんじゃないんですか?」


 宇佐美さんが戯けながら訊くと、瑠奈さんは肩を窄めて「私です」と恥ずかしそうに答えていた。


 ほのぼのとした雰囲気になってきたが、まずは宇佐美さんに、鳳凰出版に謝っておきたかった。


「僕が不甲斐ないばかりに作品がヒットしなくてすいませんでした。宇佐美さんも、点Pさんも、営業の方も、印刷会社の人も、書店員さんも皆さん頑張って下さったのに」

「頭を上げて下さい、先生。こちらこそすいませんでした」


 宇佐美さんは申し訳なさそうにそう言った。


「御影先生の作品がヒットしなかったのは、私の、うちの会社の力が及ばなかったからです。すいませんでした」


 誰が悪いなんて分からないし、分かったところで仕方ない。

 僕にだってそれくらい分かっていた。

 謝ったのは引き籠もっていた時のような、卑屈な気持ちからではない。作者としてけじめをつけるための謝罪のつもりだった。


「今日御影先生に来て頂いたのは、その話じゃないんです」


 宇佐美さんは切り替えたような笑顔に変わり、数枚の紙を渡してきた。

 そこには『新企画について』というタイトルがつけられていた。


「前にもお話ししたかと思いますが、弊社としては作品だけではなく、御影先生個人にも大変期待をしております」

「はあ……」


 確かにそんなことを言われた記憶はあったけど、社交辞令と聞き流していた。


「今回の改稿を通じて私も、そして編集長も、その想いが強くなりました」

「そうなんですか?」


 締め切りを破らないようにということは気を付けていたけれど、そんなに褒められるようなことをした覚えはなかった。


「特に新しいキャラクターを追加し、その新ヒロインを瑞々しく描ききったことには驚いております」


 そう言って宇佐美さんは意味ありげに瑠奈さんの顔を見て微笑んだ。瑠奈さんは恥ずかしいところを見られたように顔を赤らめ、視線を斜め下へと落とす。


「そこで御影先生の次回作も是非弊社で刊行させて頂きたいと考えております」

「えっ……ええっー!? い、いいんですかっ!?」

「はい。『異世界を救うなんて』の続刊を出せないのに、こんなご依頼をするのは失礼だということは重々承知しております。でも弊社としては先生の新たなる世界を見てみたいんです」

「ありがとうございますっ! 書かせて頂けるのであれば、挑戦してみたいです」

「今回は書き下ろしになりますので、申し訳ありませんがいつ出せると確約できるものではないんですけれど。それに大学受験もありますので、来年以降の話になります」

「もちろん。それで結構です。ありがとうございますっ!」


 力強く頭を下げてから、僕は鞄からプリントアウトした紙を取り出した。

 実は図々しくも僕は新企画のプロットをいくつか持ってきていた。


「これは新作のプロットです!」

「え? そんなの持ってきてたんだ? すごいじゃん、高矢!」


 大人しくかしこまっていた瑠奈さんが、急に嬉しそうに声を上げた。


「え? そうなんですか。ありがとうございます」


 しかし宇佐美さんは微妙な表情を浮かべて受け取った。


「高校生が超能力を持ったローファンタジーのものと、竜に育てられた少年の話と、魔王軍の参謀が苦悩するコメディと、それから──」

「あの、御影先生……」

「はい?」


 勢いよく説明する僕を宇佐美さんが申し訳なさそうに制した。


「実は次回作として書いて欲しいものがありまして……」


 先ほど渡された『新企画について』という紙を手に取った。


「あ、テーマがあるんですね」

「すいません。先生の作風を見て、編集長が是非この企画を、と言ってきまして……」

「いえいえ……」


 つい独り善がりに熱くなってしまったことを恥ながら、企画に目を通す。瑠奈さんも脇から覗き込んできた。


「ええーっ!?」

「こ、これって……」


 半分も読まないうちに僕と瑠奈さんは声を上げてしまった。


「今回先生にご依頼したいのは、ライト文芸的なラブストーリーなんです」


 宇佐美さんは僕と瑠奈さんを交互に見ながら微笑んだ。


「いやいやいやっ! 無理ですよ!」

「大丈夫ですよ。企画書を最後まで読んで下さい」


 そう促されて先を読む。

 内向的で人と関わりたがらない主人公は何らかの特殊能力がある。

 ヒロインは主人公を振り回す自由気ままな女の子で、主人公に特殊な能力があると知らずに絡んでくる。

 というのが基本的なコンセプトらしい。


「これって……」

「もちろんこれは叩き台なので変えて頂いても構いません。大切なのはラブストーリーでちょっと切ないというところです」

「そんなっ……一番僕に向いてないテーマだと思うんですけど……?」


 僕の隣で瑠奈さんは顔を赤らめて固まっているのは、『R15位の展開があった方がいい』という一文に反応してのことなのだろう。


「そんなことありません。今回の改稿で初々しくて生々しい恋の物語を書くのがお上手だと判明しましたから」

「それは僕の力と言うより──」


 そう言いかけると、隣に座る瑠奈さんにテーブルの下で脚を蹴られた。


「どうでしょうか? 書いて頂けますか?」

「それは……」


 即答できずに固まりかけた時──


「やってみなよ、高矢!」


 瑠奈さんが僕の背中を押してくれた。精神的にも、物理的にも。


「せっかくのチャンスなんだから。これは書ける、これは書けないなんて自分で決め付けないでさ。プロの編集者さんが書けるって言ってくれてるんだから、きっと高矢なら書けるよ」


 瑠奈さんは真剣な眼差しで僕を見詰めていた。

 僕は小さく頷いてそれに応えた。


 今はまだ、自分が何者なのかを決めつけるのには早すぎる。

 足掻くだけ足掻いて、やれるだけやってみて、それでも駄目だったらそのときに考えたらいい。


「やります。やらせて下さい!」

「はい。お願いします、御影先生」


 先生と呼ばれるのはまだ馴染まなかったけど、最初に呼ばれたときよりは、恥ずかしさも違和感も小さくなっていた。



 ────

 ──


「恋愛小説か……」


 しかも今回は予め書き上げた原稿すらない。完全新作だ。

 鳳凰出版を出て地下鉄の駅へと向かう最中、早くも僕は不安に駆られていた。


「なにっ!? 依頼を受けたこと、もう後悔してるの!?」

「後悔はしてないよ。でも、不安だなぁって思って」

「もうっ……大丈夫だって。私だってまた協力するし」


 そう言って瑠奈さんは胸を張る。


「ありがとう。そうだね頑張ってみるよ」

「そうそう。その意気だよ」

「あっ、でも」


 ふと企画書の内容を思い出す。


「なに?」

「いや、ほら……R15的な展開もあった方がいいっていう、あれも……協力してくれるの?」


 全く経験がないものは書きようがない。

 それ以外他意がなかったと言えば大嘘になるが、他意がない振りをしてしれっと訊いてみた。

 瑠奈さんは見る見る顔を赤くして、僕の二の腕をぱちんと叩いた。


「はぁ!? 馬鹿じゃないの! キモいっ!」


 そう罵って早歩きになって僕を置いていこうとする。


「ちょっ……ごめん。ちょっとからかっただけだから!」


 そんな風に謝りながら、今の『キモい』はどんな意味の『キモい』だったのかを頭の中で想像していた。





 書籍化が決まったけど恋愛部分に大幅改稿を求められました 〈終わり〉


 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 本作品は自著『時間遡行で学生時代に戻った僕は、妻の恋を成就させたい』の出版記念企画の第一弾として書かせて頂いた作品です。


 とはいえもちろん私の改稿作業にこんな爽やかでキラキラと輝いた時間はありませんでした。


 ただところどころ実際の出来事もありますし、不安や葛藤などはそのままの気持ちを書かせて貰ってます。

 ちょっとでも生々しいものを感じて貰えれば嬉しいです。



 私の作品は悲しく切ないものが多いですが、本作は明るく爽やかなものにしようと思い書ききりました。

 もちろん挫折やら嫉妬やらそんなものは散りばめられていますけれど。


 ちなみにこの作品は続編を書く可能性があります。恐らくその内容は書籍の売り上げによって変わると思いますが。

 高矢が売れない作家となりもがき苦しむか、売れたことによって煩悶するか、いずれにせよ悩み苦しむことでしょう。

 (と言いつつ書かない可能性も大いにありますけ)


 さて、次回作は短編小説の予定です。

 短編といっても五万字以上あるようなものですけれど。

 タイトルは『間もなく死に逝く君の初恋』です。

 幼馴染みとの切ない恋の物語となります。

 心を抉るような内容ですけれど、よかったらそちらも読んで下さると嬉しいです。


 書籍版『時間遡行で学生時代に~』共々よろしくお願い致します!


 それではご愛読、ありがとうございましたっ!


 しばしのお別れです!

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