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プロローグの終わり

「言っとくけど私だって高矢の小説の才能だけが好きなわけじゃないからねっ」


 守るより攻めた方がいいと判断したのか、瑠奈さんは目許に力を籠めて言ってくる。好きなところを伝えるにしては険しすぎる表情だ。


「私が無茶振りしても冷静に受け答えするとこも好きだし、すぐに怒っちゃう私を上手にあしらってくれるところも好き。それにいつも相手の気持ちを考えながら人と接するところも、すごいなぁって尊敬してる」


 はじめは勢いがあった口調も途中から恥ずかしくなったのか次第に萎んでいき、最後の方は消え入りそうなくらい小さな声になっていた。

 僕自身は欠点だと思っていた人の顔色を伺いながら話すことも、瑠奈さんから見れば『相手の気持ちを考えながら人と接するところ』という長所になるのが驚きだった。


「ありがとう。なんか、照れるね」

「あ、見た目も……ちょっと頼りなさげだけど嫌いじゃないよ」


 お互いを照れさせる対決でもしているかのように、僕たちは真っ赤な顔をしていた。まだ明るい公園で何してるんだって恥ずかしくなるけど、久し振りに想いを確かめ合ってちょっと嬉しくなる。


「あ、でも今日高矢と会うまでは怒ってたのを忘れていた!」

「……え?」


 いい感じになりかけたムードを、瑠奈さんがぶち壊す。

 僕は手を握ろうとして伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。


「ちょっと小説が売れなかったくらいで落ち込んで、学校までサボって引き籠もるとか、超最低ってムカついたんだから」

「そ、それは、まあ……」

「それにデビュー作が売れないとか当たり前だし! ヒットする本なんてそうそう簡単には生まれないでしょ。一作目から当たる人なんてごく僅かなんだから、いちいちそんなことで落ち込まないでよね!」


 落ち込んだ僕を励まし、一緒に書店挨拶回りをして、思い出の公園で気持ちを確かめ合う。この流れでもう僕がいじけて引き籠もっていたことは帳消しにしてくれるのだばかり思っていたが、甘かったようだ。


「ごめん……なんかあまりにも売れなくて、世の中から否定された気になっちゃってたから……」

「それで自己否定して悲劇のヒロインに酔い痴れてたってわけ? 情けない。そんなんじゃ私の彼氏失格だし」


 相変わらず容赦ない言い方だ。けれど瑠奈さんから厳しく叱られ、不思議と心が楽になる。

 きっと僕は、叱られたかったんだと思う。


「これからは辛かったり、苦しかったら私に言ってよねっ!」

「うん。分かった」


 しかし謝ろうが、非を認めようが、瑠奈さんの攻撃の手は止まない。


「だいたい高矢は彼女をなんだと思ってるのよ。そんなに私じゃ頼りなかった? 相談相手にならなかった? それとも彼女に弱音を吐くのがカッコ悪いとか思っちゃったわけ? そんなの寂しいじゃない。そういう時こそ──」

「もう分かったよ」


 僕は瑠奈さんの手首を掴み、これ以上喋らせないようにキスをした。


「んっ!? んんーっ!」


 瞬間、目を見開いて驚いた瑠奈さんだったが、僕がすぐにキスを解かないと分かると諦めたように力を抜いた。

 数秒後に顔を離すと瑠奈さんは「ずるい……」と不服そうに唇を尖らせた。


 誰も見てなかったかもしれないけど、公衆の面前でキスをするというのはかなり恥ずかしいし、マナー的にもどうなのかと思う。

 でもきっと道行く人も若いカップルだからその辺は見逃してくれるだろう、きっと。


「瑠奈さんに表紙を描いてもらえるように、これからも頑張って書いていくよ」

「うん。頑張って。私もすぐに追いつくから」


 何気ない振りを装ってベンチの上に置かれた瑠奈さんの手は、僕に握られるのを待っているように見えた。

 静かに重ねると瑠奈さんは「んふっ」と鼻から空気を漏らすように笑った。


 僕も何気ない振りを装って肩を少しだけ瑠奈さんに近付ける。

 瑠奈さんは電線に止まるスズメのように、ちょこんとそこに頭を寄せて来てくれた。


 まだ始まったばかりだ。

 僕の青春も、恋も、執筆活動も。

 諦めるのも、醒めるのも、そして成功するのもまだ早すぎる。

 その先になにがあるのか、確かめに行きたい。瑠奈さんと一緒に。


 微睡むような春の陽射しの中、僕はそんなことを考えていた。


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