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爆ぜても構わない

 瑠奈さんは照れを隠すように怒った振りをしている。

 こんな素敵な女の子が彼女になってくれた。嘘のような現実は喜ぶとか驚くとかを超越し、ただ信じられなかった。


 (……ところで恋人となったら、なにをしたらいいのだろう?)


 情けない話、僕はそれを知らなかった。

 恐らく僕の目の前でおろおろしすぎて眼鏡がズレてしまっているこの人も知らないのではないだろうか?


 今すぐスマホで検索してみたいが、さすがにそれは最低の悪手だということは僕にも分かっていた。


「あ、あの、瑠奈さん」

「ッッ……」


 少し上擦ってしまった声で呼び掛けると、瑠奈さんは俯いたままびくんっと肩を震わせる。そして座ったままの姿勢で後退り、僕との距離を取る。

 その行動を見て、瑠奈さんがどんなことを想像しているのかを察してしまった。


(い、いやいやっ……いきなりキスとか、そういうのはないからっ……)


 僕の脳の思考回路は焼き切れ寸前になってしまう。


「あ、あの……これからも、よろしく……お願いします」


 絶対に不正解だと思うけど、他にどうしていいのか分からない僕は両手をついて頭を下げる。


「ぷっ……はははっ! なにそれっ!」


 瑠奈さんは緊張の糸が切れたように笑った。


「なにって……あいさつ?」

「うん。高矢らしくていいと思う」


 瑠奈さんは笑いながら居住まいを正して、僕と同じように手をついて頭を下げた。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


 立派な家柄のお嬢様だと判明したからなのか、その所作がやけに板についているように見えてしまうから、僕も単純だ。


「あ、そうだ!」


 不意に何かを思い出したように、瑠奈さんは僕の隣に座ってスマホを翳した。


「ほら、笑って!」

「しゃ、写真撮るの?」

「そうだよ。付き合った記念。当たり前じゃん」

「そうかなぁ?」


 あまりそんな話聞いたことがない。なんだかモテない男子のような発想にすら思えたが、怒られそうだから言わなかった。

 それに嬉しそうにピースサインをしている瑠奈さんは可愛いから、なにをしても許せてしまう。爆発しろと言われても仕方ない状況なのは自覚している。

 

「うん! 良く撮れてる!」


 画像を確認しながら瑠奈さんは満足げに頷く。


「なんか僕は半笑いで微妙な顔だな」

「そう? いつもこんなもんだよ?」

「ええー!? そうなのっ!?」


 ぎこちなくにやけてるし、目もなんか半開きっぽくてイケてない。瑠奈さんの目にはいつもこんな風に見えてるのならばちょっと切ない。


「もうっ! なに凹んでるの!」

「へ、凹んでないしっ」

「もっと自信持ってよね!」


 ぱちんっと背中を叩かれ、思わず「ひゃひっ!?」と間抜けな声を上げてしまう。


「高矢は意外と悪くない顔立ちだよ。貧相に見えるように自分で縮こまってるだけで」

「そ、そうかなぁ?」

「知的でクールな感じでカッコいいよ。鼻は低いし、眉も弱々しい感じだけど」

「全然フォローになってないしっ!」

「私の彼氏なんだからね? もっと自信持ってもらわなきゃ困る」


 瑠奈さんは少し赤らめた顔で、照れ隠しのように俺の頬をむにーっと引っ張る。


「痛たたっ……やめてよ」

「ごめんっ。痛かった?」


 瑠奈さんは慌てて頬を離して擦ってくれる。

 本当はそれほど痛かったわけではなかったけど、ちょっとだけ痛かった振りを続けてしまった。

 そのまま見詰めあっていたら微妙な空気が流れ出してしまう。


「だ、駄目だからねっ……」


 瑠奈さんはたじろいだ様子で僕から遠離るように身を反らす。でも嫌がっているというよりは、戸惑っているという感じだった。


「瑠奈さん……」


 手を伸ばし、瑠奈さんの髪に触れる。艶やかで、細く、しっとりとした手触りの髪質だった。ショートヘアを指で掬い、耳にかける。露わになった耳はやや大きくてぴんっとしていた。

 それを愛でるように指で優しく摘まんだ。


「んぅ……」


 びくんっと震え、片目を閉じ、薄く開いたもう片方の目で見詰められる。

 反応が可愛すぎて、更にぷにぷにと弄んでしまった。


「え、えっちなこと、しないでよっ……変態っ……」

「耳を触ったくらいで酷い言われようだなぁ」


 後頭部を軽く抱き寄せると、抵抗もなく瑠奈さんの顔が僕に近付く。

 息がかかるくらいの至近距離。猫のような瑠奈さんの瞳の中には、緊張した顔の僕が映っていた。


「好きだよ、瑠奈さん……」

「……うん。私も……高矢が、好き……」


 もう一度気持ちを確かめ合ってから、ゆっくりと唇と唇を合わせた。

 全神経が接触したそこに集中していた。ぷにっとした柔らかさは想像以上で、脳の奥がふらっとするほど煮え滾ってしまう。


 唇だけで触れ合うキスなのに、深いところで繋がる気がした。

 数秒で唇を放し、おでこをくっつけ合った姿勢で見詰めあった。

 瑠奈さんは真っ赤な顔をしていた。きっと僕も似たようなものなんだろう。

 僕のキスがいかに下手くそだったのかは、キスの瞬間にぶつかってズレてしまった眼鏡が物語っていた。


「ごめん。眼鏡、ズレちゃったね」


 それを直すのを口実に顔に触れ、そのまま瑠奈さんの頬に手を添えた。瑠奈さんは擽ったそうに顎を引くが、おでこはくっつけたままだった。


「あー……ヤバい……」

「なにが?」

「高矢が好きすぎて、おかしくなりそう……」

「なにそれ。僕もだけど……」


 僕たちは指を絡め合い、何度も何度も啄むようなキスを繰り返した。唇を合わせば合わすほど、そして口に出して想いを伝えれば伝えるほど、好きという気持ちが強くなっていく。


 いつまでも瑠奈さんとこうしていたかったけれど、高校生の僕たちには時間が限られている。

 玄関まででいいと言っておいたのに、瑠奈さんは結局駅まで見送ってくれた。

 名残惜しい気持ちは一緒なんだと思うと、嬉しかった。


「じゃあ、また明日」

「……うん」


 駅までの道はいつも通り元気だったのに、改札の前まで来ると瑠奈さんは萎んだ花のように俯いた。また明日逢えるのに離れがたかった。

 今まで駅の改札付近でいちゃついてるカップルを見る度に、なぜそんなところでいちゃついてるのか理解できなかったが、今僕はそのメカニズムを理解した。

 けれどさすがにここでキスをする度胸はない。


「瑠奈さん……」

「あー、なんかもうっ! 今の私、なんか嫌っ!」


 瑠奈さんは突然気合いを入れ直すように顔を上げて自らの頬をパシパシッと叩いた。


「出版まであと少し! 最後まで頑張ろうね!」

「うん。ありがとう」


 景気づけのように僕たちはぱちんっと手を合わせた。

 瑠奈さんは可愛いし、一緒にいて面白い。しかも創作を通じて互いに切磋琢磨して成長できる最高の恋人だ。

 書籍化から突然賑やかになり始めた僕の青春は、いつもその中心に瑠奈さんがいた。


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