ダダ漏れの心の声
「えっ……?」
瑠奈さんは驚きすぎて思考が停止したように、口をぽかんと開いていた。
失っても構わないと思って気持ちを告げたのに、どうしても失いたくないという恐怖で身体が震えてしまっていた。
「僕の小説のために恋人の振りをしてくれてるって分かってる。恋愛経験のない僕に、恋をしたらどれだけドキドキして、どれだけ毎日が愉しいか教えてくれた。でもそれと同時に恋って愉しいだけじゃないってことも教えてくれた。不安で寂しくて、分かり合えてるはずなのに孤独で、すごくドロドロした嫉妬心みたいなものもあって、でもそれが恋なんだって」
堰を切ったように溢れる僕の言葉を瑠奈さんは黙って聞いてくれている。
少しでも心に刺さればと足掻くように、僕は言葉を止めなかった。
「本気で好きになってはいけないって必死に努力もしたよ。僕の小説のために瑠奈さんは協力してくれている。それなのに本気に好きになるなんて、瑠奈さんの善意につけこんだ卑劣なことだから。でも止めようとすればするほど、どんどん瑠奈さんが好きになっていってしまう」
どういう意味なのか、瑠奈さんは苦笑いをして首を振っていた。
「雨上がりの水たまりに空が映っているのを見ても、一粒五千円の苺があるとテレビで言ってるのを観たときも、大人気の漫画が実写映画化されたポスターを見掛けたときも、瑠奈さんならなんて言うかな、どう思うかなって……気がつけば、いつも瑠奈さんのことばかり考えるようになっていた」
「なにそれ? ヤバいよ?」
「うん。そう。ヤバいという自覚はある。はじめは認めないようにしてたんだけど、もう無理だよ。どうしようもないくらい、僕は瑠奈さんが好きなんだ」
きっぱりと言い切ると瑠奈さんはふわっと顔を赤く色付かせた。
「絵に情熱を傾けるところも、強気なくせに変なところで自信をなくすところも、案外嫉妬しちゃうところも、真面目に僕と向きあってくれるところも、僕の常識では考えられないような言動も、すぐにからかってくるイジワルなところも、みんな好きなんだ」
声も身体も、いつの間にか震えが止まっていた。
もし受け入れて貰えなかったらと思ったら、やっぱり怖い。けれども言い出せないまま、このまま僕たちの関係がぼんやりと終わってしまうよりもいい。
真っ赤な顔をした瑠奈さんは少し不服そうに僕を睨んでいた。
「顔は?」
「え?」
「見た目はどうなのかって訊いてるのっ!」
どこか身に覚えのある展開だった。
確か仮初めの恋人契約をするときに告白したときも同じような展開だった。
「も、もちろん見た目も好き、ですっ……」
「もうっ……前も同じ注意したのにっ……そういうとこ、気を付けてよね……」などとブツブツと小声で文句を言っている。
瑠奈さんの顔を見詰めて答えを待つ。
一秒一秒が長くて、気が遠くなりそうだった。
「な、なに? なに見てるの?」
「なにって……返事は?」
「はあ? 察してよ、キモいっ!」
面と向かって罵られ、さすがに心が折れた。
キモい男子だって恋くらいする。
隠さずになんでも言い放つ瑠奈さんが好きだけど、さすがにここだけはもう少し濁して言って欲しかった。
「てか高矢ってここまでしなきゃ動けないわけ?」
「え?」
「わたし何回も高矢に『コクッていいよ』オーラ出してたよね!?」
「…………へ?」
「それでもコクって来ないからやっぱ菜々海ちゃんが好きなんだなぁーって思ったり、それともただ単に度胸がないから言ってこないのかもとか期待したり」
「こ、香寺さんは……なんとなく憧れていた程度で……今に思えば好きとかとは違うのかも……」
少し都合のいい嘘を混ぜたからか、瑠奈さんは疑り深そうな眼でじとーっと僕を睨んだ。
「もう関係終了するくらい脅してやらないと動かないかなって。でもたとえ仮であっても『彼女』というポジション失うのも怖かったし……」
「そ、それって……」
まさかさっきの『キモい』っていうのは『はい。慎んでお受け致します。ふつつか者ですがよろしくお願い致します』という意味だったのだろうかっ……!?
「すごい勇気がいったんだからね! 空中ブランコを放して先の空中ブランコを掴む的な? そんな恐怖。で、ようやく告白してくれたと思ったら、「返事は?」とか。ほんとあり得ない」
「……要するに、返事はオッケーってこと?」
「はあ? ま、まあ、そこまで高矢が言うなら……付き合ってあげてもいいけど?」
心の声ダダ漏れ的なことを聞かされた上でそう言われてもリアクションに困ってしまう。
「えーっ……と……それってつまり……瑠奈さんも俺のこと、大好きってこと?」
「なんでそうなるのよ! 聞いてなかったわけ!?」
「いや、ちゃんと聞いてたからそう思ったんだけど……」
ここまで怯んでいる瑠奈さんを見るのははじめてだった。
今までからかわれてきた分、仕返ししてやれという嗜虐の気持ちが湧いてくる。
「そっかごめん。そこまで僕が望むなら付き合ってあげてもいいってことだったね」
「そ、そうよ。まあ、高矢といると意外と面白いし」
「でもいいよ。今までも仮の恋人として無理に付き合ってくれたんだから、これ以上迷惑かけられないし」
「べ、別にっ……私がいいって言ってるんだからいいでしょっ」
表情をコロコロ変えるところが可愛くて面白い。
「いや、だって本当に付き合うとなればこれまでとは違うよ?」
「え? そうなの? たとえば?」
「そりゃ『七つの掟』みたいなものもなくなるし」
「えっ、えっちなことしたいだけなのっ!? 最低っ!」
「なんでその七番目のルールばかり意識してるんだよ」
なにを想像しているのか、瑠奈さんは気まずそうに肩を窄めて、意味もなく指で髪を弄っている。
「小説の展開にないようなこともするだろうし、どちらかが関係をやめようって言ったからって簡単にはやめられないんだよ?」
「それくらい、別に当たり前だし……あ、でも、喧嘩してもすぐに仲直りするっていうのは継続だからね!」
転ばぬ先の杖のように慌てて付け加えてくる。これまでのパターンを見ても、喧嘩の火種を作るのは大抵瑠奈さんの方だからだろう。
「その前に喧嘩になりそうな問題発言や突飛な行動を控えるというのを加えようよ」
「なんでよっ! だいたいさっき高矢も私のそういうイジワルだったりからかってくるとこが好きって言ってたくせにっ」
「それは、まあ……確かに」
うっかり口を滑らしてしまったことを後悔する。
というか、瑠奈さんはいつもの斜に構えた余裕がない。なんだか僕ごときに押し切られそうなほど、動揺していた。
「あの……瑠奈さん?」
「なに?」
「勘違いだったら悪いんだけど……もしかして……今まで男の人と付き合った経験ない?」
漫画のようにビクッと震えたのが分かった。
これはもう、間違いない。
可愛いし、性格も明るいから彼氏なんて普通にいそうな気がしていたが、どうやら瑠奈さんも付き合ったことはないようだった。
「そ、んなこと……内緒に決まってるしっ……」
「へぇ……うん。分かった」
「なによ、その言い方っ!」
「なにも言ってないけど?」
「何も言ってなくても何か考えてる顔してるでしょ、絶対っ! 言っとくけど私モテるんだからねっ!」
「うんうん。そうだと思うよ」
半開きの眼でニヤニヤ笑いながら頷くと、瑠奈さんは余計にヒートアップしてしまう。
「本当なんだから! 彼氏なんて何人もいたしっ……わたし、超ビッチなんだからっ!」
「いや……それは自慢にならないから。てか本当にそうだったら引くし」
「そ、それは嘘だけどっ!」
慌てて取り消す姿が間抜けで可愛かった。




