ヒット祈願の値段
歩き始めると今度は二人ともなにも言わず黙ってしまい、それはそれで気まずかった。
「あ、そうだ。実はね、繁子ちゃん」
「……なんですか?」
もはや繁子を訂正するのも面倒なのか、ジトッとした目だけで抗議してくる。
「年が明けて情報解禁になったから言うけど、僕の小説『異世界を救うなんて僕には荷が重すぎました』が書籍化することになったんだよ」
「えっ……」
もっと驚くかと思いきや、彼女の反応はかなり薄かった。
と思いきや──
「ええーっ!? うそっ!? 本気で言ってるんですかっ!?」
数秒後に大声を上げて驚いた。驚きすぎて思考がフリーズしただけのようだ。
「うん。まだ詳細は言えないんだけれど、三月に発売予定なんだ」
「すごいっ! ボクも絶対書籍化すると思ってたっ! やったね、御影先生っ!」
興奮状態の繁子ちゃんはパシパシと僕の二の腕辺りを叩く。そのたびに振り袖がぷらんぷらんと揺れるのが、なんとなく喜んで尻尾を振る犬のようで愛嬌を感じてしまう。
「ありがとう」
僕の作品が人気を博しはじめた頃『どっかのラノベレーベルさん、書籍化して下さいっ!』と感想をくれていた繁子ちゃんだから、喜びもひとしおなのかもしれない。
「絵師はっ!? レーベルはっ!? 発売時期はっ!? 文庫なのっ!? 単行本!?」
興奮止まない繁子ちゃんは矢継ぎ早に訊いてくる。
「ごめん。まだそう言う具体的なことは情報解禁になってなくて……」
「そっか。やっぱり書籍化となると機密情報も多いんですね。あー、楽しみだな!」
繁子ちゃんは意外と聞き分けよく引き下がってくれた。しかしまだ興奮冷めやらぬ感じで目を輝かせている。
「与市はプロの書籍化されたものしか読んでないだろうから、この自分が応援していた作者がプロレビューする喜びとか分かんないんだろうなぁ」
「なんだよ、その言い方。そういう繁子だって親友が作家デビューする驚きと興奮知らねーだろ。てか友達いないから一生無理か」
「はあ? 友達はいますんで。ご心配なく」
結局話を逸らしても口論をはじめてしまう。元の木阿弥だ。
「それにボクの的確なアドバイスが書籍化に少しは役立ってると思うしっ!」
「はあ? なに自分の手柄みたいに言ってるわけ?」
与市は「お前からも言ってやれよ」という感じに視線を送ってく。出来ればどちらの味方もしたくないので事実だけを答えることにした。
「いや、実際に参考になったよ。自分の作品が客観的に見てどう駄目なのか、足りないのかって分かったから」
「ほらっ! やっぱりボクが正しいっ!」
「マジかよ、高矢っ……」
「いや、まあ……問題を指摘されて怒る人もいるし、凹む人もいるから、あくまで僕の場合は、だけどね」
一応与市のフォローもしておく。けど繁子ちゃんの言うことは、僕にとっては正しかった。
もちろん言われたとおりに直したわけではない。けど真剣に読んでくれる読者の、なにが足りなくて、なにが分かりづらいのかという指摘はとても参考になった。
内容を指摘にあわせるのではなく、不満に思われているところの説明を増やしたり、描写を変えたりと改稿した。
それらの修正でクオリティーが上がったことが書籍化にプラスに働いたことは間違いないだろう。だから僕は繁子ちゃんだけでなく感想をくれた全ての読者さんに感謝していた。
初詣客で賑わう境内を歩いて行くと参拝の行列の最後尾に辿り着く。左右にはお祭りさながらに出店が並んでいて、焦げた醤油やソースの香りが食欲を刺激してくる。
列に並んでいる間も繁子ちゃんはアニメ化まで行って大ヒットを飛ばしている作品名を例に挙げては、夢見心地で僕の書籍化について語っていた。
「言っとくけどそんなにヒットはしないと思うよ?」
「えー? そうですか?」
「別にコケる前から言い訳するわけじゃないけど、そういう大ヒット作とはレベルが違うから」
ついいつもの癖で弱気の発言をすると──
「そんなことないですよ!」
「そんなことないって」
繁子ちゃんと与市はハモりながら否定してきた。それが気まずかったのか、二人ともムッとした顔をして視線を交わした。
「御影先生の作品はオリジナリティあるし、ポテンシャル高いですよ。アニメ化作品にもひけは取りません」
「ああ。高矢の世界観は悪くない。アニメ化するかは分からないけど、そんなに卑下するほど悪くないから」
お世辞を言っているわけではないのは表情を見れば分かった。けれども僕は首を横に振る。
「ベストセラーもアニメ化も、きっともっと光るなにかを持った作品なんだよ。僕なんて一社からしかオファー来なかったし、きっとそこまでは辿り着かない」
「そんなことないですって。出版社から声がかかったんですから、もっと自信を持って下さいよ」
繁子ちゃんは両手で拳を握り、鼓舞するようにギュッと胸元でファイティングポーズを取る。
「書籍化の話が来たのだって純粋に実力だけじゃないし。あの巨大サイトでたまたま人気が出たからだよ」
この出版不況と叫ばれて久しい世の中で、唯一売上を伸ばしているのがWeb小説だ。
特に僕の投稿しているサイトは書籍化も多く、成功している作品も多い。
もし僕が個人サイトでアップしてたら今ほど読まれていなかっただろうし、そもそも出版オファーなんて来るはずもないと思う。
先輩達が作ってくれた轍を歩いてきたから辿り着けただけだ。
「それは、まあ、きっかけはそうかもしれませんけど。でも売れるかどうかはまた別問題ですよね」
二人とも昨今の出版事情は分かっているらしく、強く否定はしてこなかった。
「まあ、そうだね。僕は全力で頑張るよ。大成功とまではいかなくとも、せめて続刊が出来るように」
そんな話をしている間に、僕たちは賽銭箱の前まで辿り着いていた。
今年ばかりは投げ銭も奮発して五百円玉を投入する。毎年「ご縁がありますように」などという免罪符を盾にした五円玉を投入していたが、今年はブーストをかける意味でその百倍。
少々痛い出費ではあるが本の成功を願えば安いものだ。
神にも縋る思いで鈴の緒を掴んだ時、僕の隣で繁子ちゃんが財布から一万円札を抜き出した。
(えっ……!?)
そしてなんの躊躇いもなくそれを投入すると、がらんがらんと激しく鈴を鳴らす。そして両手を勢いよくパンッパンッパンッと鳴らしてから、ギュッと目を閉じて祈りはじめた。
あまりの行為に僕は参拝するのも忘れ、唖然とその光景を眺めてしまっていた。
背後からどんどん人が押し寄せてくるので、僕も慌てて手を叩いて『ヒット祈願』とひと言だけ祈ってから脇へと逸れる。
「繁子ちゃん、賽銭箱に一万円札入れてたよね……?」
人の波から逃れてから確認すると、彼女は少し恥ずかしそうに「見てたんですか?」と顔を赤くした。
「い、一万って……マジかよ……」
与市もドン引きしている。
「だって御影先生のヒット祈願ですよ? 当たり前じゃないですか」
「いやいやいや……そのお金で本を買った方が祈願するより具体的にヒットに繋がるだろ……」
「与市のそういう欲にまみれた考えは良くないのっ! これは神聖な神頼みなんだからっ! ね? 先生!」
「お、おう……」
思考回路と金銭感覚が基本的に僕たちとは違う人種のようだった。
彼女が通うのはこの辺りでは有名なお嬢様学校なので、名家のお嬢様なのかもしれない。
作者のくせにたかだか五百円でヒット祈願をしていたのが、なんだかひどく図々しいことのような気にさせられた。
「ありがとう、繁子ちゃん。頑張るよ、俺」
「はい。期待してます!」
僕はまた一つ、頑張らないといけないという気合いをもらった。
お正月が明ければ最終稿の提出。そのあとは校閲が待っている。
いよいよ僕の書籍化作業も佳境へと迫っていた。




