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初詣といがみ合い

 『年が明けたらサイトで書籍化の告知をして頂いて構いません』

 年末最後の連絡で宇佐美さんからそう伝えられた。


 まだ出版社名やイラストレーターは公に出来ないが、書籍化するということだけは発表してもいいとのことだった。

 もちろんどのタイミングで告知するかは僕の判断に委ねられてる。今はアナウンスしないで、出版社やイラストレーターの名前を明かせる時に告知しても構わない。

 でも僕は年明けに書籍化の告知をするつもりだ。


 年が明けて一月二日。

 初詣に行くために、この地域では有名な神社のある駅前で与市を待っていた。

 ちなみに瑠奈さんは両親と母方の実家に里帰りしている。

 年明けにおめでとうメッセージは来たし、元旦のポストにも瑠奈さん手書きの気合いが入った年賀状も届いていた。

 直筆のメッセージやイラストを見ていると、会っていないのに瑠奈さんの高くて元気な声が聞こえてくるようだった。


 駅周辺は初詣に向かう人たちで賑わっていた。

 振り袖を着た女性の姿も目立っている。瑠奈さんがお淑やかに振り袖を着ている姿を想像しようとしたが、難しかった。

 でもゴッホもモネも和服を着る女性を描いた作品があるのだから、意外と好きなのかもしれない。


 そんなことをボーッと考えていたときだった。


「わっ!!」

「おおっ!?」


 突然背後から声を掛けられて驚きのあまり転んでしまった。基本僕はビビりである。

 振り返ると振り袖を着た見慣れない女の子が立っていた。


「えっ……?」


 どこかで見たことがある気がするのだが思い出せない。中学時代の知り合いだったろうか? いや、それにしては子供っぽ過ぎる。

 立ち上がりながら必死に探って思い出そうとしていると、その女の子は見る見る表情を曇らせていった。


「えー? まさかボクのこと忘れちゃったの?」

「あっ!?」


 女の子なのに一人称を『ボク』と言う知り合いは一人しかいない。


「ああ! 鈴木繁子ちゃんか!」

「違うっ! 小鳥遊っ! 小鳥遊慧ですっ!」


 辛口レビュアーはあくまでハンドルネームを主張していた。


「振り袖着ているから分からなかったよ」

「へへー。似合う? 似合うよね?」


 袖を持ってゆっくりと回る姿はわらべ的に着物が似合っていた。

 僕の一個年下ということは十五、六歳のはずだか、どう見ても中学生、下手すればおませな小学生にさえ見えてしまう。


「よく似合ってると思うよ」

「でしょー? ボクだってこういうの着れば女子力上がるんだから」

「お、おう」

「なにそのびみょーな返事は?」


 良く言って天真爛漫、悪く言えばちょっとガキっぽい。確かに可愛らしい顔立ちではあるが、女性としての魅力はほぼ皆無だ。


「悪い悪い。遅くなっ……」


 そこにやって来た与市が僕と繁子ちゃんを見て固まった。


「おー。与市。どうした?」

「高矢……ロリはやめとけ」

「は? いや、そうじゃなくてこの子は──」

「いい。皆まで言うな!」


 与市は仰々しいくらいに手を翳して僕の言葉を遮った。


「瑠奈さんと仲良くしたり、かと思えば香寺さんにフラフラしたりとか。そういうのは男同士だし、まあ見逃す。けど小学生をナンパするのはどうかと思うぞ」

「はぁああっ!?」


 それまで機嫌良くしていた繁子ちゃんは与市のひと言でブチ切れてしまった。


「ボクは十六歳なんですけど?」

「じゅう、ろく……だとっ!?」


 これは演技ではなく、本気で絶句したようだった。

 恐らく与市は僕が親戚の女子中学生の女の子でも連れて来たと思ってふざけていたのだろう。


「どこからどう見てもJKだと思うんですけど?」

「お、おう……」

「そのびみょーな返事やめてっ!」


 繁子ちゃんは本気で怒っている様子だった。

 与市もさすがに失礼すぎたと思ったのか、柄にもなく焦っている。

 ここは僕がなんとかするしかない。


「実はこの子、小鳥遊さんなんだよ。小鳥遊慧さん。ほら僕の小説にたまに感想くれる小鳥遊さん」


 場を和ますつもりで紹介したが、与市の表情は見る見る険しくなっていった。

 それを見て与市が繁子ちゃんのレビューに反感を抱いていたことを思い出した。


「あんたが小鳥遊なんだ? へぇ」

「な、なによ?」


 突然態度が豹変した与市に、今度は繁子ちゃんが怯む。

 僕は小説を書く側だから感想をくれるレビュアーさんはありがたいと思う気持ちが強いけど、レビュアー同士には思うところもあるのかもしれない。


「俺も沢山小説読んでレビューとか書いてるけどさ。なんかあんたのレビューって的外れな気がするんだよね」

「はあ? なにそれ? 感想なんて人それぞれだと思いますけど? てかあんたじゃなくて小鳥遊ね」

「小鳥遊さんじゃなくて鈴木繁子ちゃんでも大丈夫だよ……ははは」


 場を和ませようとした僕の言葉は、どこにも刺さらず宙を舞って消えていった。


「作者を傷付けるような感想して愉しいの?」

「傷付けようとしてるんじゃないの。指摘してるの。少しでもいい作品にしたいって思うでしょ、作者なら誰でも。作者では気付けないところを指摘するのも優しさじゃない?」


 その通りだ。

 僕は心の中でだけ頷く。

 一切指摘されたくない人もいるだろうが、僕は繁子ちゃんの指摘で気付いていなかった問題点をいくつも教えて貰った。

 それでクオリティが上がったからこそ、書籍化まで辿り着けたのかもしれない。


「それで心折れて更新止まったらどうすんだよ? 余計なお世話なんじゃないの?」

「まあまあ与市。落ち着いて。繁子ちゃんの感想はそんなに辛辣じゃないし。それにブックマークつけてもらって評価もつけてもらえたら作者は嬉しいもんだよ。それに繁子ちゃんはどんな感想書いても、評価は文章もストーリーも満点しかつけないし」


 僕がフォローすると与市はつまらなさそうに唇を歪める。

 新年早々駅前で口喧嘩なんかしてるから、通行人にもかなり見られてしまって気まずい。


「とりあえず初詣に行こう! じゃあね、繁子ちゃん」

「だから小鳥遊。 ボクも一緒に行く」

「えー? 友達と初詣に行くんじゃないの? ま、友達とかいなさそうだけど」


 少し落ち着きかけたムードなのに、与市はしれっと燃料を投下するように嫌味を放った。


「友達と行った帰りなの。なんかこのまま帰ると負けたみたいで癪だから一緒に行く。てか与市、だっけ? レビュアーとか言ってたけどなんて名前で書いてるの?」

「『茄子の夜市』だけど?」


 与市は自慢気に言った。ラノベレビュアーの中では少し名が通っているらしいから自信もあったのだろう。

 ところが──


「うわーっ……あのベタ甘レビュアーか。どおりで……」


 繁子ちゃんは砂糖まぶしのあんころ餅でも食べたかのように顔をしかめた。


「なんだよ?」

「褒めるだけ褒めて作者を勘違いさせる系のレビュアーだよね」

「俺はいいところをピックアップしてレビューしてるんだよ」


 なんか分からないけど第二戦が勃発しそうなので僕はさっさと神社に向かって歩き出した。




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