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クリスマスは今年もやって来る(なお拒否権はない模様)

 年明けには最終稿を提出し、二回も校閲にかけてくれ校了となる。鳳凰出版は内部に校閲がないので外注となるようだ。

 それだけ費用をかけてもらっていると思うと、改めて気も引き締まる思いだ。

 そんな訳で今年の僕はクリスマスなんかに浮かれている暇はない。


 ──という免罪符があるから今年はクリスマスの高揚した空気を虚しい目で見なくて済んだ。


 クリスマスイブ一日前の祝日、僕は余計なことを頭から消して推敲だけに神経を尖らせていた。

 説明が足りなかった文章に言葉を足し、読み直して改稿前の勢いがなくなってると感じて元に戻す。一歩進んで一歩戻る。


「うーん……」


 思い切ってその部分を全て消し、違う文章を入れると意外とすっきりして悪くなかった。

 自分では大切な文章だと思っていた箇所だったが、こうして消して書き直してみるとその方がいい場合というのが実は多々ある。

 それを今回の書籍化作業で学んだ。


 気付けばお昼も過ぎてだいぶ経っていた。空腹は感じていなかったがキッチンに行き、冷蔵庫を開けて適当にコロッケやハムを見繕う。

 ワンタン入りの春雨ヌードルに湯を注ぎ、その完成を待たずにソースをかけたコロッケを囓った。

 ハムとご飯を頬張り、三分経つ前にスープを啜る。僕は習慣的にテレビのリモコンを操作してしまった。


 クリスマスを賛美する歌と共に美男美女の集団がはしゃぐCMが流れ出し、慌ててテレビを消す。

 しかし一瞬でもそんなシーンを見せられれば、いやでも僕は思い出してしまった。


「高矢もパーティーに来ない?」


 瑠奈さんの声が脳内で再生された。

 時計を見ると一時半過ぎ。

 瑠奈さん達のパーティーは今ごろさぞ盛り上がっていることだろう。三角形のとんがり帽子を被ってクラッカーを鳴らし、プレゼントの交換なんかしちゃってるのだろう。

 小説を書くときには大切な想像力だが、こんな時は疎ましく感じてしまう。


 一緒に盛り上がろう。

 純粋にそう思って、瑠奈さんは僕をクリスマスパーティーに誘ってくれたのだろう。たとえそこに根来君をはじめとするクラスのカースト上位の男子が含まれていたとしても、少なくとも瑠奈さんは僕とクリスマスパーティーをしたいと思ってくれたからこそ誘ってくれた。

 それに根来君たちも嫌な顔どころが「高矢も来いよっ!」と歓迎してくれていた。

 それなのに──


「いや。年末年始はちょっと忙しいから」


 根が僻みで出来ている僕は思わせ振りにその誘いを断った。

 忙しいのは嘘ではないが、半日友達とパーティーをする暇もないほど忙しい訳ではない。


「ちょっとくらいいいじゃん」


 僕が本気で忙しいから断ったと思っている彼女は、明るい声で食い下がった。


「悪いけど」


 それでも頑なに断った。

 少しガッカリした顔をした瑠奈さんは「まあ気が向いたら来てよ」とクリスマスパーティーの会場となるカラオケ店とその日時を教えてくれた。


 僕の知らないところでパーティーを企画して、そこに呼ばれたことが気に入らなかった。

 あとからついでのように誘われたのが気に食わなかった。


 直視したくない自分の感情を冷静に分析すれば、恐らくそう言うことなのだろう。ガキでももう少し可愛げがある。

 なんて嫉妬深くて、捻くれていて、面倒くさくて、わがままなんだろうと、自分で自分が嫌になる。


 被害妄想的な疎外感。僕が頻繁に胸に覚える感情だ。

 誰も僕を爪弾きにしていないし、拒絶もしていない。

 それなのに勝手に拗ねている。


『華やかな生活とは無縁だ。僕はその輪に加われる資格がない』


 そうやってなんでも悲観的に考える精神的自傷行為は、幼い頃からの癖のようなものだ。

 そんなことをしたところで誰も僕の傷の深さや孤独感など理解してくれない。だからといってそれを口に出すのはもっと悪い。人の不幸自慢ほど他人にとって不快でつまらないものはないからだ。


 結局僕は内省的になって、感傷の甘美さに酔い痴れて、自分を卑下した後に慰めて甘やかしている。本当に情けない男だ。


 瑠奈さんは僕の彼女ではなく、小説のために彼女の代わりをしてくれているだけだ。

 それなのに彼氏にでもなったように気分を害するなんて、図々しいにもほどがある。

 瑠奈さんも、みんなも、手は差し伸べてくれている。あとは僕が掴むだけ。

 僕は誰からも疎外なんてされていない。


 慌てて食事を流し込み、僕は自室のパソコンの前へと戻らず慌ててコートを羽織る。

 自分で行動を起こさなければ、誰も拾い上げてはくれない。最後は自分でやるしかないんだ。


 僕は駆け足でパーティー会場へと向かっていた。

 冷たい風も、気後れする心も、締め切りの日時も、すべて僕の足を止めるほどのものではなかった。


 教えられたカラオケ店に到着し、決心が鈍らないように勢いでドアを開けると肌が震えるほどの爆音が出迎えてくれた。

 聞き覚えのあるヒット曲を男子二人が熱唱しており、そちらに向いていた視線が一斉に僕に向いた。


「ど、どうもっ……途中からだけど、参加してもいいかな?」


 緊張気味に挨拶すると「おお! 高矢っ!」と拍手されたり、タンバリンなどを持った女子がシャカシャカと鳴らして受け容れてくれる。

 誰も僕の出現に眉をひそめたりはしていない。

 僕の到着への歓迎は一瞬で終わり、ほとんどのクラスメイトの関心はまた歌う二人に戻ってくれたのもありがたかった。


 みんなが盛り上がっている中、端の席に座った瑠奈さんが小さく僕を手招いてくれていた。

 隣に座ると瑠奈さんは嬉しそうに目を細めた。その顔はまるで頭を撫でられた猫みたいだ。


「来てくれたんだ?」


 周囲の音に掻き消されないために僕の耳許でそう言った。


「なんかせっかく誘ってくれたのに素っ気なく断ってごめん」


 僕も耳許で返事をする。

 テーブルの上にはピザ、フライドチキン、フライドポテト、そしてホールケーキなどクリスマスらしい食べ物が並んでいる。

 チープでジャンクな感じが高校生といった感じで悪くなかった。

 ポテトチップスを囓りながら室内を見回すと驚いたことに与市も参加していた。 


「与市は誘ったらすぐ来てくれたのにね」


 僕の視線の先に気付いた瑠奈さんはからかうように笑った。


「僕は──」

「小説が忙しかったんでしょ?」


 先回りして言われ、ばつが悪くなった。本当はそこまで忙しくないと分かっているのかもしれない。でも敢えて騙されてくれている振りをしてくれているような気がしてならなかった。


「おおーっ!」「すごい!」という歓声が上がった。

 声がする方を見ると、与市がスマホの画面を周りのリア充女子集団に見せていた。

 恐らく鍛え上げたソシャゲのステータスでも見せているのだろう。相変わらずぶれることのない彼の鉄のハートに尊敬の念すら抱いてしまう。


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