この点Pが速いっ!
十二月になると街中が浮き足立つ。
街のあちこちに赤と緑のデコレーションが目立ち、LEDの飾り付けが増え、あちこちでクリスマスソングが流れ出す。テレビでは歌の特番が目立って、街は買い物客で賑わう。そして書店ではその年に刊行された小説のランキング本などが発売される。
コートを着たままだと汗が滲むほど温められた店内で、僕はそのランキング本を手に取っていた。
ジャンルはライトノベルである。
当然のことながら今年も錚々(そうそう)たる作品の名前が並んでいた。
僕の作品なんて足元にも及ばない、ビッグタイトルだらけだ。
こんなものを見ればプレッシャーにしかならないということは分かっているのに、気になってしまう。好奇心とも恐怖心とも羨望とも違う、これはなんという感情なのだろうか。
今日はそのランキング本を購入し帰路につく。
来年もしこの雑誌の片隅にでも自分の作品が載っていたら、どれだけ嬉しいのだろう。厚顔にもそんなことを想像すると、図々しくも身体が熱くなってきてしまった。
だが刊行するからには可能性がゼロではないのも事実だ。
そのために今僕に出来ることは少しでも作品の完成度を上げることしかない。
歩く速度はどんどん速くなり、最後にはほとんど小走りになっていた。いいアイディアが浮かんでいたわけではないが、とにかく原稿に向かいたかった。熱くなった気道や肺に初冬の冷えた空気が通るのが気持ち良かった。
「ただいまっ!」
ドアを開けるとリビングの方から「あ、帰ってきた」という声と笑い声が聞こえてくる。
「ん?」
玄関には我が家では見掛けないローファーがあった。
妹の萌絵の友達、ではなさそうだ。
嫌な予感が湧くより先に、リビングからひょいっと顔を覗かせたのは──
「お邪魔してまーす」
「る、瑠奈さん!? なんでうちに来たの? てか勝手に上がってるわけ?」
「こら、高矢。彼女にそんな言い方してるとすぐにフラれるわよっ!」
瑠奈さんが答えるよりも早く母さんが怒りながら廊下に出て来る。
なぜか勝ち誇った顔をしてピースをしてくる瑠奈さんが絶妙に鬱陶しい。
「おばさんと萌絵ちゃんにお土産持ってきたの」
「お土産?」
「そう。グアムのお土産」
せっかく小説推敲する気満々で帰ってきたが、さすがに瑠奈さんが来ているのに自室に直行するわけにも行かないだろう。
仕方なくリビングに行くと、テーブルにはグアムのお菓子やらココナツミルクの美容液やらが並べられている。ココナツ味の缶ジュースも置かれており、思わず顔を顰めてしまった。
僕が帰ってきたというのにまるで相手にする様子もなくグアム話に盛り上がっている。女三人まさに姦しい。
萌絵はプレゼントされたココナツミルクを手の甲に一滴落とし、伸ばしていく。
清々しいのに甘い香りが部屋中に広がっていた。椰子の実エキスも匂いだけなら本当にいいものだ。
「お兄ちゃんはお土産に訳わかんない人形とか買ってくるし、ほんとセンスないんですよ」
妹は甘えたような拗ね声で瑠奈さんに愚痴る。
「あー、うん。それは分かるかも……でもお兄ちゃんはお兄ちゃんなりに、萌絵ちゃんのお土産かなり悩んで選んでたよ」
「そうなんですか?」
「まあ選んだものを見て、悩んだ挙げ句それ買う? とは思ったけどね」
「だったらその時に止めてよっ!」
本人を前にした身勝手な話をする二人にツッコむ。
母さんは笑いながら僕の分のお茶を淹れてくれた。
どうも僕がいようがいまいが話は盛り上がってるみたいなので適当に切り上げて自室へと引き揚げる。
母さんも妹も瑠奈さんが僕の本当の恋人だと勘違いしている姿を見ると心が悼んだ。
特に母さんは僕がいかにもモテないことをずっと心配していたようだったので、瑠奈さんみたいな可愛くて明るい彼女が出来たことを心の底から喜んでくれているようなので辛い。
リビングからの笑い声が気になって改稿作業にも集中出来ず、仕方なく買ってきたラノベランキングムックを開いていた。
受賞者インタビューや近年のラノベの流行の傾向などの記事を読んでいると、色々と勉強になる。夢中で読んでいるとドアがノックされた。「はい?」と返事をすると瑠奈さんが入ってきた。
「なに読んでるの?」
「ライトノベル年間大賞みたいな本だよ」
「へぇ。勉強熱心だね」
僕の背後に座って覗き込んでくる。近すぎる距離感は慣れてきたが、自分の部屋で二人きりという状況だとさすがに気まずい。
「はい」と言って渡すと瑠奈さんは最初のページから開き読み始めた。
「あ、こないだ見掛けた作品も載ってる」
「今年一年で刊行された作品の中から、人気投票で決まるシステムなんだよ」
「おおー。じゃあ来年度版には高矢の作品も載るんだね」
「そうなれるように頑張るよ」
そう答えると一瞬の間の後、「へぇ」と瑠奈さんは意外そうな顔をして僕を見た。
「なに、その目?」
「『絶対無理っ!』とか言うと思った」
「絶対ではないよ。まあ恐らく無理だけど」
「大いなる進化を遂げてるじゃない。その調子だよ」
どれだけスタートが低いんだという話だけれど、ペシミストの極みみたいな僕から考えれば確かに進化を遂げた発言かもしれない。
「そういえば来週打ち合わせがあってね」
「ふぅん」
瑠奈さんは再び視線を本に戻していた。
「そこでイラストレーターの点Pさんも交えてどのシーンをイラストにするか決めるんだって」
「嘘っ!? マジでっ!?」
瑠奈さんはランキング本を放り投げて詰め寄って、正面から肩を掴んでぐらぐら揺らしてくる。
「わっ!? ちょっ!?」
「なんでそういう大切なことをすぐに言わないわけっ!?」
瑠奈さんは点Pさんを神格化している。だからこそ言わなかったのは、僕の嫉妬心なのかもしれなかった。
「落ち着いてよ。こうなるのが嫌だったから言わなかったんだよ」
「私がモデルのキャラのシーンは絶対にイラストに入れてよねっ! 表紙ももちろん私だからね!」
落ち着けというほうが無理だったのかもしれない。瑠奈さんのテンションは上がる一方だった。
「私って……あれはミサナだから」
瑠奈さんは僕の指摘など聞いておらず、「イラストレーターと作家が顔を合わすことあるんだ。凄いなぁ。羨ましい! 私も小説書こうかな?」などともはや本末転倒なことまで口走りはじめる。
「普段はないみたいだよ、イラストレーターさんとの打ち合わせ。今回は特別らしい」
そう言って僕は瑠奈さんに編集者さんから来たメールの内容を伝えた。
どうやらイラストを担当するにあたり点Pさんはわざわざ僕の作品を読んで下さったらしい。そして内容を気に入り、是非著者を交えて打ち合わせがしたいと提案してきたそうだ。
「凄いじゃんっ!」
説明を聞いた瑠奈さんは興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせている。
「ずいぶんと仕事を丁寧にしてくれるイラストレーターさんなんだなぁって驚いたよ」
普通イラストレーターさんは作品をあまり読まず、指示された内容で描くと噂で聞いていたから僕も驚いていた。
油彩画を思わせるようなタッチの背景にアニメ風なキャラを配置し、違和感なく融合させるという不思議な世界観を創る点P(時速400㎞)さん。
一体どんな人なのだろう。
僕も少し興味が湧いてきた。




