照れ隠しと仲直り
その夜のチャモロビレッジの夕食、そして翌日午前中の自由時間が過ぎて、短い修学旅行は終わりの時を迎えていた。
空港で出国手続きを終えると、同級生たちは免税店で最後のお土産物色をしたり、記念撮影で忙しい。
家族や親戚へのお土産、編集者さんへのお土産は買った。あとは注文のうるさい妹へのお土産と自分用のお土産を残すのみだ。
「ちょっとお土産見てくるから」
与市は慌ただしげにそう告げてくる。
「え? お前結構買ってなかったっけ?」
「俺はこう見えて学外に友達多いんだよ」
「へえ。意外」
「失礼だな。って言っても今度ソシャゲのオフがあるからそこで配るようなばらまき型のお菓子とかだけど」
そう言い残して与市は人混みへと消えていく。
空港内のお店はどこも賑わっていた。しかしそれは愉しい時間の最後を名残惜しむような、どこか寂しい賑わいに感じた。
まあそんな風に思うのは僕の精神状態によるものなのかもしれないけど。
結局海水浴のあと、僕は一度も瑠奈さんと会話をしていなかった。
時おり物言いたげに見てくるのは気付いていたが、それらは全て無視していた。かといって香寺さんとも話をしていない。
確かに小説のクオリティを上げるために恋愛経験というものを積むのも悪くなかった。
しかしそれはもう充分積んだ。僕の小説はラブストーリーじゃない。少なくとも今書いている小説を書ける程度には経験を得られただろう。
そもそもラノベの読者が見たい恋愛やヒロイン像というのは、あくまで男目線での恋愛であり、ヒロインだと言われている。
実際の女の子は怒ったり、機嫌を損ねたり、からかってきたりとややこしい。それが現実であり、等身大の女の子なのだろう。
しかしそういうリアリティを男性読者は求めていないはずだ。
恋愛パートなんて適当にワクワク出来ればそれでいい。
誰にしてるのかも分からない言い訳を頭の中でグルグルと巡らせて土産物屋を歩く。
その一角に水槽があった。その中には海で見掛けた美しい熱帯魚が数匹おり、珊瑚礁の間を抜けたり追いかけっこをしたりと狭い水槽の中を忙しなく動いていた。
餌を与えられて天敵もいない代わりに自由を奪われたこの水槽の魚は幸せなのか不幸せなのか、僕には判断がつかなかった。
突如水槽の向こう側に瑠奈さんの顔が現れる。
「わっ!?」
ガラスと水を介してみるその顔はゆらゆらと歪んでいたが、不服そうに顔をしかめているのは充分伝わってきた。
「なに無視してるの」
瑠奈さんは不機嫌そうに呟きながら僕の隣にやって来る。視線は水槽に向けたままだ。
「無視なんてしてないけど」
「ビーチでのこと怒ってるわけ?」
「別に……怒ってないけど」
図星だったが惚けて誤魔化す。
「あれは……私もちょっと恥ずかしかったから。だからすぐに離れて友達のとこ駈けていったの」
「恥ずかしい? まあそうだよね。僕なんかと一緒にいたら恥ずかしいよね」
「もう。なんでそうすぐにいじけるわけ?」
「いじけてないから」
小さな声で言い争いをはじめた僕らを、水槽の中の熱帯魚が不思議そうに見ていた。
「ずっとくっついて泳いでたってバレたら、普通恥ずかしいでしょ……」
視線はあくまで水槽に向けたまま、瑠奈さんは拗ねた声でそう言った。
いつになく気弱な声が気になって思わず横顔を確認すると、真っ赤な顔した瑠奈さんに「こっち見んなっ!」と叱られる。
瑠奈さんにもそういう恥ずかしさがあるというのが意外だった。でもよく考えれば当たり前のことだ。相手が僕でなかったとしても、男子とくっついて泳いでいるのを見られるのは恥ずかしいだろう。
「だいたい高矢ははじめに決めたルール忘れたの?」
「ルール?」
「『喧嘩してもすぐに仲直りすること』ってやつ」
「ああ……そういえば」
もう忘れかけたけれど付き合う前にそんなルールを作っていた。確かえっちなことをしたら殺されるとか、そんなルールだ。
「そりゃちょっと素っ気なくて……悪かったかなぁとは思ってるけど」
「いや。僕の方こそごめん。なんかいじけて面倒臭い感じだったよね」
素直に謝ると瑠奈さんは少年のように気取らず無垢な笑顔を作って僕に笑いかける。
「うん。面倒くさって思った」
「何だよ、それ。普通ここはお互いフォローしあって終わりのパターンだろっ」
「そうそれ。そういうとこが面倒臭い感じ」
愉快そうに笑う声も昔なら苛立ったんだろうけど、瑠奈さんという人間の行動パターンを知った今はむしろ愉快にさえ思えた。
それでも一応怒った振りはしておく。それが僕たちの関係だと思ったから。
やがてフライトの時間が近づいて、僕たちは搭乗口へと移動する。
飛行機は運良く窓側だった。
上昇する飛行機の窓の外を眺めていると、見る見るグアムが遠離っていく。
改めて空の上から見ると、やはりこの島は辺り一面海に囲まれた絶海の孤島だった。そして南国の楽園だった。
またいつか訪れたい。
そう思いながら次第に点になっていくグアムを見詰めていた。




