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修学旅行初日

 グアム国際空港に到着したのは深夜と言って差し支えない時間だった。しかしクラスメイト達は異常なテンションの高さで、ホテルの送迎バスを待つ間も空港のあちらこちらで記念撮影をしていた。


 僕と与市はバスターミナルの待合室にあるようなあまり座り心地のよくない椅子に腰掛け、そんな様子を少し離れた位置で見ていた。

 空港自体は少し古びておりあまりパッとしない感じで、お世辞にも記念撮影を取りたくなるようなフォトジェニックなスポットではない。

 でも彼ら彼女らも見映えの良さでシャッターを切っているわけじゃないのだろう。


 グアムは夜中とはいえ気温は高かった。一度も冷えたことがないであろう空気は、ふんわりと柔らかかった。

 そんな南国の温かな風は、普段盛り上がるまで時間のかかる僕のような人間ですら早くも浮き足立たせた。


「はしゃいでるなぁ、リア充たちめ」


 与市はにやけた顔をしてクラスメイト達を眺めていた。そう言う彼も先程から視線が定まっておらずそわそわしている。


「そりゃテンション上がるでしょ。南国の楽園に来たんだから」


 僕も不安と期待で無駄に胸が高鳴っていた。

 視線は自然と同級生たちの集団に向かい、無意識のうちにその中から瑠奈さんを探してしまっていた。


「なに? ウデラ姫を探してるの?」


 僕の人捜しの視線の動きに気付いた与市がからかってくる。小説のアドレスを教えてから彼の持ちネタのようになってしまっていた。

「違うし。てかそれ本当にやめて 」


 書籍版の方には瑠奈さんを彷彿とさせる『ミサナ』が新キャラとして登場してるなどと知られたら、どんなからかいを受けるか分かったものじゃない。


 ちなみに小説の感想は「とても高矢が書いたとは思えないほど面白い」というありがたい高評価を頂いた。

 編集の宇佐美さんや瑠奈さんに指摘された恋愛描写の指摘はなく、むしろ「ウデラは可愛いな。なんだか香寺さんまで可愛く見えてきた」と微妙な気持ちになることを言われた。


「グアムまで来てなにホモホモしく寄り添ってんの?」


 瑠奈さんがいつの間にか背後に回っていて、僕らのあいだから顔を覗かせる。

 美術館の帰りはちょっと怒ったような態度に思え不安だったが、やはり僕の思い過ごしだったらしく、このところはいつも通りのノリだった。

 でも謝る機会を失った気分で、少しモヤモヤする。


「長旅だし真夜中だし眠いんだよ」

「飛行機たった三時間ちょい乗っただけなのに?」


 耳許で騒がれ、ちょっとうるさい。でも瑠奈さんは引き気味な僕らなどお構いなしに、スマホを翳して僕ら三人の写真を撮った。


 「元気だね」と嫌味を言ってやったが、「ありがと」と見当違いなことを返される。女子の誰かが瑠奈さんを呼ぶ声がして、彼女らそそくとそちらへと手を振り駈けていく。


「香寺さんをヒロインにして小説書いてること、カノジョにバレたらヤバいんじゃね?」


 与市はわざとリア充のような喋り方をしてからかってくる。


「彼女じゃないし。あと声デカいから」


 横目で香寺さんを確認すると仲のいいグループの女子で固まって写真を撮っていた。

 普段は大人しい彼女たちのグループもさすがに今日はテンション高めだ。

 約束の時間を過ぎてもバスは来なかった。手持ち無沙汰でスマホを弄り、地図アプリを開いて空港やホテルの位置を確認した。


「へぇ。海からは少し離れてるんだ」


 与市はとなりから手を伸ばして地図をピンチアウトする。手のひらの地図はどんどん広がっていく。そして『海外に来たあるある』なのだろうが、グアムから日本までの距離を確認した。


「結構近いんだね」

「だね。てかグアムの周りって当たり前だけど本当に海しかないんだ」


 日本が映るくらいピンチアウトしてしまうともはやグアムは点ですら見えない。

 日本は島国だけど住んでいたら島だという実感なんて湧かない。けれどここは本当に太平洋にぽつんと浮かぶ島なんだと感じた。


 ちょっと海外に来たくらいでこんなことを思っちゃうのは恥ずかしい気がするけど、地球は広いんだと改めて思った。


 やがてバスが来て僕たちはホテルへと移動した。取り敢えず朝まで寝ることになっていた。

 部屋は五人部屋で僕と与市はもちろん同じ部屋だ。ちなみにクラスの中心的男子の一人である根来君も同部屋だった。

 彼はハロウィンのゾンビメイク以来よく話し掛けてくれている。瑠奈さんと仲がいいみたいだから僕とも仲良くしてくれているのかもしれない。


 明けた翌日の修学旅行二日目。

 僕たちは南の島のビーチで海水浴っ! とはならずに太平洋戦争の戦禍跡を巡るツアーをしていた。

 グアムのイメージといえばリゾート地、楽園、青い海と白いビーチだったが、数十年前は確かにここは戦場だったということを目の当たりにした。


 それを見て僕は罪の意識を持ったわけでもないし、自分たちのルーツを卑しいものだと悲観したわけでもない。

 ただ戦争は悲惨で、絶対に繰り返してはならない。そう思えた。

 馬鹿みたいな感想かもしれないけど、でもそれが僕の偽らざる気持ちだ。

 少し浮かれ気分だったクラスメイトたちもみんな神妙な面持ちになっていたのも印象的だった。


 そんな悲しい歴史の傷痕を見学した後、僕たちは恋人岬という観光名所に向かっていた。

 ここは悲しい恋の伝説が残る断崖の景勝地だ。とはいえそれは実話というよりは島の言い伝えの類の伝説だ。

 どんなところなのかはよく知らなかったが、ネーミングのおかげでバスの中は色めき立っている。


 グアムというのは一部の観光地を除き、手付かずのような森林が広がっており舗装もボロボロになった道も多い。この恋人岬に来る途中もバスは何度か荒れた道で大きくバウンドした。

 車酔いしそうになった頃、ようやくバスは目的地へと辿り着いた。


「ここ、断崖絶壁だって。高矢の小説に使えそうだね」


 バスを降りてすぐに瑠奈さんが肩を叩いて声を掛けてくる。

 みんながバス移動から解放されて身体を解すようにはしゃいでいた。


「幻想的な風景なのかな? 楽しみだね」


 何となく流れで二人で歩く。与市は変に気を遣ったのか少し離れたところで男と話をしていた。


 クラス一塊で移動し、恋人像の裏に移動する。そこは大地が割れたような亀裂があり、荒々しい岩肌が剥き出しで地の底まで続いていた。ここからでは見えないが、最深部は海に繋がっているらしく、波がぶつかる音が轟々と響いている。


「うわぁ……すごくないっ!?」


 瑠奈さんは身を乗り出すほど覗き込んで黄色い声を上げていた。一応柵は設けられているものの、腰の高さくらいしかなく心許ない。

 日本の観光地なら恐らく過剰なほどフェンスが張られるのだろうが、アメリカはきっと自由に覗き込める代わりに自己責任なんだろう。


「ちょっと瑠奈さん……そんなに身を乗り出したら危ないよ」

「危なくないしっ! ほら、高矢も見なって!」

「危ないからっ……手を引っ張らないでよ」


 手摺りを握り締め、奈落の底を見る思いで眼下を覗き込む。その瞬間に風が吹き上がって前髪を乱された。

 暗くてどうなっているのかよく分からないけど、落ちたら命はないだろうということは伝わってくる。



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