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意外な正体

 本当は香寺さんと一緒に歩いてみたかった散策道を一人で歩く。

 舗装されていない道を歩いていると犬の散歩をする人や、健康の為に歩いている様子の老夫婦とすれ違う。

 陽の落ちかけた眩しい風景は、輪郭が蕩けているように朧気おぼろげで穏やかだった。

 心地いい音を立てて砕ける落ち葉を踏みながら歩いて行くと、小高い丘に登る細い階段が見えてくる。


 なかなかの急勾配な上にかなり長い階段のため、昇っていく人はほとんどいない。

 僕は気合い入れるように「ふぅ」とひと息吐いてからその階段を昇っていった。


 階段の上は小さな公園となっているが誰も訪れず、管理も大変なためか草が生えて荒れ放題だった。

 そこからは町を見渡せる景色が広がっている。特に陽の落ちかけたこの時間だとすべてがオレンジ色に染まり、見慣れた町もどこかノスタルジックな魅力を放っていた。


(瑠奈さんが見たら喜びそうな景色だな……)


 ついふたりで景色を眺めている姿を想像して、慌てて脳内から瑠奈さんを追い払って香寺さんに置き換える。しかしそれはあまりしっくりこなかった。

 気を取り直してスマホを眼前に拡がる町へと向けた。わざわざこんな場所までやって来たのはSNSにアップする写真を撮るためだ。

 普段から写真なんて撮らないからあまりいいものが撮れず、四回目の撮影でようやく納得のいくショットを収められた。


「さっきのリア充……もうフラれたの?」


 不意に背後から声を掛けられ、慌てて振り返る。


「君は……図書館にいた……」


 そこには図書館で僕たちにうるさいと文句を言ってきた小柄で髪の長い女の子が立っていた。


「失恋記念に写真撮影?」

「失恋って。そもそも僕とあの子は付き合ってないから」

「へえ? ま、それもそうか。あの女の子、可愛かったもんね。釣り合い取れてないなーとは思ってたんだよ、うん 」


 失礼な感じで納得されイラッとしたが、当たっているから否定もしづらい。

 話題を変えたくて関係のないことを訊ねる。


「だいたい君はこんなところでなにしてるわけ?」

「なにしてると思う? ヒント1、この本は図書館で借りてきました。ヒント2、今日は常識のない馬鹿なカップルが図書室で騒いでいて、うるさくて本を読むのに適さなかった」


 大人しそうな顔をしているが、口はかなり悪い奴のようだ。恐らく性格も。


「それは失礼。一日二度も読書の邪魔をして悪かったな」


 あまり関わりたい人ではないのでさっさと帰るとしよう。


「正解は『ここの景色が好きだから、たまにこうして眺めに来る』でした」

「なにそれ? ヒント関係ないし」


 思わず苦笑しながら振り返り、階段を降りて立ち去る。彼女も微かに笑い、ベンチに腰掛けて手にしていた本を開いて読み始めた。

 変な奴だ。

 だけど本が好きというところだけは好感が持てた。


 その夜、僕は緊張しつつ写真をSNSにアップした。

 誰とも繋がりのない僕のSNSは、当然誰からも『いいね』の評価も貰えず、アップしたことすら忘れて翌日一日を過ごした。

 放課後図書館へと改稿しにいくと、昨日の謎の女の子が駆け寄ってきた。かなり慌てている様子だ。

 向こうも学校帰りなのか制服を着ている。あの上下白で赤いリボンという独特な制服は、確か近隣にある有名私立女子校の制服だ。


「ちょっと、あんたっ!」

「な、なにっ!?」


 昨日は騒がしくするなとか言っておきながら随分と声を荒げていた。

 でもあまりの勢いに圧倒され注意できない。


「あんた……()()()()なのっ!?」



「えっ……」


 いきなりすぎて頭が真っ白になる。なぜこの女の子がそれを知ってるのか?


「あっ……もしかして……SNSにアップした写真を見たっ?」

「やっぱりそうなんだ……」


 昨日小説サイトにつぶやきSNSのリンクを張っていたから、そこから経由で見たのだろう。


「って……いうか、君は……?」

「ボクは小鳥遊。小鳥遊慧だよ!」


 彼女は自分の顔を人差し指でさしてそう言った。

 再び頭が真っ白になる。


「えっ……たかなし、けいって……ええーっ!?」


 思いっ切り大声を上げてしまい、周囲から冷たい目を向けられ、慌てて「すいません」と四方に頭を下げた。

 この子が僕の小説にいつも辛口コメントをしてくる小鳥遊慧さんっ!?


「で、でも小鳥遊さんっててっきり男の人だと……」

「失礼な。ボクはれっきとした女の子だよ」


 一人称を『ボク』と言ってる時点で勘違いされても仕方ないと思うのだが、小鳥遊さんは不当な扱いを受けたかのように顔をしかめる。

 取り敢えず騒がしくなってしまいそうだから僕たちは一度図書館を出た。


「御影白夜の小説って微妙に書いてる内容がこの辺りの雰囲気に似てるからありうるかなーとか思ってたけど、まさか本当に近所とは」

「いや、僕も」


 『小鳥遊さんのSNSに僕のゾンビメイク写真をアップしてるときはかなり焦った』と言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ。あのメイクが僕だとバレたらなんかキツいこと言われそうだ。


「しっかしなんか冴えない感じだなー。御影白夜ってもっとこう、金髪碧眼の二メートル近い高身長のイケメンかと思ってた」

「どんな想像だよ。そんなわけないだろっ。てかそれを言うなら僕も小鳥遊慧さんって……」

「小鳥遊慧はブロンドヘアの蒼眼美少女だと思ってたでしょ?」

「あ…………う、うん……それは……」


 ブヒブヒ言いながら美少女キャラに萌える小太りのじめっとしてヌルッとした男だと思っていた、とはとても言える雰囲気じゃなかったので曖昧に頷く。


「悪かったね、こんなチビ地味女でっ」

「そんなことないけど」


 むしろ想像していたよりもかなりマシだ。

 しかし『ネット上でだけ強気の毒舌タイプ』だと思っていたが、日常生活でもかなりズバズバものを言うタイプらしい。


「ていうかボクたち普通に何度もここで顔合わせてたんだね。なんかビックリ。御影白夜センセーって何年生?」

「二年。てか御影白夜ってやめてよ。弓岡、弓岡高矢って名前だから」

「えっ? 二年ってことは一個先輩っ……失礼しましたっ」


 妙なところが礼儀正しいらしく、突然敬語に変わった。

 確か彼女の通う女子校は中高一貫のお嬢様校のはずだ。女子しかいない無菌室で育つと上品に育つ子も多いだろうが、意外とこういう独特なキャラになる子も多いのかもしれない。


「で? 小鳥遊さんの名前は?」

「ぼ、ボクは本名が小鳥遊慧ですけどっ……」

「嘘つけ。そんな珍名あってたまるか」

「ほ、ほんとだもんっ……」


 顎を引き、鞄を抱くように身構える姿は気まずいことを訊かれて嘘をついているようにしか見えない。

 というか、普通に鞄に付けられた名札が丸見えだった。


鈴木すずき繁子しげこ……ちゃん?」


 彼女は本名を言い当てられると顔を真っ赤にして「違いますっ!」と分かりやすく狼狽えた。


「いい名前だと思うよ?」

「嘘だ! 半笑いでしたよ!」

「笑ってないよ」


 地味な名前の反動で派手なハンドルネームにしたのだろうか?

 でも小鳥遊慧よりは鈴木繁子の方が彼女にはしっくりきている気がした。


「とにかくボクのことは小鳥遊か慧で呼んで下さい。鈴木とか言われても無視するしっ!」

「わかったよ、繁子ちゃん」


 からかうとアニメキャラかって言いたくなるくらい大袈裟にぷいっとそっぽを向く。その反動で長い髪がフワッと風を孕んで膨らみ、甘い香りを振りまいた。



 ────

 ──


「──で、『異世界を救うなんて』は展開が遅すぎると思ったら突然急すぎるようになるし。まあそこが意外とよかったりはするんですけど」


 立ち話もなんだからと昨日の高台の公園に移動してベンチに座ると、繁子ちゃんはものすごい勢いで僕の作品について語り出した。

 こんな風にドラマや映画のことのように自分の作品について語られると、恥ずかしいを越えて驚きだった。


 そもそも僕の作品が人気になったのも彼女が感想を書いてくれてからだった。

 当時の僕は知らなかったが、感想の他にあちこちのSNSで僕の作品を紹介してくれたらしかった。

 ある日を境に急に閲覧やブックマークが増えたのはそんな理由だったらしい。


 はじめは日間ランキングの最下層に顔を出しただけだったが、そこから徐々に読まれはじめ、やがてトップテンに入り、更にはトップファイブになり、遂には一日だけではあるが一位を取るまでに到った。


「僕の作品なんて推してくれてありがとうね」

「はあ? 別に面白いから紹介しただけですから」


 照れ隠しとかではなく、本気でそう言ってるようだった。


「でもおかげでずいぶんと人気が出たんだし」

「ボクの宣伝なんて関係ないですってば。御影白夜先生の小説が面白いから人気が出ただけで」


 むしろ『ボクに責任押し付けるな』と言わんばかりに否定してくる。でも誰がなんと言おうがきっかけを作ってくれたのは彼女だ。

 これ以上言っても否定されるだけだろうから心の中で手を合わせてお礼を述べた。


 話し込んでいるうちに辺りはすっかり暮れ始め、風の冷たさも増してくる。

 繁子ちゃんが「くちゅっ! くちゅっ!」とキャラにない可愛らしいくしゃみをしたのを合図に、僕たちは立ち上がって帰路についた。

 彼女は近所に住んでいるらしく電車は使わないので、丘を降りたらお別れだった。


「先生の小説が書籍化されたらサインくださいね!」

「ははは……まあ、されることがあったらね」


 書籍化が決まってると明かせないのは、正体を明かせない正義の味方に似たもどかしさがある。

 早く告知したいと改めて強く感じながら、僕は駅までの道を歩いていた。


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