絵本創り
書籍宣伝用にはじめた呟き投稿SNS。
登録しただけで放置していたことに気付いた僕は、なにか呟かなくてはと思案する。
更新についてのお知らせ呟きでもいいのだろうが、あまりそればかりでもつまらない気がした。
「そうだ。なんか写真でも載せてみるかな」
他人の呟きを見ていると綺麗な景色やふわふわ系のスイーツ、ペットの写真などを載せていることが多い。そういった写真をアップしておいた方が好感も持たれやすいのかもしれない。そんな安直な打算が頭に浮かんだ。
さっそくスマホの中の写真データを見ていくが、あいにくネット映えしそうなものはなかった。
よくよく考えれば僕は元よりそんなものを撮る趣味などない。
それなのにスマホの画像フォルダーにそんなものを探すなんて、貯金もしてないのに預金残高を期待するような図々しさだ。
一枚だけ撮ってあった瑠奈さんと僕の自撮りをなんとなくボーッと眺めてからスマホをしまう。
(外でなにか撮ってくるか……)
今日は日曜だが、香寺さんとの約束がある。その帰り道に写真を撮るのも悪くない。
別に瑠奈さんに報告はしてないけれど、本当の彼女じゃないんだから了承を得る必要もないだろう。
ちょっと後ろめたい気持ちは振り捨てて、必要な荷物を鞄に纏めてから時計を見る。
出発するにはまだ早いのでコーヒーでも飲んでおこうとリビングへ向かった。
マグカップにコーヒーを入れてソファーに行くと、妹の萌絵が座席すべてを独占するように寝転がって漫画を読んでいた。
短めのスカートを穿いてるくせに肘掛けに脚を乗せ、だらしない格好だ。
俺にスペースを譲る気は皆無らしく、完全に無視するように漫画を読み耽っている。
面白い内容なのか時おり「ぬはは」と惚けた笑い声をあげ、それにあわせて何故か足の指をむにゅむにゅと動かしていた。変な癖だ。
(同級生にこのだらしない姿を見せてやりたいもんだ)
何を読んでいるのかと表紙を確認すると『拝啓、お兄ちゃん P.S愛してくれますか?』という、確か映画化までされた恋愛少女漫画を読んでいた。
こんなに色気の欠片もない妹のくせに生意気に恋愛ものを読んでいるのが意外だった。
それを読んで少しは女らしさを磨いて貰いたいものだ。
「萌絵も恋愛に興味を持つ歳になったんだなぁ」
「……は?」
僕も恋愛などろくに知りもしないのに上から目線な発言になってしまうのは、ちっぽけな兄としてのプライドであった。しかし兄の駄目さ加減を知っている萌絵は、寝転んだままの姿勢で苛立たしげに僕を睨んだ。
「それ。恋愛漫画だろ?」とタイトルを指差すと妹は見る見るうちに顔を赤らめていった。
「ばっ……バカっ! 違うからね!」
「え?」
恋愛絡みでからかうにはタイトルが良くなかったことに今さら気付く。
「あ、いや……そういう意味じゃなくて」
「マジキモいっ! 死んでっ! マジ死んでっ!」
「ちょっ!? やめろって」
萌絵はクッションを掴んで遠慮なしに俺の頭を叩いてくる。
真っ赤な顔をして本気で俺の息の根を止めようとしていた。
「こらこら。萌絵。お兄ちゃんになにしてるの」
母さんが呆れた様子で止めに入ってくれたおかげでなんとか逃げられた。気まず過ぎるのでそのまま玄関へと向かう。
「あら、出掛けるの?」
「ああ。夕方までには帰ってくる」
「帰ってこなくていいから」という萌絵の声がリビングから聞こえるが無視をする。
「なに? デート?」
母さんは浮かれた顔でからかってきた。精神年齢が若いのは結構だが、そういうのは娘として欲しい。
「違うよ」
「最近瑠奈ちゃん来ないわねー? また遊びに来るように言っておいてよ」
「なんで呼ばないといけないんだよ」
「フラれたんだよ」と妹はリビングからヤジを飛ばしてきた。
僕は母さんや萌絵から逃げるように家を出る。
さすがに母親というのは勘が鋭い生き物だからちょっと焦ってしまった。
確かに今から僕は女の子と会う。
しかしそれは瑠奈さんではなく、香寺菜々海さんだ。
別に悪いことをしているわけじゃないのに、瑠奈さんの名前を出されたからか、なんだか胸がモヤモヤとした。
予定よりずいぶんと早く家を出たから、約束の時間より一時間近く早く図書館に着いてしまった。外で時間を潰すには肌寒い季節なので迷わずに館内へと入る。
香寺さんと会うといっても用件はもちろんデートではなく、絵本作成だ。ある程度絵が描けたので確認と色を塗るのを手伝うこととなっていた。
香寺さんと絵本を創るということに瑠奈さんは強い不快感を抱いているようだったけど、一度約束してしまったからには僕も投げ出すわけにはいかない。
まあ別に瑠奈さんのご機嫌を伺う必要なんて、別に僕にはないのだけれども、それでも一応心の中で言い訳をしていた。
以前二人で作業した図書館の端のスペースへと向かうと、
「あっ……」
「あっ……」
既に到着していた香寺さんと目が合った。
「もう来てくれたんですか?」
「うん。妹に追い出されて」
「へえ。弓岡君って妹さんがいらっしゃるんですね」
香寺さんが興味深げにそう訊いてきたとき、「んんっ!」と近くの席に座っている僕らと同年代の女の子が咳払いをした。
僕たちは肩を竦め苦笑いをして向かい合わせに座る。
香寺さんはさっそく描いてきた絵を並べて見せてくれる。どれも可愛らしくて、描かれた子供たちの表情も活き活きしていた。
香寺さん曰く、ドラゴンやらスライムなどはイメージが湧かなかったからネットで調べて描いたらしい。それでもなかなか愛嬌のある感じに仕上がっている。
「へぇ。いいね。上手だよ」
「おかしかったら言って下さいね」
「そうだなぁ……じゃあここは、こんな感じで──」
ドラゴンの角やら剣の長さなど若干指摘する。
絵は全部で十枚あり、もちろん僕のストーリーをなぞって描かれていた。若干僕が絵にして欲しいところと違うカットもあったが、そこは触れずにおいた。
手直しが終わり、二人で色を塗り始めた。絵の具だと滲んだり大変なので色鉛筆での作業となる。
香寺さんは子供たちの笑顔を思い浮かべているのか、笑みを零しながら色鉛筆を滑らせていた。
「この子の服は何色?」
「あー、ゆあちゃんですね。その子はピンクと白で──」
「いい加減うるさいんですけど?」
つい盛り上がってしまった僕たちの前に、先程咳払いしていた子が立っていた。
「あ、すいません……」
「ごめん……」
謝る僕たちを見下ろし、胸の前で腕を組んでいるその子は随分と背が低かった。
髪はとても長く腰の辺りまであり、黒目がちな奥二重の瞳は不快感を隠そうともせずに細められている。
「ったく。ここはキャッキャッウフフするとこじゃないんですけど?」
「すいません……」
謝って立ち去ろうとしたが、それより先に彼女の方が立ち去っていった。大人しそうな顔立ちのわりに意外と好戦的な性格なのだろう。
その後も僕たちは声量に気を付けながら作業を続ける。ようやく塗り終えた頃にはだいぶ日も傾いてしまっていた。
図書館を出た瞬間、秋の風が強く吹き、セーターの粗い編み目を貫いて寒気が擦り抜けていく。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「きっとみんな喜んでくれますっ」
香寺さんは軽く拳を固めて顔の前まで上げる。そういうポーズがイメージにないからか、彼女の喜びが強く伝わってきた。
「ちょっと散歩でもしてから帰ろうか?」と誘いたかったが、それよりわずかばかり先に香寺さんは時計を見た。
「大変っ。もうこんな時間なんですね。今日は家族で食事に行く約束で」
「そうなの? じゃあ早く帰らないと。僕は少しその辺りをぶらついてから帰るから」
「はい。バタバタしてすいません。今日は本当にありがとうございました」
そう言うと香寺さんは落ち葉が積もる道を、急ぎ足で駅へと向かっていった。
後ろ姿が曲がり角に消えるまで見送ってから僕も歩き出す。




