創作絵本
メインヒロインを二人にするという大胆な改稿は少々難航していた。
悔しいけど正直言って『三郷瑠奈』さんをモデルとしたミサナはもはや勝手に動き出すくらいに僕の頭の中で生きている。だからそれを作品に落とし込むのはそれほど大変ではない。
問題はヒロインを二人にすることで、様々なところで矛盾がでてしまうということだ。それらを整える作業がなかなか大変だった。
しかしもう一つ、忌々しき問題が残っている。それはミサナ、いや面倒だからモデルの名前で言ってしまうが、瑠奈さんのキャラが目立ちすぎて本来ヒロインだった香寺さんの方が目立たなくなってしまうというジレンマだった。
もちろんそれならそれで構わないと編集者さんは言うかもしれない。
しかし僕は納得がいかない。この小説のヒロインはウデラ、つまり香寺さんだ。後から来た瑠奈さんにヒロインが取って代わられるなんて、あってはならないことだった。
そんな改悪、きっとWeb版から読んでくれているファンの人も納得しないだろう。
そうなってしまう原因の一つは瑠奈さんと疑似恋愛をし過ぎているということもあるだろう。女子と免疫がなかった僕にいきなり瑠奈さんのような美少女画接近してきたら、そりゃそうなってしまうのも仕方ない。
これ以上ストーリーに影響を及ばせない為にも、僕は瑠奈さんの誘いを振り切って図書館に来ていた。
自分勝手に僕を振り回す瑠奈さんだけれど、幸い小説の仕事だといえば聞き分けがよくなってくれる。少し心苦しくもあるが、作品としてブレるのはよくない。
(何とかしないとなぁ……)
図書館に着いた僕は今後の展開を考えつつ、隅の方の席へと向かう。
しかし今日はそこに先客がいて、テーブルに何やら広げて作業をしていた。
(って、あれは……香寺さんっ!?)
テーブルに向かって何やら描いているのは僕の小説のヒロインである香寺さんだった。
人の気配に気付いたのか、香寺さんは顔を上げる。
耳にかけていた髪の束がサラサラと流れ落ち、頬にかかる。背筋を伸ばして座り、僕だと気付くと小さく会釈をしながら微笑んでくれた。
「弓岡君。調べもの?」
香寺さん小さく首を傾けてそう訊いきた。
「いや……本を……読もうかと……」
「そうなんだ」
咄嗟にそう誤魔化した。本が好きなら図書館にいても不自然ではない。
香寺さんも読書好きだ。よく考えれば今まで図書館で会わなかったことの方が意外だったのかもしれない。
「香寺さんは?」
どもらず、テンパらずにそう訊けた。以前の僕なら回れ右をして逃げていたかもしれない。恐らく瑠奈さんと関わることで女性と話すことに免疫がついたのだろう。とはいえ瑠奈さんと喋るのと香寺さんと話すのでは緊張の度合いが違う。
「私は絵本を創ってるんです」
「絵本を……創る?」
「そうです。孤児院の子供たちに私の創った絵本を読ませてあげたいんです」
前回ばったりあった時に訪問していたあの孤児院のことだろう。
香寺さんは描きかけの男の子の絵を見せてくれた。丸坊主で悪戯好きそうな顔をしている。
「この子がタケル君。こっちはさっちゃん」
物凄く上手いというわけではないが、味があり、なにより温かみの伝わってくる絵だった。
「なるほど……孤児院の子供たちを登場させる絵本なんだね。面白いね」
「ありがとうございます。でも肝心のストーリーが駄目でして……」
「どんな話?」
「男の子も女の子も戦う話しが好きみたいなんですけど……」
そう言って香寺さんはストーリーを書いた紙を見せてくれた。
ファンタジーはあまり読まないのか、確かに山場が少ない感じだし、キャラクターも今ひとつ立っていない。
「悪くはないと思うけど……」
「いまいち、なんですよねー」
香寺さんは苦笑いしながら首を傾げる。
「あの、よかったら僕がストーリーを考えようか?」
言った後に自分でも驚くくらい自然と口からこぼれた言葉だった。
「え、いいんですか?」
「僕も大したものは書けないけど……一応小説を書いてて」
「そうなんですか!? 凄いっ!」
「あ、いや……書くだけなら誰でもできるから……」
予想以上の反応にプレッシャーがかかってしまった。
「そんなことないと思います。物語って浮かんでもそれを文字にするのって凄く難しいんだなって今回絵本を創ろうとして初めて知りましたから」
「確かに書いてみると意外と思ったことや書きたいことって文字に出来ないものだよね」
「そうなんですっ! やっぱり弓岡君って小説の書き方の本とか沢山読んで勉強してるんですか?」
小説の話になると緊張せずに話せるのは、僕の基本スペックなんだろう。緊張はなくなっていた。
「小説の書き方の本は何冊か読んだけど、それより好きな小説を沢山読んだから書けるのかなって思う」
「そうなんですか?」
「あくまで個人的な意見だけどさ。小説の作法とか、技術的なこととか、そういうのを学ぶなら少しは読まないいけないけどね」
「作法っていうのは助詞の使い方とか一マス開けとかですね」
「うん。そういうのは絶対的に間違ってないことを書いてあるし、覚えるべきだと思うけど。でも創作の仕方とか、物語の組み立て方とか、そういうのって人それぞれだと思うから」
香寺さんは頷きながら僕の話に耳を傾けてくれている。
「こうでなくてはいけないなんて絶対にないと思うんだ。そのhow to本を書いてる作者さんのやり方や主観も入ってくるだろうし。むしろそこに書かれている物語の創り方を読んで、時おり『そうかなぁ?』と疑問を持つくらいの方が、小説を書く人としてはいいんじゃないかって思えることもあるよ」
「なるほど。私も読んでて『うん?』って思ったことありました」
「技術的なことはもちろん決まりがあるから学ぶべきだけど。創り方に確固たる答えがあるわけじゃないものね、小説なんて。一つの方法があればその逆も真なりだと思うし。極論をいえば、創作をするなら既存のものを壊すくらいに画期的なやり方じゃないと駄目だとと思うんだ」
香寺さんは唖然とした顔をしていた。
小説のことになり、つい熱くなりすぎてしまった。
たかだか一冊本を出版出来るだけで大家のような口振りになってしまった自分が恥ずかしい。
「すごい! 素敵ですねっ!」
「え?」
「普段寡黙な弓岡君なのに小説のことになるとすごく情熱的なんですね!」
「あ、いや……熱くなりすぎてごめんっ。恥ずかしいよね」
「恥ずかしくなんてありません。素晴らしいと思いますっ!」
手にしたペンを握り締め、目を輝かせて見詰められると照れ臭くて仕方なかった。
「是非私の絵本の原作をお願いしますっ!」
「それは……もちろん。喜んで」
「ありがとうございますっ」
改稿作業に新作一本を書きながら、更に仕事を増やしてしまったが、後悔はなかった。
僕は子供たちそれぞれの特徴やイメージラフスケッチをもらい、ついでに香寺さんと連絡先まで交換してもらった。香寺さんのイメージに違わずメッセージアプリの類はしていなかったのでメールアドレスだ。
その奥ゆかしいダサさがやはり僕の小説のヒロインにぴったりだと改めて感じた。




