弾けきれない心
電車で最寄り駅まで移動すると、商店街入り口には既にハロウィンイベント参加者が沢山集まっていた。
僕らのように血塗れ顔の人も多数いたので、ここまで来たら顔を晒しても大丈夫だろう。とはいえ大抵の人は『ゾンビメイクをしてます』と分かる程度で、僕たちのように見る人を不安がらせるレベルの人はいない。
サングラスとマスクを取り、クラスメイトが集まるところへと向かった。
「うわっ!? マジっ!? なんなのそのクオリティー!!」
瑠奈さんを見た仲間達が盛り上がる。更にその後ろにいた僕を見ると、クラスメイトの女子は悲鳴を上げた。
「きゃあっ!! キモいッ!」
「やり過ぎっ! てか誰っ!?」
さすがにゴキブリは度を超えていたようで、ゾンビ仲間からもドン引きされる。憧れの香寺さんは顔を手で覆って後退っていた。
ちなみに彼女はとんがり帽子にマント、かぼちゃの模型がついたステッキという可愛らしい魔女姿だった。
言い訳しようと近付くと怯えた顔をして逃げられてしまった。
「高矢? 高矢なのか?」
緑色おじさんの格好をした与市が遺体確認する人のような狼狽ぶりで、変わり果てた僕を見て問い掛けてくる。
「えー!? 弓岡かよっ!?」
「マジでっ!?」
「ゴキブリとかマジあり得ないからっ!」
「キモーい!!」
クラスメイトたちは笑いながら驚いていた。普段存在感のない僕がこんな格好してるのだから、驚かれるのも仕方ない。
「どう? 私の最高傑作なんだけど」
瑠奈さんは褒められたかのように胸を反らす。
「マジ、ルナやり過ぎ!」
「弓岡悲惨すぎ。原形留めてねーし!」
ギャルギャルしい瑠奈さんのご学友達ですら僕に同情気味だが、よほど面白かったのか腹を抱えて笑っていた。
「てかどっちも目玉飛び出しててお揃いだし。付き合っちゃえよ、お前たち!」
クラスの中心人物である男子の根来君が囃し立ててくる。どんな理由だよ、それ。
悪ノリした瑠奈さんは僕の腕にしがみつく。
「だってさー。どうする、高矢?」
「ちょ、ちょっと瑠奈さん……」
『既に深い関係のある二人』という素振りで冗談っぽくじゃれついてくるのが煩わしい。
必死に腕を抜こうとするが意外ときつく抱き付かれていて振りほどけない。
それなりの膨らみがある胸の双丘が僕の腕で潰れるのを感じてやたら気まずかった。
心配になり視線をそっと向けると、香寺さんもようやく慣れてくれたのか少し離れた位置でおかしそうに笑っていた。
(うわぁ……最悪だ……)
瑠奈さんにとっては軽い冗談のつもりだろうが、僕にとっては重い冗談だった。
やっとのことで瑠奈さんから解放され、与市の隣へと逃げ延びる。
「虫とか苦手だから近くに来んなよ」と与市にまでからかわれる始末だ。
パレードが始まると僕は沢山の人を驚かせ、写真を撮られまくった。
小さな子供の中には怯えて泣いてしまう子までいる。大変申し訳ない。悪いのはあのゾンビのお姉ちゃんだから。
僕の仮装がネットでアップされて拡散され、このゲームキャラクターの製造元に知られたら訴えられるんじゃないだろうか?
そんな壮大な被害妄想まで沸いてくる。
「凄い人気ですね」
香寺さんが微笑みながら僕の隣にやって来た。こんな不気味な姿を見られて嫌な汗が流れる。
「悪い意味で注目を集めてるだけだよ」
大袈裟にうんざりした顔で答える。とはいえこのメイクをしていたら表情なんかは伝わらないのだろうけど。
それでもニュアンスは伝わったのか、香寺さんは手を口許に当てて心地いい音色を立てて笑った。
「確かに凄いですね……なんか見ているだけで痛くなってきそうです」
「触ってみる?」
悪ノリして傷口を近付けると、首をぶんぶん振って腰を引く。凄まじい拒絶反応だ。
「どう、菜々海ちゃん? 凄いでしょ? 高矢キモいよね」
僕らの会話に割って入ってきたのは瑠奈さんだった。自分でしておいてその言い方はないだろう。
「凄いです。三郷さんがメイクされたんですよね? 器用なんですね」
「まあね。でも素材がいいっていうのもあるけど」
「素材って、僕が?」
「そう。いかにも覇気がなくて死に顔メイクが似合うってとこが」
褒められるのかと思いきや、やっぱり落とされた。
香寺さんはくすくすっと笑ったが、話の流れ的に笑っただけだと思いたい。
「瑠奈さんだってよく似合ってると思うよ」
「まあね。美少女は何をしても似合うというのは世の常だから」
「じゃあ瑠奈さんもゴキブリ付けたらよかったのに」
僕たちのやり取りを見た香寺さんは入る隙がないと判断したのか、会釈をすると女子グループの輪の中へと戻っていってしまう。
せっかく香寺さんと親しげになれていたのにとんだ邪魔が入ってしまった。
パレードは駅前通りを抜けたら終了だ。それなりの距離はあったけれど、この日のために気合いを入れて仮装した人達にとっては物足りないものだったらしい。
クラスメイト達も集まって次はどこに行くか話し合っている。都心に行けばハロウィンイベントをしているところは幾つもあるそうだが、こんな格好で電車に乗って移動とかもってのほかだ。
「弓岡も行くだろ?」と声を掛けてきたのは先ほど『付き合っちゃえよ』とからかってきた根来君だ。
クラスの男子の中でも中心的存在で普段会話らしい会話をしたことがない間柄だが、祭りの高揚感か、はたまた奇抜なメイクのお陰かは知らないが、当たり前のように誘われる。
「いや。僕は、ちょっと」
「ええー?」
予想以上にガッカリされるて心苦しいが、なんとか固辞する。
香寺さん達品のいい女子グループも行かないらしく、それぞれ帰って行く。
もしかしたら香寺さんは例の孤児院にあのまま行くのかもしれない。僕も合流したいが、こんな格好で行ったら子供たちは泣くだろうし、施設の人にも怒られそうだから諦める。
それにとにかく今は早くこの気味の悪いメイクアップを洗い流してしまいたかった。
「ちょっと高矢! 帰っちゃうの?」
よそのハロウィンイベントに出ないことを聞きつけた瑠奈さんが不服そうにやって来る。
「そりゃそうだよ。僕はもう充分、一生分のハロウィンを愉しめたから」
「えー? なにそれ」
しつこく他のイベントにも行こうと食い下がられたが、折れずに断ると「つまんないっ!」と少し機嫌を損ねて行ってしまった。
意固地になりすぎたかなと、瑠奈さんの背中を見て少し申し訳ない気持ちになってしまった。
せっかくこんなにメイクしてもらったのだから愉しめばいいのに、相変わらず僕は面白味のない人間だ。




