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やり過ぎメイク

 ハロウィン当日。僕は鏡の前で買ったばかりのコスプレを身に纏っていた。

 色々迷った挙げ句、帽子をかぶり髭を生やして吊りズボンを穿く、テレビゲームの黎明期から支えてきたキャラクターのコスプレを選んでいた。


 あまりカッコいいのは似合わないだろうし、かといって着ぐるみは暑そうだし値段も高い。これならば兄弟という設定のキャラなので与市ともお揃いに出来る。

 ちなみに僕が赤で彼は緑だ。


 鏡の前で衣裳を確認していると玄関のチャイムが鳴る。廊下の外で妹のがさつな足音が通り過ぎていった。

 その数秒後、


「ぎゃーっ!!」


 けたたましい悲鳴が上がった。驚いた僕は慌てて階段を駆け下りる。


「萌絵っ、どうしたっ!?」

「お、お兄ちゃんっ……」


 妹は文字通り腰を抜かして、震えながら玄関を指差していた。

 そこには顔の左半分の皮膚が爛れ、眼球が半分剥き出しになった血塗れの女性が立っていた。

 ロングコートを羽織ったその下にはズタズタに破れて血に汚れたワンピースを着ている。


「うわっ!?」


 驚いた僕も階段を踏み外して転げ落ちてしまった。


「あはは! 驚いた? 私よ、わたし。瑠奈ちゃんでーす!」


 ゾンビメイクを施した瑠奈さんは不気味な顔のまま少女趣味なアイドルポーズを取って戯けた。

 不気味な姿で可愛い仕草をすると余計に気味が悪い。


「きゃっ!? なにその格好っ!?」


 奥から出て来た母さんも引いている。


「あ、おばさん。こんにちは」

「瑠奈ちゃんなのっ!? どうしたの、その顔っ!」

「ハロウィンのメイクです」

「へぇー! 凄い! 本物みたい!」


 母さんは感激した声を上げ、間近に寄って瑠奈さんの顔を覗き込む。

 落ち着きを取り戻した妹も立ち上がって瑠奈さんのメイクを観察し始めていた。


「高矢の衣装はそれなんだ? いいじゃない!」

「瑠奈さんはその格好で家から着たの?」


 こんな格好で歩いていたら今の時代、『時代精神的な苦痛を与えた』とか言われて訴えられそうだ。


「マスクしてサングラスして帽子かぶっていたから大丈夫」


 そう言って鞄の中に入っているそれら変装道具を見せてくる。


「それにしてもやり過ぎじゃないの、それ?」


 顔半分はもはや原形を留めていない瑠奈さんの顔を見て呆れた。


「なに言ってるの? 高矢の顔はもっとひどいことになるんだよ?」

「えっ!? 僕にもそれを施すつもりっ!?」

「当たり前じゃん。時間ないから早くしよう」


 そういうと腕を引っ張って僕を部屋へと連れて行く。


 鞄の中から化粧道具や血糊、絵筆、ティッシュペーパーなどを取り出して正面に座る。


「いいよ、僕は」

「よくないよ」

「だいたい瑠奈さんは友達のメイクをしてあげるんじゃなかったの?」

「あの子らにはもうやり方を教えてあるから自分でしてくるよ」


 そう言いながら瑠奈さんはなにかを混ぜたファンデーションを僕の肌に塗り始める。化粧なんてもちろんしたことがないから擽ったさにゾクッとしてしまう。


「まずは肌の下地から。青みがかった白にすると血色が悪くなってより不気味になるんだよ」


 何度もやって慣れているのか、瑠奈さんは手際よくメイクアップを施していく。

 濡れたティッシュを肌に貼り付けてドライヤーで乾かしたり、血糊をつけた絵筆を僕の顔に滑らしていった。


「顔全体じゃなくて半分だけグロくするのがコツ。その方がより怖くなるの」


 瑠奈さんは不気味な顔でにっこり微笑む。化粧をするから仕方ないことだが、かなり顔を近付けてくるので居心地が悪い。普段の顔じゃなくて不気味なゾンビ顔だから、ドキドキするといってもちょっと意味合いは違っていたけど。

 美人な顔をよくここまで惜しみなく崩したものだと呆れを通り越して感心してしまう。


「小説はどんな感じ?」


 手際よくメイクを施しながら瑠奈さんは訊いてくる。


「そう、それなんだけど……」


 僕はまだヒロインを一人追加する話を瑠奈さんに告げていなかった。

 なるべく事実だけを淡々と説明し、瑠奈さんの影響であることを悟られないように話した。

 しかし──


「えー!? 私も高矢の小説に出られるんだ! しかもヒロインとかっ!」

「別に瑠奈さんではないよ。独特の価値観を持った小悪魔的で自由奔放な美少女だよ」

「もろ私じゃん! 嬉しい!」


 ゾンビ顔の瑠奈さんが笑うと、獲物を見つけた化け物のようで怖かった。どうでもいいがこういう場面で『美少女』を否定しない女の子はあまり好きではない。


「編集さんには誉めてもらえたよ。恋愛にリアリティや深みが出たって」

「やったね。さすが高矢」

「瑠奈さんの力であって僕はなにも」

「そんなことないって。普通恋をしたってそれを素敵な文章に出来ないんだから。それが出来るっていうことは、やっぱり高矢は才能あるってことだよ」


 そう褒められると素直に嬉しかった。ただ別に恋はしていない。敢えてツッコミはしないけど。


「じゃあもっともっと高矢を困らせるようなことしないとね」

「えー? やめて欲しいんだけど」

 

 思わず苦笑すると「メイクしづらいから笑わないで」と叱られる。自分で笑わせておいてなんか理不尽だ。

 瑠奈さんの特殊メイクはそのあとも続き、一時間も掛けてようやく完成した。


「うん。上出来」


 鏡を見せて貰えてないから出来映えが分からないが、ニヤニヤ笑う彼女を見ていると不安しか起きない。時おり目を閉じさせられていたから、かなり無茶苦茶なことをされていると思う。


「鏡は?」

「その前に深呼吸で落ち着いて。いい? 絶対に引かないでよ?」

「なんだか不安になってきた」


 恐怖で思わず顔を触りそうになり、瑠奈さんに止められる。


「じゃあ3,2,1、はいどうぞっ!」


 手鏡を向けられ、二秒後に僕は絶叫した。

 顔の右半分は皮膚が爛れ、乱雑な縫い目だらけで血が滲んでいる。

 ところどころ縫い糸がほつれ、ぱっくり開いた傷口からは赤い肉や筋肉筋が剥き出されていた。目許は瑠奈さんと一緒で爛れ、目は半分剥きだしのようになってしまっている。


 しかしその辺りは想定内だから、まだよかった。なにより不気味で驚いたのは、顔の傷口にゴキブリが顔を突っ込んでいるように見える仕掛けだった。

 恐らく玩具のゴキブリを半分に切り、下半身を顔に張り付けているのだろうが、肌を突き破り腐肉を喰らっているようにしか見えないリアリティだ。


「ちょっ!? やり過ぎでしょ、これはっ!」

「あっ! 触らないでよ。せっかくメイクしたんだから」

「こんな格好で歩けないよ……」

「大袈裟だなぁ」


 アーティストの卵だからか、無駄に上手すぎる。

 年寄りと道ですれ違ったらショックで卒倒されるかもしれない。こんな風にゾンビメイクの過激化が進めば、いつかきっと問題が起きてハロウィンは中止に追い込まれるだろう。

 そんなハロウィンの行く末まで憂いてしまうほどリアルなメイクだった。


 僕もマスクとサングラスをつけて瑠奈さんと家を出る。母さんたちは僕のメイクの仕上がりを見たがっていたが、トラウマレベルの衝撃だろうから必死で隠し通した。

 すれ違う人はマスクとサングラス姿の二人組を見て驚いた顔をしている。

 それでも化け物のような顔を晒して歩くよりはマシだろう。



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