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ペットボトルをシェアする仲

 改稿作業もだいぶ落ち着いてきたある日の放課後──


「高矢、今日帰りにゲーセン行かない?」

「おー! いいね。行こう!」


 与市が遊びに誘ってくれたので僕は二つ返事で快諾する。

 ここ最近改稿やら瑠奈さんと疑似デートをしてばかりだったので与市と遊べていなかったから普通に嬉しかった。


 放課後の教室は賑やかで、瑠奈さんは派手めな女子集団の輪の中で今からどこかに行く話で盛り上がっている。今日は部活は休みなのだろう。当然ながら今でも瑠奈さんとは学校内で会話をすることはない。

 なにか面白かったのか、瑠奈さんは口を大きく開けて手を叩いて笑っている。


 一方香寺さんは品も成績もいい女子グループで教室を出て行くところだった。

 みんなで帰るところをみると、今日は孤児院のボランティアはないのだろう。

 なにか面白いことがあったのか、軽く結んだ手を口許に当てて笑っている。


 笑い方ひとつとってもヒロインの向き不向きがあるものだと感心しながら与市と教室を出た。



 ゲーセンに着くとまずはクレーンゲームの最新景品を確認する。

 与市は気に入ってるアニメの景品を見つけてテンションを上げていた。

 彼は異常にクレーンゲームが上手で数百円で目当ての景品を手に入れていた。


「うわっ! 超嬉しい!」


 男子高生がフィギュアに喜ぶ光景はかなり痛々しく見えるのだろうか、付近の人たちは薄笑いを浮かべていた。しかしそんなことを気にする与市ではない。

 僕は彼のそういうところがとても好きだ。


「相変わらず景品取るの上手いよなぁ」

「まぁな。歴が違うから」


 得意気な顔をして親指を立てて笑う。

 ちなみに彼が手に持つフィギュアは、僕が小説を投稿しているサイトの作品が書籍化され、人気を博してアニメ化されたもののヒロインだ。


(僕の作品もそこまで上り詰められるのだろうか?)


 恐らく無理だと思いながらも、瑠奈さんに気合いを入れられてからは、やれるだけやってやろうという気になっていた。


 クレーンゲームの後は僕らが嵌まっているロボット対戦シューティングゲームに向かった。ベースやパーツを組み合わせ自分だけのマシンを造り上げて全国のプレイヤーとオンライン対決するゲームだ。

 色んなチームが存在し、僕たちが所属するチームは五十人くらいの中規模な所帯である。スマホアプリとも連携しており、常に戦況を確認出来る。


 しばらくそのゲームをしてから休憩コーナーに行き、ジュースを飲んでいた。透明な炭酸水には桃のイラストが描かれている。

 桃の味はもちろんのこと、まるで丸囓りしたように皮の香りや渋みまで仄かに感じる。

 一体どうやって透明な液体にこんな味付けをするんだろう?

 透き通るボトルをしげしげと眺めながら感心した。


 最近はなんでも透明な飲み物が流行っている。桃ですら謎なのに紅茶やコーヒー、更にはビールのようなものまで無色透明なものが出ているらしい。

 ラベルが剥がれてしまったらどれがなに味か分からなくなって困りそうだ。


「なあ、最近高矢って変わったよな?」


 昔から味も色も、缶のデザインすらも変わらないオレンジジュースを飲みながら与市がそう言ってきた。


「なんだよ急に。人を裏切り者みたいに。なんにも変わんないよ」

「いや、悪い意味じゃなくて。ちょっと自分に自信がついてきたみたいな、しゃきっとした感じっていうの?」

 「そんなことないし」と嘘をついた。

 確かに少し変わってきている自覚があった。恐らく自分の書いた小説が書籍化されることになり、ほんの少し自信がついたからだろう。

 それを親友である与市に話せないのは正直心苦しい。


 家族以外は内緒と言われていたが、親友一人なら言ってもいいかと心が揺らぐ。与市は口が固いし、秘密は守ってくれるだろう。


 「実はさ」と口に出したとき、


「あっ!」


 ゲーセンにやって来た女子グループが声を上げて僕たちの方を指差した。


「あ……」


 それは瑠奈さんとクラスのキラキラ女子グループだった。プリクラでも撮りに来たのだろうが、僕たちを見て変な笑いを浮かべている。

 彼女達は何やらコソコソ話しながら横目で僕たちを見ていた。


 そのうちの一人がなにか僕たちを揶揄する上手い言い回しを言ったのか、笑い声が大きくなって手を叩きながら笑った。時おり「キモーい」という言葉も聞こえるが、きっとその「キモい」は「ありがとう」という意味ではなく、言葉本来の意味で使われているのだろう。


 そんな中で瑠奈さんはひとり、まるで笑わず僕の方を見ていた。

 そして僕の方へと歩いてくる。


「よう、高矢。与市とデート?」

「デートじゃないし」


 不躾なひと言にイラッときてつい睨んでしまった。しかし瑠奈さんは怯みもせず笑顔のままだった。


 「あ、その桃のやつ、美味しいやつじゃん」


 そう言うと、なんの断りもなくボトルを手に取りそのまま一口飲んでしまった。


「えっ……」


 僕はもちろん、女子集団も、普段はあまり動じない与市でさえ、固まった。


「おいしー! じゃあね」


 少し溢れたジュースを拭った瑠奈さんは、ほんの少し笑みを浮かべてキラキラ女子たちのところへと戻っていった。


 「嘘、マジ!?」「なにしてんの、ルナ!」と悲鳴に近い声を上げながらそのままゲーセンを出て行く。

 残された僕たちは唖然としたまま、その背中を見送っていた。


「……高矢って三郷と友達だったの?」

「友達というか……まあ、たまに話すくらいだけど……」

「なぁんだ、そっか。たまに話す仲ならペットボトルのジュースくらいシェアするもんね……」

「なにその言い方っ」

「なるほど。最近高矢が変わったのは三郷が原因か……」

「ち、違うしっ……」


 本当に違うのかどうか、僕にも分からなかったが、とりあえず全力で否定しておいた。

 照れを隠すように手にしたペットボトルをぐいっと煽ってしまう。


「おおー。これが噂の間接キスってやつか」


 与市は目を丸くしてからかってきた。焦りでジュースが器官に入ってしまい、「ぶほっ!?」と声を上げて大惨事を招いてしまった。


「ちょっ!? 大丈夫かよっ!?」


 慌ててハンカチを取りだした与市は机や床にぶちまけた俺の粗相を拭ってくれる。

 最近ちょっと噴き出しすぎだ。


「ご、ごめんっ……」


 俺もハンカチでそれらを拭き取る。脳裏には瑠奈さんの赤い唇がいつまでもちらついて消えなかった。

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