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恋人繋ぎ

 それよりも今はどうやって手を繋ぐかが問題だった。

 まずはポケットから手を出してもらわないと始まらない。


「じゃあハロウィンに参加するかジャンケンで決めようか?」


 あまりにも不自然な切り出し方だったかもしれない。瑠奈さんは醒めた目で僕を見て「やめておく」と断って歩き始めてしまう。


 結局手を繋ぐタイミングも摑めずに駅前まで来てしまっていた。

 駅前といっても大して発展はしておらず、小規模な個人商店が並んでいる程度のこじんまりとしたところだ。

 駅に置いてあった旅行会社のパンフレットを見て、ふと僕は思い出す。


「そういえば修学旅行、グアムだったよね」

「あー、そうだねぇ。十一月だっけ?」


 うちの高校は何故か毎年修学旅行はグアムと決まっていた。受験を前にした最後の息抜きといった感じなのだろうか?

 瑠奈さんは思い出したようにぽんっと手のひらを拳の側面で判を押すように叩く。


「水着買わなくっちゃ」

「わざわざ? 持ってるやつでいいんじゃないの?」

「だってせっかくグアム行くんだし。そうだ水着を見に行こうか?」

「今から? 僕はいいよ」

「なんで? 彼女の水着を選ぶなんて男子の夢の一つなんじゃないの?」


 そんな夢は聞いたことがなかったし、そもそも僕は彼氏の前に『疑似』がつくようなバッタものの彼氏だ。

 でも結局流されるままに電車で移動して都市部のショッピングモールにある大型のスポーツ用品店に来てしまっていた。


「そもそも瑠奈さんは僕なんかに水着を選ばせていいの?」

「なんか勘違いしてない? 私は『高矢のため』じゃなくて『高矢の小説のため』にしてあげてるの」

「小説のためって……僕の小説には水着なんて出て来ないけど?」

「そう? どうせ女の子キャラは鎧の下に水着みたいなの着せてるんでしょ?」


 いわれなき非難を受けて白眼視される。

 それにしても彼女は僕の小説のかてとなることには驚くほど献身的になってくれる。きっと芸術家を愛するタイプの女性なのだろう。

 でも僕ごときではすぐにメッキが剥がれてガッカリさせてしまうのではないかと不安だ。そのためにもなんとか改稿を頑張って、少しでもヒットしたいところだ。

 

 きっと書籍化は大半の人にとって発刊されるまでが一番楽しくて、出てしまえばあまりの売れなさに失望するものなのだと思う。

 

 水着コーナーに着くと瑠奈さんはさっそく物色をはじめる。

 僕はその売場の中に入ることすら躊躇われ、少し離れたところに立っていた。


「小説のために協力してもらえるのはありがたいけど、重版もされないであろう僕の作品にそこまでしてもらうのはなんか悪い気がするよ」

「なに言ってるの? だからヒットするために頑張ってるんでしょ」


 そう言うと彼女は右手に花柄のオフショルダー、左手にチェックのタンキニの水着を持って「どっちがいい」と言うように目で訊いてくる。

 僕は無言で右手に持った方を指差す。


「うわっ……エロい方を選んできた。別に今試着してあげるわけじゃないからね?」

「べ、別にそういう基準で選んだわけじゃ……」

「じゃあこれは?」


 瑠奈さんは次々と手にとっては訊いてくる。

 中には絶対に生活指導の先生に叱られるようなものまで含まれていた。


「ふぅーん。だいたい高矢の趣味は理解した」

「別に僕の趣味じゃないし。どっちが瑠奈さんに似合うか答えただけ」


 ぶっきらぼうに答えると疑り深そうに細めた目で「へー?」と笑った。


「一応私を基準に考えてくれてたんだ?」

「まあ、一応は……」


 からかわれているのは分かっていたが、真面目に答える。

 疑似だとはいえ彼女は彼女だし、真面目にやってこそ恋愛の気分が分かるものだ。


「今日は買わないけど、今度友達と買いに来るときの参考にしてみよう」

「それはどうも……じゃ、帰ろっか」


 僕は勢いに任せて手を伸ばし、『隙あり』とばかりに瑠奈さんの手を握った。瑠奈さんの指は長くて、滑らかな肌触りだった。

 手を握られた瑠奈さんは鬼ごっこで不意討ちでタッチされた子供のような顔で僕を見た。

 今ここで手を離したら余計変な感じだ。

 そのままぎこちなく彼女の手を引いて歩き出す。


「ちょっとぉ……」


 瑠奈さんは少し怒った顔をして僕の手を引っ張った。

 さすがに強引すぎて嫌われたのだろうか? 

 手にかいていた汗が気持ち悪かったのだろうか? 

 そもそも本気で手を繋ぐ気なんてなかったのだろうか?

 一秒足らずの時間で様々な悲観的憶測が頭を過ぎった。


「ご、ごめん」

「もう、ホントに」


 瑠奈さんは逃げるように繋いだ手を解く。

 そしてすぐに今度は自分から僕の手を握ってきた。


「え?」


 瑠奈さんは僕の指一本いっぽんに自分の指を絡めるように握ってくる。


「恋人繋ぎはこうでしょ。まったく……」


 指と指が絡まった繋ぎ方は、身悶えるほど照れ臭かった。手を繋ぐというだけでこれほど破壊力があるものなのかと思い知らされる。


「ほら、行くよ」


 瑠奈さんはほとんど表情を変えてないけれど、ほんの少しだけ頬が赤い気もした。

 さすがの瑠奈さんも慣れない相手との恋人繋ぎは少し照れくさいようだ。


「う、うん……」


 しっかりと繋がった手からは瑠奈さんは体温が伝わってくる。


「高矢って意外と手が大っきいんだね」

「そうかな? えっと、瑠奈さんの指は細くてすべすべだね……」

「なにそれ? キモい」

「キモいって……」


 ストレートすぎて心が折れそうになる。握った手の力も自然と弱まってしまう。


「あー、もう。いちいちそんな一言で凹まないでよ。今のキモいは『ありがとう』って意味」

「えっ!? キモいって『ありがとう』って意味もあるのっ!?」


 驚きのあまり笑ってしまう。


「そうだよ。キモいって言葉は万能なんだから」

「知らなかったよ。じゃあ僕は今まで結構色んな人に感謝されているのかもしれない」

「なにそれ? キモ過ぎ」


 瑠奈さんは口を大きく開けて笑った。

 自然に笑っていれば瑠奈さんも悪くないな。僕は偉そうにそんなことを感じていた。


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